第91話 津田姉弟 救出作戦開始



(如何にも…って感じの雰囲気だな)



 テナント募集中の張り紙の張られた建物の内部は、廃ビルのような見た目に反して生活感があった。

 しかし、明らかに真っ当な事に使われている雰囲気ではなく、タバコや暴力の香りがあちこちに漂っている。



「…おい、ガキがこんな所に何の用だ?」



 それでも臆することなく階段を上ろうとすると、階上から見下ろすように数人の男達が待ち構えていた。



「おっさん達こそ、こんな廃ビルに入り込んで何やってやがるんだよ?」



 俺の言葉に、何人かの男が激昂しかけるが、先頭の男がそれを制する。



「仕事だよ。まあ、見ての通り真っ当な仕事じゃねぇけどな?」



 男はそう言って少し凄むような視線をぶつけてくるが、身体強化で生ずる強壮効果のお陰か、一切怯む事は無かった。



「そうかい。…ところで、知り合いの弟が迷子になっちまったみたいでな。あんた等、何か知らねぇか?」



「…知らねぇな。それに、こんなとこにガキが迷い込むと思うか?」



「いいや、思わねぇよ。ただ、俺みたいな悪ガキなら冒険気分で入り込むかもしれねぇだろ? だから、確認しようと思ってな」



 そう言って階段を一歩上ると、男達から警戒の色が強まる。

 見た目はガキでも、全く怯む様子の無い俺に対し、流石に警戒をし始めたようだ。



「おいおい、本気か? この状況で通すと思ってるのかよ?」



「そっちがどうとかは関係ねぇよ。最初から勝手に調べさせてもらうつもりだったしな」



 こっちの侵入がバレている事は、最初からわかっている。

 このビルの周囲に張り巡らされていた結界は、人除けの効果に加え、侵入者を知らせる効果もあるからだ…そうだ。



「いい度胸だなガキ。最初から俺達を突破する気だったって事かよ?」



「そう言ってんだろ? 正直、今の俺は結構頭に来ててな。悪いが、あまり加減は出来ねぇぞ…」



 言うと同時に、一気に階段を駆け上がる。

 男達は俺を止めるように一斉に身構えたが、肩から跳ね上げるようにぶつかり、その全てを吹き飛ばした。



(…こいつは確かに、やり過ぎないように手加減する方が大変そうだな)



 神山には予め忠告されていたが、男達との力の差を直接確認した事で、その重要性をはっきりと認識する。

 かつて不和という”悪い例”を見ているだけに、力に溺れた先に待つ末路は容易に想像することが出来た。



(こいつらの行為は心底許せないが、自制はしっかりしねぇとな…)



 容赦するつもりは全く無い。

 しかし、感情に振り回されないよう、俺は深く意識を集中させていった。





 ◇





 ――時刻を少し遡る。



 作戦を開始する一時間程前、俺達は『正義部』の第二の部室とも言える借り部屋に集まっていた。



「さて、早速だが作戦の概要について説明したいと思う」



「…その前に、如月の奴は本当に大丈夫なのか?」



 現在ここには『正義部』の部員が集まっているが、唯一如月君だけがいない状態である。

 その理由は、彼に俺の影武者を務めて貰っているからだ。



「如月君には外に出ないよう厳命してあるし、念の為に認識阻害の術式も仕込んであるから問題ない筈だよ」



 犯人側が店内を監視するすべについては、全て取り除き済だ。

 魔術を用いれば中に何人いるかくらいは確認可能だろうが、人物を特定する事は透視などの高度な魔術を使わなければ不可能だ。

 認識阻害も機能している為、仮に目視されたとしてもこの世界の魔術師程度に見破られる事はまず無いだろう。



「監視カメラについても既に掌握済ですので、踏み入られでもしない限りは平気でしょう」



「…踏み入られたらどうするんだ?」



「それは今の段階では無いね。ただ、今後の動き次第ではその可能性も出てくる。そこも含めて、これからの打ち合わせで対応を決めようと思っている」



 犯人のアジトに突入した時点で、津田ベーカリー付近に待機している者達に襲撃をかけられる可能性は十分にある。

 連絡を阻止出来れば一番なのだが、残念ながらそれ自体は難しいと言わざるを得ない。

 電話回線を用いる通話であれば阻止する事は可能だが、電波に関しては個別に対処する事ができないからだ。

 辺り一帯を電波妨害する事は出来るが、影響の大きさも問題だし、こちらの連絡も付かなくなるという問題も出てくる。

 最悪、国家権力の力を借りる事も視野に入れている以上、連絡手段を完全に殺すのは悪手と言えた。



「それでは、私の方から今回の作戦について説明させて頂きます」



 そう言って、静子がホワイトボードにPCの画面を映し出す。



「まずですが、今回の作戦における各自の担当について説明します。現在の状況ですが、津田ベーカリーには既に如月君が入り込んでおり、万が一の為に陽子さんと真昼ちゃんを逃がす役目を担っています」



 そう言って、静子は画面に映し出された津田ベーカリーの位置に如月君のマークを配置する。

 続いて、大雑把に保健所までの道程に悟さんのマーク、そして犯人達のアジトに複数の黒いマークを配置する。



「そして、私を除いた皆さんには、津田ベーカリーの防衛、悟さんの護衛、夕日君達の救出の三チームに分かれて対応して頂く予定です。内訳については津田ベーカリーに麗美さんと尾田君、悟さんに一重ちゃん、夕日君達の救出に師匠…、といった感じです。師匠、宜しいでしょうか?」



「ああ。俺もそのつもりだった」



 確認してくる静子に対し、俺は頷いて返す。

 作戦の概要については全て静子に任せていたが、俺の描いていた絵図と全く同じであった。



「ちょっと待てよ。救出に神山だっけて、大丈夫なのか?」



 俺の返答を待って、話を次に進めようとした静子に尾田君が待ったをかける。



「…師匠であれば問題無い…と言いたい所ですが、正直これに関しては致し方ないのですよ」



「致し方ないって、なんでだよ?」



「俺が説明しよう」



 なおも追及する尾田君へ回答しようとする静子を手で制し、代わりに俺が答える事にする。

 このまま静子に説明させると、全て自分で背負いこみそうだったからだ。



「まず、尾田君も理解はしていると思うが、津田さん達の救出と津田ベーカリの防衛には、それなりの危険が予想される。特に救出に関しては、犯人達の本拠地に乗り込む事になるので危険度は相当高くなるだろう」



「だったら、なおさら神山一人じゃ不味いんじゃねぇか?」



「実際、厳しい作戦になる事は否定しないよ。ただ、仮に誰かを連れて行くとなると、その候補は麗美くらいしかいないんだ」



「…? おい、俺の名前が出ないのはわかるが、なんで雨宮も駄目なんだよ?」



 尾田君からすれば、この中で最も戦闘力の高そうな一重の名前が挙がらなかったのが不思議だったようだ。



「今回のようなケースだと、一重の実力が発揮できないからだ」



「…回りくどい事はいいからよ、さっさと結論を言ってくれ」



「…すまない。また悪い癖が出たようだ」



 前世で研究職などやっていたものだから、ついつい回りくどい言い回しになってしまうのだ。

 これが講義などであれば問題無いのだろうが、今は意識して控えるべきだろう。



「尾田君は一重が戦っている所を何度か見たことがあるからわかると思うが、一重の戦闘スタイルには一定以上のスペースが必要になるんだよ。それで、犯人達の根城についてだが、見ての通りかなり手狭だ」



 そう言って、俺はポインタで映し出された犯人達のアジトの間取り図を挿す。



「…そういう事か」



 一重の戦闘スタイルは、スピード重視のヒットアンドアウェイである。

 文字通り打ってすぐ離れる戦法だが、当然離れる場所が無ければ通用しない戦法である。

 いくら『身体強化』が使えるとは言っても、混戦をこなせる程の膂力は一重にも無いのだ。



「そういった意味では麗美も適しているとは言えないが、魔力でごり押しできない事も無いので、一応候補ではあった。…ただ、やはり女子には不向きな場所だからな…」



「マ、マスター…」



 麗美は何やら感動しているようだが、流石にそのくらいは気を遣って当然である。

 どう上手く立ち回った所で、混戦になってしまえば間違いなくアチコチに触れられる事になる。

 女子からすれば、確実に嫌悪感を催す事になるだろう。



「…それを聞いて安心したぜ。つまり、俺なら問題無いって事だろ?」



「いや、残念だけど、魔術の使えない尾田君に任せる事は出来ないよ。危険なのはもちろんだし、足手まといになるからだ」



 静子に説明させなかった最大の理由がこれだ。

 事実とはいえ、足手まといなどと言われれば少なからずショックを受けるものだ。

 表面上気にしないフリが出来ても、心にはなんらかのシコリが残るのである。

 俺はそれを、静子に背負わせたくなかったのだ。



「ま、そうだろうな」



 しかし、尾田君の反応は俺の予想外のものであった。



「でも、これならどうだよ?」



 そう言って尾田君は、座ったままの姿勢で正拳突きを放つ。

 距離的にその拳が俺に届く事は無かったが、代わりに生暖かい風が顔面にぶつかるのを感じた。



「…驚いたな。まさか、『身体強化』を使えるようになってたとは」



「使えるようになったのはつい最近だけどな。あの時の感覚を、体が覚えていたみたいだぜ」



 あの時の感覚というのは、かつて不和という男と戦った際に、俺が施した魔力解放の事だろう。



「…簡単に言うが、そう易しい事では無いぞ?」



 感覚を頼りに術を行使する――、それは戦いを生業とする戦士・・達の技術である。

 本当に尾田君というヤツは、生まれてくる世界を間違えたのではないだろうか?



「ま、出来ちまったもんはしょうがねぇだろ? …で、これじゃ足りないか?」



「…いや、尾田君に任せてみるのも、良いかもしれないな」



 想定外ではあるが、これは嬉しい誤算と言っても良いだろう。


 俺は先程まで組み立てていたプランを破棄し、新たなるプランを構築し始める…



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