第七章 ワーズ(二)(11)
十一
【so太】が、今入店してきた三人の男たちの一人に胸ぐらをつかまれていた。つかんでいる男は大柄で、筋肉質な肉体をしている。金糸で昇り龍が刺繍された黒地のTシャツから伸びる太い腕にはタトゥーが入っていた。
【so太】は椅子から無理やり引き上げられ、つま先立ちの状態になって、恐怖におののいた目で男を見ている。
少し遅れてテーブルからこぼれ落ちた、汲み出し豆腐が入っていた木製の大椀が、静寂の中、「おわんおわん」とひとり音を立てながら床をコマのように回転し、音の周期が早くなったかと思えば、ついに床にうつぶせになって制止、乾いた音を止めた。店内のすべての音が封じ込められたように静まったため、【so太】の胸ぐらをつかんだ男の低い声が際立つ。
「おい、お前、通路に足、出しちゃいかんな。他の客が躓いたらどうする。あん?」
そこへ、もう一人の細身のチンピラ風の男が、【so太】と同じテーブルの女に歩み寄って行った。この男も、黒の、胸板のラインが出るようなきつめのシャツを着ており、その第二ボタンまで外した間から金の太いネックレスがのぞいている。
「おっ、この女、叫び声もかわいかったけど、顔もチョーかわいいじゃねえか。ちょっと、ほっぺたを見せてみろ。ほう、【
そう言うと、【sinister】と名乗る男は【babester】の手首をつかんだ。
「や……やめて」
恐怖に顔を引きつらせて【babester】はその手を振りほどこうとする。そこへ、「何するんだ、嫌がっているだろ!」と、【so太】や【babester】と一緒に来店していた同僚の男が、仲間の女性の手首をつかんでいる【sinister】の間に止めに入る。
とたんにその男は、テーブルの上に身を投げ出した。テーブルに残っていた皿やジョッキが男の身体と一緒に、壁に当たって床に零れ落ちた。【sinister】のげんこつが彼をぶっとばしたのだった。
「おっと、元ボクサーの悪いクセが出ちまった」
「きゃあああっ!」
【babester】は、ヒステリックに泣き叫ぶ。
「おい、【sinister】、一般人ワーズに手を出すな。止めておけ。おい【
低い、落ち着いた声で連れの二人にそう言った三人目の男は、店の客が固唾を飲んで見守る中、今しがた客が帰って空いたテーブルの一席に腰かけ、そして入口のところで完全に凍りついている五郎八に静かに呼びかけた。
「お嬢ちゃん、びっくりさせて申し訳なかった。悪いが、このテーブルを片付けて、生ビールを三つ、持って来てくれるかな」
「は……は、はい!」
我に返った五郎八は、静寂の中、あわててテーブルに駆け寄ってきて、前の客の皿を片付け始めた。
そこへ厨房からおやっさんが出てきて、五郎八をかばうようにして、ビビりながら三人目の男に言った。
「あ、あんたたち。店で騒ぎを起こすようなら帰ってくれ」
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