5 無実の犠牲
──廃墟見に行こうよ。
友人で、親友でもあるアカリは大のホラー好きで、時折大のホラー嫌いの私を廃墟に誘う。
日が延びてもう六時三十分も過ぎたというのにまだ薄暗い夕方。五月雨の始まりのか細い雨が降り始めて、辺りは土の湿った、いわゆる雨の匂いが立ち込める。そして窓が全て割られた廃墟には少し季節が遅れた真っ赤なアネモネが街灯のようになけなしの明るさを主張しながら咲き誇っている。
そんなアネモネを横目に、アカリは見向きもしないで、私たちは廃墟へ入る。生ぬるい空気に私は背筋に寒気を感じた。
「やっぱり帰ろうよ。何もこんな雨の日に来なくても」
アカリの肝試しには付き合いきれない。私は前を行くアカリに話しかける。
「…雨だからいいんじゃない」
アカリはそう言うとクルリと振り返り、薄暗くて余計に早く見えるのか猛スピードで駆け寄りそして、大きく腕を振り上げた。
ゴツ…
耳の奥で音が反響し、目の前の景色が揺らぐ。一瞬何が起こったのか分からなくて、膝をついて頭に手をあててやっと何かで殴られたのだと気付いた。
薄暗くて、さらに揺らぐ視線の先には鬼の形相のごとく私を見下ろすアカリが大きな石を握っている。
「あんたがいるせいで、彼が私を見なくなったの!責任とってよ!」
え?とも、何?とも声が出せなくて、アカリからのもう一打で床に倒れた。
彼とはアカリの彼氏ではなく、アカリの片思いが正しく、そして、彼が自分に興味がないことを私のせいにして一方的に嫉妬している。だからってこの仕打ちは…
「酷いよねぇ」
痛みが引くように意識が途切れそうになった時、どこからか声がした。身体はもう動かないが、アカリが小さく息をひきつらせ倒れた音がした。真横に倒れてきたアカリは、既に息絶えていた。虚ろな目とは焦点は合わないが、アカリの目に映る赤い目をした何かがゆらゆらと揺れているのが見えた。
私は動くことも声を出すこともできず、その何かがアカリの目をとおして近づいてくるのが分かって身体が冷えていくのを感じた。
「嫉妬に狂った血も美味しい、でも綺麗な血の方がもっと美味しい」
ゆらゆらとした何かが私に触れる。
赤く赤い瞳が嗤う。アネモネだ。ただ地に根付く可憐な花は、今や、捕食動物のように私たちを見事仕留めた。
そして雨後の植物のように、このアネモネは私たちの血を吸ってまた綺麗な花を咲かせるのだろう。
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