朝霧

第28話説得

　７－２８

二人は春子達に不思議な占いの話しを楽しそうに喋る。

「正ちゃんの仕事、私が一人っ子、学生とか関西人とかね」

「水難の相も驚いたね」

「大雨で新幹線が止まったわね」

「お母さんを捜す為に聞いたのですが、二人の事が多かったです」

「極めつけは、子供が二人で男と女、二十五歳で二人子供が居ますと言われたわ」

「私も同じく二人の子持ちにと言われました、今考えると二人が結ばれたから当然ですがね」

そう言いながら微笑む陽子。

「あの占いの人ね、昨日は三人だと言ったのよ」

「えーー、私も同じ事を聞きました、二番目の男の子を桜井の家にと言われました」

「やはり、お母さんだわ、お母さんも正ちゃんの事を好きだったみたいです」

「えー、そうなの？」

驚く春子、じゃあ息子がもう少し勇気を出せば良かったのか、と遠い昔を思い出していた。

「母の日記に書いてありました、恋愛がしたかったと」

「正造の片思いでは無かったの？もう少し勇気を出していたら良かったね」と言葉にして春子が言うと

「駄目です、駄目です、私が困ります－私の正ちゃんですから」と陽子が言って三人は大笑いをした。

長い間留守にしていたので、事務所に顔を出しに正造が行ってから「陽子さん、あんな年寄りの叔父さんで良いの？貴女は綺麗で若いから、幾らでも条件の良い人居るのに」

「私は正造さんで充分です、優しいし、二十年以上も思い続けて貰えるなら、最高ですよ」

そう言って微笑んでいると、春子が「貴女より先に死ぬわよ－」

「脅かさないで下さい、結婚前から別れたく無いです」恐い顔に成る陽子。

「ごめんなさいね、陽子さんの気持ちが聞きたかったのよ」

「二十五歳で二人も子供が出来たら学校に行けないわ、困るわ」

「この家に住めば、学校は近くなるわね」

「本当だ、一時間以上、楽だわ、それに電車の数も多いわ」

「祖父母が寂しい思いをするのかな？」と春子が言う。

「時々顔を見せれば、喜ぶわ、大学は休みも多いから」

陽子は勝手に将来を描いていた。

暫くして正造が戻って「行こうか？」そう言って二人は陽子の家に向かった。

直樹は秋の農繁期の前で忙しくしていた。

本当なら婿養子と一緒に農繁期にはしたであろう作業だった。

農機具の点検中に二人は家に到着した。

「こんにちは」とお辞儀をする正造を見て直樹が恐い顔で「陽子を連れ回したのはお前か！」

「違うわよ、お爺ちゃん」と陽子が中に入って言う。

「確かに私です、今日はお願いが有って来ました」

そう言いながら会釈をする正造。

「お願いとは何だ！」語尾の荒い直樹だ。

「お孫さんの陽子さんを頂きたいと思いまして」

「何！」と大声を発した。

外の騒ぎに俊子が出て来て「恥ずかしいから、中で話しなさいよ」

渋々家に入る直樹が「お前は自分の年齢が判っているのか？」

「はい、確かに随分離れて居ます、でも陽子さんを愛しています」

「釣り合わないよ、弘子に付きまとって今度はその娘か？いい加減にして欲しいよ」

怒る直樹に陽子が優しく「お爺さん、それは違うわ、私達を結びつけたのはお母さんよ」と話した。

驚く直樹が「何故？弘子がお前達を結びつけるのだ」

「お母さんも正造さんの事好きだったのよ、お爺さんも知っていたのでしょう」

「。。。。」

「私はお母さんの日記を読んだわ」

「日記？」

「隠して居た、弘子の写真とかを陽子に渡したのよ」俊子が横から言う。

「お爺さん達、読んだの？お母さんの日記？」

「読んでないわね、読む気力も無かったからね」

「お母さん、お父さんと結婚したけれど、幸せでは無かったのよ！お母さんの日記の最後にこんな文章で終わっていたのよ、家族と一緒に城之崎に日帰り蟹ツアーに行ったが、私は家族と笹倉家に騙された。

私と勝巳さんを結婚させる為のツアーだった。

もっとロマンチックに初体験をしたかった。

私は家の道具に使われたのだ。哀しい、好きな人と結ばれたかった。

一度も話しもしていないけれど、良い人だと信じていたから。。。。。涙、で終わっているのよ、判る？」

陽子は泣いていた。

驚きの直樹！初めて聞いた正造も衝撃を受けていた。

聞いていた俊子が泣き出した。

「お爺さん、弘子が可愛そう、だったのよ」と顔を両手で覆って、台所に走って行った。

呆然とする直樹、それから、誰も何も言わなかった。

正造は会釈をして部屋を出て行った。

追いかけて来た陽子に「二人を頼むよ、相当なショックだろう」

頷く陽子の肩を叩いて、帰って行った正造だった。

帰り道、遠い昔を思い出していた。

あの時、郵便が届いて居たら弘子さんは、私だと判ったのだ。

もう一度チャレンジをすれば良かったのか？

弘子さんにその様に思われていたのか、嬉しく成ったが、でも今は陽子が気になる正造だ。

弘子の顔が消えて陽子が大きく存在感を持っていたのだった。

直樹に俊子が「陽子が居たから、言わなかったのだけど、あの勝巳さん陽子がお腹に居た時に浮気もしていた様よ」

「何と云う奴だ」怒りを表す直樹。

「弘子が一度泣いていた事が有ったから、子供が産まれたら変わるわと慰めたのよ」

「何故、もっと早く言わないのだ」

「お爺さんに話しても、どうしょうも無いでしょう」

「。。。。。」

「あの日記の通りだったのよ、好きでもない勝巳さんと結婚した事を後悔していたのだと思うわ、日記が終わっているのも弘子の諦めの気持ちが込められていたのよ！」

「だからと云って、中年男に陽子を渡せるか？」

「でも、二人は愛し合っているし、もう男女の関係よ」

「えーー」驚く直樹。

「あの子の態度で判りますよ」

「それは、益々けしからん」

「もう、家を出てしまいますよ、怒ったら、良いのですか？」

そう云われて困惑の直樹だった。

翌日陽子は俊子に「お父さんとお母さん、叔母さんの供養をして、お墓を作らないの？」

「遺骨も何も無いから、それにお爺さんは今も死んだと信じていないしね」

「実はね、東京で奇妙な事が有ったのよ」

「何が？」

「占い師に私と正ちゃんが見て貰ったのだけれど、その占い師は私達にしか見えなかった様なの」

「それは何？」

「私の事、正ちゃんの事、将来の事を次々言い当てるの」

「将来の事はまだ判らないでしょう」

「お爺さんにお母さんの事を言われて正ちゃんが行方不明に成ったのを、私が探しに行ったら場所を教えてくれたのよ」

「それは不思議だね」

「それだけじゃない、二十五歳迄に子供が二人、三人かな？産まれるらしいよ」

「誰の子供だい」

「お婆ちゃん、勿論正ちゃんよ」と照れる陽子に、呆れる俊子。

「それでね、その内の一人が桜井の家を継ぐのだって」

「そんな、占い有るの？」驚く俊子。

「でしょう、あれはお母さんよ」

「弘子が？」

「そうなのよ、お母さんが私達を結びつけたの、そして桜井の家の事も守ったのよ」

「嘘でしょう、そんな不思議な事」

「だって、翌日その場所にはユッカの植木鉢が有っただけよ」

「ユッカ？」俊子は怪訝な顔をしていた。

昔、庭にユッカを植えていたらどんどん大きく成って、直樹が切ろうとしたら幼い弘子が、切らないでと

泣き出したのを思い出していた。

関係有るのかしら？

俊子はふとそんな昔を思い出していた。

弘子が二十二歳、聡子が十九歳で居なくなって

もうすぐ二十年が近づいていた。

夜直樹に話すと「弘子が陽子を田宮に会わせたのか？」

「でも不思議な話しでしょう」

「昔、泣いたなあ」

「お爺さんも覚えていたの？」

「あの時はびっくりしたからな、急に泣き出して、今ではもうユッカは無いけれど、何が起こったのかと思ったからよく覚えているよ」

「でも、桜井の家を継いでくれるのはいい話よね」

「もし、弘子の霊なら、あり得る事だな！あの日記の様に桜井の家の犠牲に、陽子をさせたくないのかも知れないな」

「私も会えるなら弘子に会いたいわ」

「わしも同じだ、弘子と聡子に会いたいよ」

「もう、諦めてお墓を作りましょうか？」

「そうだな、彷徨っているのかも知れないなあ」

「あの、田宮さんって良い人よ、陽子の話を聞いてもよく判るわ、貴方が話しに行って、本気で弘子を殺したのは自分だと思っていたみたいですよ、陽子が弘子の日記の話しをして落ち着いたみたいよ」

「でも、あれだけ離れて居たら、未亡人は確実だよ、それでも良いのか？」

「人の命は判りませんよ、弘子も、聡子ももう随分前に私達より早く居ませんよ」

そう言われて直樹が目頭を押さえた。

「。。。。。」

「幸せな時が有ればそれで良いのですよ」

「短くても、か？」

「そうですよ、弘子の日記の通りですよ」

直樹は漸く自分が間違いだったと考えていた。