第十一章 裏表(1)
一
「花より団子」でも、「団子より花」でも良いけれど、「花も団子も同時に……」というのは、やっぱりいただけないと、万三郎はわずかに顔をしかめた。
うっとりするほど上品で、かすかに甘く、それでいて爽やかさを失っていないフローラル系のベースノート。対照的に、糖とアミノ酸の絶妙なメイラード反応によって、唾液腺をガンガン刺激する、ジューシーなお肉の、濃厚な香気。それら二種類の匂いが混然一体となって、いわく形容しがたい不快感を万三郎の脳にもたらしているからだ。
南国の花薫る、壁のないレストランで、ハワイアン・ハンバーグステーキを食べるシーンをイメージして、快適なのだと思い込もうとしたのだが無理だった。いっそもう、両者から距離を置きたかった。
「ほら万三郎、ごらんあそばせ。こんなに上手く切れましてよ」
「いやお嬢、あんた全然力を入れてないじゃん。これはほとんど俺が切ってるよ」
万三郎は奈留美の後ろに立って、箸を握る奈留美の手に、自分の手を添えているのだった。奈留美に乞われて、箸でハンバーグを食べる練習をしているのだ。
「この、ちぎれた破片を、どうやって口に運べと言うのです?」
「いや、だからこうして箸でつまんで……」
「はっ? ソースが滴るではないですか」
「そこはほら、口の方を迎えに行ってやって、滞空時間を短く……」
「前かがみになれと? 所作が美しくありませんわ。万三郎、わたくしはこうして、背筋を伸ばしたまま口を少し開けて待っていますから、ほら、口まで運んでくださらないこと?」
万三郎は一瞬天を仰ぐと、決然たる声で言った。
「マスター、やっぱりお嬢にフォークとナイフを!」
マスター・ジロー白洲田は苦笑しながらマサヨに視線を向けて頷く。心得たマサヨが用意し始めた。
「……ったく。フォークでもソースは滴るだろ」
万三郎は奈留美に箸を置かせておいて、両肩をつかんでこちらを向かせた。奈留美を乗せたバーチェアの座面は音もなく回転する。フローラルの香りがまたハンバーグの匂いをかき混ぜた。
「いいかお嬢、あんたが『あーん』としていたらそこに食べ物を優しく放り込んでくれる人工知能搭載ロボットがもうちょっとしたら開発される。あんた貴族なんだから、それ買いなよ。箸の使い方なんて学ばなくていいからさ」
両肩をつかんだままそう言う万三郎を奈留美はじっと見上げていたが、ふと全然違うことを口にした。
「はっ。お友達が……来ますわ」
「え、何だって?」
万三郎が訊き直した瞬間、カランカランとドアベルが鳴って、杏児が入店してきた。顔を上げたそこには、万三郎と奈留美が見つめ合っている
「あ、失礼……」と思わず目を伏せかけて杏児は二人を二度見する。
「ええーっ、お前ら……ええーっ?」
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