第九章 危機(7)


 案の定、毛利はニコリともせず言ってのける。


「すでに何人もの検体に異常が発現したと石川くんは言っていましたが、実験に失敗はつきものなのでは」


 内村は目を見張った。


 毛利の人格を疑ったのではない。そのような意味のことを言い返されるであろうと予想はしていた。毛利が官房長官になる前から内村は彼のことをよく知っていた。彼は温情あふれる政治家で、国会議員の中でも特に尊敬に値する志士であると内村はかねてから思っていた。その人物をしてこうはっきり言わしめる状況が、いかに切迫したものかを、内村は改めて悟ったのだった。


 内村が黙っていると、今度は大泉が言葉を継いだ。


「未完成の検体を早く完成させるために、学習プログラムのスピードを早めることは、物理的には可能らしいですね」


「……」


 内村が目を伏せるのに構わず、大泉が言う。


「石川くんは渋っていましたが」


――なるほど、それで私を落とそうと……。


「だが石川くんはこうも言った。すべての検体に異常が現れるわけでもないと」


「……」


 内村が黙り込んでしまったので、説得できていないのだろうと思った毛利が、内村の予想通りのプロットを進める。


「内村さん。あなたは、定年を迎えられた後、他の事務次官とは違うキャリアパスをたどられましたね。再雇用プログラムに乗っかる、いわゆる天下りをされなかった。それはとりもなおさず、秘密と情報を守ろうとしておられたからですよね。つまり、他の任務に就くことなく、ご自身が育てたプロジェクトをそっと見守る道を選ばれた」


 内村は顔を上げ、毛利たちが持ち込みたい筋書きに沿うように釈明した。


「ことばのエネルギーを引き出すことができるのだと、ひとたび表に出れば、すぐにアメリカが共同研究の話を持ちかけてくるに決まっています。日本ごときにこのような重大な成果を独り占めさせてなるものかと。ですがこれは、国家機密事項には指定できない。国の承認を得ていない私的研究ですから。公的に他へ委任することでは、プロジェクトは守れないと思ったのです」


 毛利はそっと大泉と目交ぜした。内村は目を伏せて見て見ぬふりをする。


「内村さん、あなた、国家が承認していないプロジェクトに、長年にわたって特別会計から上手に予算をひねり出してきましたね。これは複数の法令に明確に違反する行為です」


「……」

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