第七章 ワーズ(二)(23)


二十三


 【do麻呂】と【be子】が手をつないでこちらのテーブルまでゆったりと歩いてきた。【be子】が、三人のETの顔を代わる代わる見ながら言う。


「万ちゃん、杏ちゃん、ユキちゃん。あなたたちと飲めて楽しかったって【be子】が言ってたわ。お代はうちが払っておくわ。じゃあ、お先にね」


――【be子】会長が、どうして「【be子】が言ってたわ」なんて言うんだろう。それに会長は、自分のこと「うち」なんて言わないのに……。


 そう考えながら【be子】を見ていたユキの顔色が変わる。慌てて【do麻呂】に尋ねた。


「【do麻呂】先生、あの……この女性を愛していらっしゃるのですよね」


「あ? うん」


「どんな時も?」


「ああ、どんな時も。だが、どうしてそんなことを訊く?」


「い、いえ。そうですか。どうぞお幸せに」


 冷や汗を拭うユキに一瞬いぶかしげな視線を投げかけたが、気を取り直したように【do麻呂】は、パートナーの肩を抱き、二人で店を出て、夜の街に消えて行った。


 その様子を目で追っていたユキに、万三郎が訊いた。


「ユキ、どうかしたの」


 【so太】が酒類のメニューを開いて五郎八に銘柄の質問をしている隙に、ユキが小さな声で万三郎に答える。


「会長の頬、beの文字が消えかかって、is が代わりに浮き出てきてた」


 万三郎も驚く。


「え? 会長が悪女だって言ってた、【is子】の人格が現れつつあったってこと?」


 ユキは万三郎を見たまま下唇をかみしめてかすかに頷いた。


「なんてこったい、【is子】は【do麻呂】先生とはうまくいかないはず……」


 万三郎は店の入口まで駆けていって、扉の外へ出て左右に目を凝らしてみたが、こちらのテーブルを振り返って首を横に振った。


――行っちゃったか……。何も起こらなければいいけど……。


「なんだ、どうかしたのか」


 注文を終えた【so太】が心配そうな顔をしているユキに関心を向ける。


「いいえ、何でもないです」


 そう答えて取り繕った笑いを浮かべるユキの隣りで、右手で串を持ち、冷めきった砂肝を歯でこそげ取りつつ、杏児が他人事のようにつぶやいた。


「【is子】よ、いずこへ、なんちゃって……あ痛っ!」


「杏児、気付いていたのか」


 万三郎は驚いただけだが、ユキはテーブルに置いた杏児の手の甲に、さっきより強めにプスリとやっていた。




◆◆◆




(1)助動詞のdo, be, haveは、それ自体が特に意味を持つわけではないため、第一助動詞(Primary Auxiliary Verbs)と呼ばれ (「第一助動詞」という文法的呼称にも諸説あり)、それ自体が「可能」や「義務」など、意味を持つcanやmustなどの法助動詞(Modal Auxiliary Verbs)と区別される。

第一助動詞の役割は次の通り。

・「第一助動詞do」…… ①否定文を作る ②疑問文を作る ③禁止の命令文を作る ④一般動詞を強調する

・「第一助動詞be」……①進行形を作る ②受動態を作る

・「第一助動詞have」……①完了時制を作る ②have toを作る


(2) mayやcanやwillといった法助動詞は、単文の中では原則として一文に二つ以上並置できない。

(例) *I will can drive a car next year. (*はこの文が正しくないことを示す)

「第一助動詞do, be, have」については、複数配置や法助動詞との並置が可能な場合もある。ただし、第一助動詞doは、法助動詞とは並置できない。

(例) The mountains have been covered with snow since last month.

(例) I would have done much better in life had I worked harder.

(例) *Do you can drive a car? (*はこの文が正しくないことを示す)


(3)本文中に登場する、do/don'tとbeが並置されるいずれの場合も、doが第一助動詞、beが本動詞(この文の述語動詞)として機能している。

〈おことわり〉本章では【be子】の場合は、「助動詞be」と「自動詞be(いわゆるbe動詞)」の二つの役割を一人で担わせています。これに対して、前章および本章に登場する【do麻呂】は、冒頭に描写した通り、「助動詞」としての役割のみを反映させています。本作で後述しますが、彼女らワーズは、ことだまというエネルギー体が人格を持つという設定上の作者の都合によるものです。


(4)欧米では知られた三段落ちジョーク。多彩なパターンの変遷を見る。本作では、ケンブリッジ大学図書館の男子トイレにあった落書きを英タイムズ紙がコラムで紹介したとされるものを採用。最初の二作は、プラトン、アリストテレス、カント、ヘーゲルの作とされるなど諸説あるが、三つ目の"do be do be do..."は一様にフランク・シナトラの作とされる。(参考website:Quote Investigator, http://quoteinvestigator.com/2013/09/16/do-be-do/#note-7237-13)


(5)曲の最後の即興のスキャット部分で大いに有名になったこの曲、"Strangers In The Night"は、一九六六年リリースの同名アルバムに収録。同曲は、ビルボードのホット一〇〇チャートおよびイージーリスニングチャート、さらに全英シングルチャートの一位となり、翌年グラミー賞で三部門を受賞、シナトラの、商業的にもっとも成功した曲とされる。なお、スキャット部分の綴りは、本作にある"do be do be do..." 以外にも、"doo-be-doo-be-doo", "do do dy doby do"など、さまざまに表記される。(参考website : Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Strangers_in_the_Night)

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