人間レビュー

タルト生地

とあるアプリの蔓延


 外見じゃなく中身に一目惚れしませんか?



 いつからだったかこんなキャッチフレーズであるアプリが世界を覆い尽くした。


『人間レビュー』その名の通り、ある人間を関わった人達が匿名で5段階で評価してコメントを付けられるアプリだ。

 レビューを見たい人の声や顔なんかを入力すれば誰でも簡単に見ることができる。

 最初はみんな付き合いだす前にどんな人か確かめておきたい、と見てたくらいだったが、徐々に拡大し、今は就活や受験なんかでも利用されている。ドレスコードならぬレビューコードなんてのを設けてる店もあるらしい。


 デタラメや言いがかりのようなレビュー、街ですれ違っただけの人のレビューを書き込むことは出来なくなっているし、自分で自分のレビューを見たり書いたり消したりすることはできない。悪い評価も良い評価も、それを否定するレビューが増えたら消えるシステムになっているから、なかなか正確にその人の中身を見ることができる。

 実際、友人のレビューの高評価のコメントにも低評価のコメントにも納得だった。


 街の中を歩きながら、何気なく人のレビューを見てると、目つきの鋭いおじさんが愛犬家だったり、冴えない風貌の女が二股かけてたことがあったり、ギャップがなかなかおもしろい。

 それに、平均4.3とかの高評価の人はそれだけでもモテる。

 人間レビューは一種のステータスなのだ。



 ただ、今日変な奴を見つけた。

 見た目は普通なのだが、そいつには一件もレビューがなかったのだ。

 今の時代幼稚園児でも1つくらい着くものだ。なのに明らかに成人男性のそいつのレビューは0件。良いも悪いも何もわからない。


 不思議に思うと同時にある思いが湧いてきた。

 こいつのレビューを書いてみたい。という思いだ。

 レビューを書くには最低でも1日行動を共にしなければならない。思い切って話しかけてみた。


「すいません。今お時間ありますか?」


「え? ありますけど何かご用ですか?」


 初めてこの街に来て右も左も分からない。食事でもご馳走するから案内してくれ。と理由をつけて彼と1日を共にすることに成功した。


 すると男は意外にもすんなり受け入れてくれた。

 レビュー0件を守るために断固拒否すると思っていたのに拍子抜けだ。


 一通り街を案内してもらい、彼が好きだという中華料理をご馳走して分かれた。

 レビュー抜きにしてそこそこ楽しい1日だった。

 帰ってから彼のレビューをつけよう。なかなか話も面白かったし、親切な人だったから星4つはつけていいな。なんて思っていた。



 しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。


 おかしい。

 明らかに人がこっちを見ている。

 周りの人がクスクスと笑ったり、蔑むような目をしている。


 あの男がおかしなレビューをつけたのか?


 そう思った。

 それ以外に思い当たる節がなかった。

 いったい俺は何をしでかしたんだろう。笑われるようなことをしてしまったんだろうか。

 そんな不安でいっぱいになりながら街を歩いていく。

 しかし歩いても歩いてもそこには人がいて、俺を笑っている。


 人のいなさそうな道に入っても、少しは人がいる。そして俺を見ている。

 逆に人の多い大通りに出れば検索されにくいかも、と思ったがダメだった。

 1人がざわめくと、波のように広がっていった。

 俺はひどく居心地が悪く、怖くて、不安だった。

 こんな事がずっと続くなんて生きているのすら嫌になる。


 とにかく家に帰ろう。

 1人になろう。


 それだけを考えてひたすら他人の集まりから逃げた。

 帰る途中も嘲笑の目に怯えていた。



 なんとか家に帰り着いた。

 激しい疲労感がどっと覆い被さってくる。


 とりあえずコーヒーでも飲みながら何をしたのが原因なのか考えることにする。


 しかし、不思議なことに考えても考えてもピンとくるところがない。

 あの時の反応がダメだったんだろうか。

 食事のマナーがひどかったんだろうか。

 それともレビューを書くために嘘をついていたのがバレたのか?

 いやいや自分の中で普通の事が大きく非常識だったのかもしれない。

 わからないわからないわからない。

 改善のしようもないからレビューを消すこともできない。

 一生このままかもしれない。というはっきりとした不安が足元を強く握って離してくれない気分だ。


 だめだ。やめよう。これは何かの間違いで悪い夢だ。

 まだ少し早い時間だがシャワーを浴びて、ゆっくり眠ろう。

 永遠にこのままかもしれない、という恐怖を忘れるために眠ろう。

 それがいい。



 服を脱ぐ。

 違和感に気づく。


『私は罰ゲームでこんな事をしています。そっとしておいてください。』


 そう書かれたメモ紙とエロ本のページが仲良く俺のシャツの背中に張り付いていた。











 その頃とあるバーにて。

「そろそろ気づいたかなぁ……」

 男は1人、酒を飲みながらつぶやく。

「あんたほんと人が悪いね」

 つぶやきにマスターが答えた。

「他人の言う事を信じてから人と関わるなんてナンセンスだよ。あんなアプリは冗談に使うくらいじゃないと」




「ま、作った俺が言う事でもないけどね」



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