第90話 地上げ屋の因縁



『立川さん、店主が家を出ました』



「…よし、お前達はそのまま店主を尾行しろ。変な動きをしたり、他の場所に向かおうとしたら即連絡を寄こせ」



『了解しました』



 通話が切れたのを確認し、俺は倒れ込むようにソファに腰かける。

 そしてタバコを取り出し、火をつけて目いっぱい煙を吸い込んだ。



「ぷはぁ~…」



 一服することで、俺はようやく緊張感から解放される。

 あちらに魔術師がいる以上、まだ完全に安心する事は出来ないが、これ以上の強硬手段を取らなくて済んだのは幸いだった。



(しかしまあ、こんだけ苦労させられたんだ。落とし前はつけさせてもらうぜ…)



 今回の仕事には、凄まじい経費がかかっている。

 人員も機材もフルに使っているし、これまで集めてた呪具の類も大分放出してしまった。

 普通に考えれば、完全に赤字である。



「おい、缶コーヒー取ってくれ」



「へい」



 事務作業に勤しんでいた部下を呼びつけ、パシリに使う。

 普段の俺であればこんな事でわざわざ部下を呼びつけたりはしないのだが、今は全く動く気になれなかった。



「お持ちしやした」



「ありがとよ」



 蓋を開け中身を流し込むと、タバコとはまた違った充足感に癒される。



「…あの、例の件はうまくいったんすか?」



「…とりあえずは、な」



 監視をしている部下のGPS情報を見る限り、津田ベーカリーの店主はちゃんと保健所へ向かっているようだ。

 何も問題が無ければ、目的の大半は完了する事になる。



「それより、経費の方はどうなってる?」



「まだ全部はまとめられていやせんが、完全に予算オーバーっすよ…」



 まあ、それはそうだろう。

 当初の見積もりから考えれば、倍近い出費を強いられたのだからな…

 今回の仕事は最初から経費度外視だったとはいえ、これでは会社自体が傾きかねない。



「あの…、本当にここまでする必要、あったんすか?」



「…そういやお前は、あの頃はまだウチにいなかったんだっけか」



 この見た目が厳つい割に気弱そうな男は、浦野 伸二うらの しんじという。

 元々は親元の子分という立場だったが、数年前にウチに転がり込んできたのだ。

 どうにも要領が悪かったらしく、ほとんど厄介払いのようなかたちで押し付けられたのである。



「あの頃?」



「実はな、俺は十年以上前に一度、この件に関わってんだよ」



「っ!? そうだったんすか!?」



「ああ…」



 当時の屈辱が脳裏に蘇る。

 それをすり潰すような気持ちで、俺はタバコを灰皿にゴリゴリ押し付けた。



「…あれ? ってことは…」



 伸二は鈍臭い奴だが、ウチの中では頭の回る方だ。

 だから、俺の言葉や表情からある程度察しがついたようであった。

 …親元の連中は、コイツの見た目に騙されて活用方法を見誤ったようだが、こんな便利な雑用係を手放すとは愚かとしか言いようが無いな。



「…そうだ。当時俺は、この件で一度ヘマをこいてる」



「成程…。つまり、因縁があるってワケっすね」



 因縁…、まさにその通りであった。

 かつて、俺はこの地で地上げ屋をしていた事がある。

 当時の俺は、まだチンピラと大して変わらないような立場だったが、少しずつ実力が認められ、組織内で頭角を現し始めていた。

 そんな時期に転がり込んできた仕事が、かつてここに存在した商店街の買収だ。



「ああ。この仕事は、当時のやり残しって意味もあるんだよ。だから、ウチの面子的にも、俺のプライド的にも失敗は許されねぇんだ」



 そうでなきゃ、魔術師の存在を確認した時点でとっくに手を引いている。

 全くもって割に合わないからだ。

 途中までかけた経費は無駄になるが、それでも魔術師なんかを相手にするくらいなら逃げた方がマシである。



「…でも、それで会社を潰したら意味ないんじゃ…?」



「はっきり言うな…。まあ、わかっている。その為に、あのガキ共確保してるんだからな」



 経費度外視とはいえ、収入があるに越した事は無い。

 リスクを承知でガキ共を捕らえた理由の一つは、そこにあった。



(あの一家には散々な目に遭わされたんだ…。徹底的にしゃぶりつくしてやらなくちゃ気が済まねぇ…)



 そしてもう一つの理由が、かつで味わった屈辱に晴らす為である。

 こちらの理由の方が、俺にとっては大きいと言えるだろう。

 それ程に、俺の抱えた恨みは深いものであった。



「…そういや伸二、あのガキ共はまだ――っ!?」



 伸二にガキ共の様子を尋ねようとした瞬間、頭の中に警鐘が響く。

 この警鐘は、周囲に張り巡らせた結界が抜けられた事を知らせるものであった。

 それはすなわち、魔術師やそれに類する存在の襲来を意味する。



「襲撃だ! 伸二、下の奴らに連絡を入れろ!」



「しゅ、襲撃!? ど、どこの組が!?」



「わからん! ともかく、全員武装状態で備えさせておけ!」



「りょ、了解しやした!」



 指示を出しつつ、俺は金庫の中から呪具を引っ張り出す。

 残された数少ない貴重品だが、魔術師相手であれば背に腹は代えられない。



(恐らくはあの学生の仲間だろうが、まさか強硬手段に出てくるとはな…)



 呪具を懐に収め、足早に部屋を出る。

 向かう先は、ガキ共を監禁している部屋だ。



(随分と舐めた事をしてくれるぜ…。その軽率さが何を招くのか、思い知らせてやる…)



 …既に手は打ってある・・・・・・・

 今から奴等がどう足掻こうが、もう遅いのだ。


 襲撃者が誰かまではわからないが、この件の関係者である事は間違いない筈。

 その顔が絶望に染まる所を、特等席で拝んでやろうじゃないか…




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