第十一章 裏表(5)
五
このレストランはホテルの一階にあった。レストランの出口はホテルのロビーと直結している。ホテルの玄関の自動ドアが開くのももどかしそうに、ユキが勢いよく飛び出してくると、コツコツと靴音高くステップを降りる。道の左右を確かめるが、彼女が探しているであろうタクシーは辺りに一台も客待ちしていなかった。
「もう!」
意を決してユキは一方向に躊躇なく歩き出す。ほとんど閉じかけていた自動ドアが、新たな通過者の存在を感知して再度開く。が、間に合わず、祖父谷は体をドアにぶつけてよろめいた。
「痛てッ! ユキ、待って!」
呼びかけたところで、怒りに任せてさっさと歩き去ろうとするユキが足を止めるわけがない。祖父谷はよろめきながらも慌ててユキの後を追いかけた。
「待ってよ、ユキ」
「最悪。呼び捨てにしないで。返事しないから」
「分かった、ユキちゃん。だから、待って」
「私はワイン二本と食事一回で落ちるほど安くないわよ。手に持ってるそのワイン、ホテルの部屋に持ち込むといいわ。一人で高級なヤケ酒、飲んでなさい」
ユキの言葉通り、祖父谷は右手にワインボトルを持っていた。席を立ったユキを追うため出口に向かおうとした時、ちょうどソムリエがワインクーラーのカートを押してきたのと鉢合わせになり、身をひるがえしざまに抜き取ってきたのだ。
「どこ行くの」
「あなたから一番遠いところ」
ユキは祖父谷を振り向くこともなく、歩調も緩めない。だが、どうもホテルを出た時、最初に決めた方向が間違っていたようだと心中後悔し始めていた。
繁華街の賑わいが、歩いていくにつれて急速に失われつつある。中心街とは反対に向かっているらしい。通りの両側は、怪しげな極彩色のネオンサインを灯した小規模な飲食店は点在するものの、スラムを思わせるような赤レンガの古びたアパートメントが混じり始めている。人通りも減って、その顔ぶれもどこか胡散臭い。
「待てよ、ユキちゃん。君を誘い出すのにフェアじゃない理由をでっちあげたことは謝る。だけどああでもしないと、劣った奴らを引き離して君を連れ出すことなんてできなかったから」
ついにユキは
「劣った奴らってねー、あなた自分を何様だと思ってるの! この際はっきりさせとくけどね、私は……」
そこでユキは、まるで時間が止まったかのように、口を開けたままそこで静止した。
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