第九章 危機(3)
三
内村は天を仰いだ。必死に考えを巡らす。そう、そんな突飛な話がにわかに信じられるはずがない。何の陰謀でこの人は私をたぶらかそうとするのか。テレビのドッキリ・バラエティー企画か? こんな官僚崩れの老いぼれなどだまして、何の面白い映像が取れるのか。いや、バカな……。落ち着け、落ち着け……。
気の毒そうな表情で毛利が訊いてくる。
「内村さん、アポフィスの、プロジェクトの経緯をご存知で?」
「テ、テレビの特集で見た限りですが。小惑星アポフィスが将来地球に衝突する可能性が否定できないから、先進何か国かの共同開発で無人の宇宙船を打ち上げて、至近距離から核を撃ち込んで軌道を変えるというシナリオではなかったですか」
「それが、どうなったかは?」
「どうなったかって、だからNASAの発表で、軌道をずらすのに成功したとテレビで言ってたじゃないですか」
「それが真実だと、誰が確かめることができる?」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
じっと大泉を見る。そのシルバーグレーの豊かな頭髪の下にある、切れ長の目をめがけて、確かめるように言葉をねじ込む。
「何らかの理由で、プロジェクトは失敗した、ということですか」
大泉は反応しない。さらに内村に言わせようとする。だがそれでは、自分の推論が、もっとも恐ろしい結末へ流れて行ってしまうではないか。時間が押しているといったくせに、ずるい人だと内村は思った。だがともかく内村は、少しずつ思考を前に進める。
「アポフィスは、地球に、向かっている。それで、アメリカとロシアは、大陸間弾道ミサイルを、発射した……そして、ミサイルは……」
大泉が寸分も否定しないので、内村はたまらず毛利に目を逸らした。
「……外れ……た?」
毛利は黙ったままかすかに一度、首を縦に振る。当然だろう。ミサイルで問題解決していたら、自分がここに呼ばれるはずもないのだから。
大泉が静かに言った。
「今朝早くにホワイトハウスから、駄目だったと連絡があった」
一人で作業するにはそこそこ広い畑に種イモの畝を作り、植え付けを済ませた。紫外線が弱いこの季節であっても、一日外で作業していれば日焼けもする。そんな地黒な顔が恐怖で青く変わったところでそう容易に悟られないのが幸いだった。内村は総毛立っていた。
「せ、世界の一般の人たちは……日本……国民は、それを知っているのですか」
大泉が初めて口をきく。
「どの政府も厳しく箝口令をしいているが、民間が気付き始めています。日本においても世界においても、もう持ちこたえられなくなるのは時間の問題です」
「ひょっとして失敗は、ベテルギウスの超新星爆発のせいですか」
内村の問いに大泉は静かに頷いた。
「うーむ」
数秒の沈黙がある。そこまでは何とか腑に落ちた。
最近、後輩官僚たちの来訪が急に途絶えたのにも納得がいった。相手が内村といえども、さすがに彼らが秘密を不用意に口にすることはなかった。内村に相談すべき彼らの行政方針はすべて中断され、アポフィス関連の対応を優先したに違いない。
それから内村は声を低くして大泉に問う。
「で、私に何をしろと……」
「そこです。内村さんの長年の研究成果を発揮する時が来ました」
内村の表情が厳しくなった。
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