第12話水難の相
7-12
野々村の家は以外と直ぐに見つかった。
チャイムを鳴らすと二十歳過ぎの男性が扉を開けて「何方ですか?」と言った。
その目が陽子に釘付けに成っていた。
「あの、桜井陽子と申します」と挨拶の後、田舎から母の事を聞く為に来た事を告げると、男性は我に返って家の中に入っていった。
暫くして今度は少し年上の男性と母親らしい女性が現れて「桜井さん?」
「はい」
「内の誰に用事なのでしょう?」
二人の男性は陽子に見とれて居る。
最初の男性が「応接に上がって貰ったら、遠くから来られて居るから」
母親が頷いて応接に通して、座ると正造が名刺を差し出した。
「田宮正造と申します」
名刺を見て「保険の調査?」と母親が言う。
先程の男性が冷たいお茶を持参してきた。
三人が陽子を見る為に座る。
陽子は帽子を脱いで横に置くと、長いストレートの綺麗な黒髪に、二人が見とれているのがよく判った。
その後視線が谷間が見えそうだったから胸元に集中していた。
「こちらに、野々村真希さんと云う方はいらっしゃいませんか?」
「もう結婚されているか、ご親戚かも知れませんが」正造が付け加えた。
「主人が今日はゴルフで出掛けて居ますが、真希さんと云う方は知りませんが」
「年齢は四十歳過ぎだと思いますが」陽子が言う。
「ご主人のご両親は?」
「祖母は昨年亡くなりまして、祖父が今は老人ホームに入っていますが、痴呆が進んでいまして」
「そうですか、真希さん判りませんか?」と言う正造に「何を調べて?」と母が尋ねた。
「私の母のお友達だったと思うのです、真希さんとおっしゃる方が」陽子が言うと、長男が「お母さん、若しかして、お父さんの一番下の妹じゃあないの?」と言った。
陽子は急に元気に成って身を乗り出す。
弟の目の前に陽子の胸元が近づくと刺激が強いので、生唾を飲み込んだのだった。
野々村智也が兄で弟が伸也、母が由希子、父が和也、息子二人は独身で陽子の訪問は、二人には刺激が有りすぎた。
由希子が少し考えて「智也が言っている主人の妹さんなら、随分昔に亡くなられたと思いますよ」「えー、亡くなられた」
「はい、私が結婚して暫くしてからだったと思いますよ」
「何故?亡くなられたのでしょう?」
「確か事故だと聞きましたが、一度もお会いしていませんね、私達の結婚式は東京だったので、両親だけが来られました」
「何か判れば連絡しますよ」伸也が言うと、智也が「父に詳しい話しを聞いて連絡します」と二人共陽子に接触をしたいから、何かを話したかったのだ。
二人は落胆して、表情が曇った。
東京まで出て来たが、肝心の真希さんは昔に亡くなって居ない。
「何か判りましたら宜しくお願いします」と会釈をして野々村の家を後にするしかなかった。
二人の息子がタクシーまで見送ってくれた。
それは陽子の印象を良くしたいからだった。
タクシーの運転手が「見つかりましたか?」
「いいえ」
「残念でしたね、気を落とさずに、八王子駅で良いですか?」
「はい」と言う声に元気が無かった。
「でも,不思議だな」
「何が?」
「確か大山順子さんも事故で亡くなった様に聞いたでしょう」
「本当だわ、野々村真希さんも、はっきり判らないけれど事故だって言っていたわ」
二人が話すのを聞いて運転手が「友達同士で車の事故とか?」
「大山さんと野々村さんが同じ車に?」
「母も?」
「それなら、お父さんも?」
「叔父さん、叔母さんの事教えてよ」
「私は知りませんよ、会った事もないです」
事実知らなかったので何も話せなかった。
電車の中での会話と表札の名前以外は何も知らなかった。
タクシーの中は沈黙で、お互いが色々な事を考えていた。
車の事故?四人で?でも何故祖父母が隠す必要が有るのだろうか、と正造は考えた。
陽子は一度に両親が交通事故で亡くなって可愛そうだから、外国に行ったと自分を慰める為に隠した?と考えていた。
でも墓も位牌も無い?二人の友人との接点は有るのだろうか?
暫くしてタクシーは八王子駅に到着した。
外は雨が降り出して風も強く成っていた。
中央線の中でも二人は沈黙が続いていた。
どちらかが話さないと沈黙が終わらない。
それは二人共両親が事故死の疑いを持っていたから言い出せなかった。
東京駅に到着して特急券売り場で、「台風が遅くて、下りの新幹線が無事に運転出来るか不明です」と言われたが、帰らなければ成らないから、二人は一番早い(ひかり)のグリーン車に乗り込む。
「台風が名古屋辺りに停滞している様だね」
「帰れるのかな?」
「大丈夫だろう、多少遅れるだろうが」
新横浜を過ぎると大粒の雨が窓を叩く。
小田原を過ぎて車内放送が「静岡管内の雨量計が規定の水準を超えましたので、この電車は三島駅で運転を取り止めます」と案内をした。
「叔父さん、帰れないよ」
「そうだな、何処かに泊まらなければ成らないな」
「明日は大丈夫かな?」
「明日は大丈夫だろう」
不安な顔の陽子を慰める正造。
「熱海なら、温泉地だから、泊まれるだろう」
「熱海?」
「寛一お宮の熱海だよ」
「知らないわ、何それ?」
「明治時代の恋愛の話しだよ」
「そうなの」
暫くして熱海到着の放送に沢山の乗客が降りる。
同じ事を考えているのがよく判った。
ホームは大勢の人、新幹線の改札に行列、払い戻しの証明を貰ってから改札を出るから、尚更混雑していた。
駅前は大粒の雨、駅前の旅館案内所に駆け込むが、少し走っただけで濡れる。
何処か空いている旅館は無いか尋ねるが、二部屋で小さな部屋は皆無だった。
ご一緒なら二軒空いていますと言われて、陽子に尋ねる。
「私は気にしないから良いわよ」そう言うから、その旅館を紹介して貰ったが、一軒は凄く小さな部屋、
片方は露天風呂付の部屋だった。
正造は高級な方にしなければ、今夜は大変だと高級旅館にしたのだ。
予約の間にもう一つの旅館も満員に成った。
後から後から客が来た。
もう一歩で野宿か、今夜はラブホも満員だな、そう思いながら陽子に「旅館ギリギリ確保出来たよ」と言うと「叔父さん、ごめんね、明日の仕事出来なく成ったね」と恐縮顔で言うのだった。
タクシーに乗り込んで目的の旅館に到着。
「叔父さん、高級旅館だよ、此処」
立派な造りに驚く陽子。
「此処しか、空きが無かったのだよ」
ロビーに入るだけで、高級感一杯で、仲居が抹茶と和菓子を盆に載せて、宿泊名簿を持参してきた。
田宮正造、娘陽子と記入した。
すると仲居が「綺麗なお嬢様ですね」と笑いながら言った。
「参りました、東京見物の帰りに台風で」
「新幹線が止まりましたからね」
大浴場の説明と明日の朝食の時間を聞いて部屋に案内をした。
部屋に入ると陽子が感嘆を発した。
「凄いわ、お父さん、露天風呂が二つも有るよ、テレビも付いているわ」
陽子の声の中、仲居が「夕食は七時半から、お食事処で」と言うと部屋を出て行った。
「叔父さんは外のお風呂、私はこちらね、もう一度入る時は交代でね」
そうは言っても殆ど見える?浴衣に着替えると自然と見える。
ベッドも低床の広いセミダブルのツインだ。
陽子の喜びよりも困る正造だった。
自分を制御出来るのだろうか?それが心配だったのだ。
早速中の湯船にお湯を貯める陽子に思い切って聞いて見る。
「叔父さんと一緒で恐くないの?」
「全く、お父さんだから、それに、襲ったら責任取ってくれるでしょう」
「そりゃ、そうだけれど、」
正造は責任取りたいよ、出来るならと心で思うのだ。
「此処から出てね、私お風呂入るの、髪も濡れたから洗いたいの、見ちゃあ、駄目よ」
そう言って正造を風呂場から押し出されて、複雑な心境の正造だった。
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