第85話 これからの事について



「その…、本当に、済まなかった…」



 俺の腕に残った痣を冷やしながら、悟さんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 俺はそれを、逆の腕で制して首を横に振る。



「いえ、大したことはありませんので…。それに、俺の方こそ申し訳ありませんでした」



 悟さん達の前で犯人を挑発したのは、いささか軽率であった。

 二人にしてみれば俺の発言で夕日達に危害が及ばないか、気が気ではなかっただろう。

 犯人の行為に苛立ちを覚えていたとはいえ、もう少し冷静に対処すべきであった。



「…それで、犯人からは何と?」



「俺に対する脅し、でしたね。どうやら、奴らは俺の素性についても調査済みらしいです。余計な事をすればタダじゃおかない、と言われました」



「そ、そんな…、なんで神山君まで…」



「…まあ、バイトとはいえ、一応俺もこの店の店員ですからね。俺が余計な事をしないように、釘を刺しておきたかったんでしょう」



 もちろん、理由はそれだけではない。

 奴等はこの店の魔術的痕跡から、俺が魔術師であると予測したのだろう。

 そうでなければ、ワザワザただのバイトの素性まで調べたりはしない筈だ。



「…本当に、済まない。まさか、君にまで迷惑をかける事になろうとは…」



「それについては、悟さん達が謝る必要はありません。この件に関しては、俺が進んで関わった事ですから」



 俺の言葉を、悟さんと陽子さんは理解出来ない様子であった。

 津田ベーカリーに関わった経緯について説明していない為、当然の反応と言える。

 本当は最後まで話すつもりなど無かったが、二人の罪悪感を薄れさせる為には話しておくべきだろう。



「…大変失礼だとは思いますが、この店の状況については調べさせてもらいました。だからこの店が、以前から嫌がらせの類を受けている事も、承知しています。その上で、俺はこの店の助けになりたいと思い、色々と協力させて頂いたのです」



「っ!?」



 二人の顔に動揺が走る。

 自分の子供達にすら秘匿していた事を、俺が知っている等とは露とも思っていなかったのであろう。



「しかしその結果として、奴らを刺激してしまった…。だからむしろ、今回の件に関しては俺に責任があると言えるでしょう。本当に、申し訳ありませんでした」



 何らかの妨害がある事は予測していたし、対策も取ってはいた。

 しかし、まさかここまでの強硬手段に出るとは思ってもいなかった。

 魔術師であれば当然想定しておくべき事だというのに、この世界に順応し過ぎて平和ボケしていたのかもしれない。



「そんな! 神山君は何も悪く無いわ! だって、私達の為に力を貸してくれたんでしょう!?」



「…ええ。ですが、結果は結果です。だから、今回の件は、俺が責任を持ってどうにかするつもりです」



 既に静子には連絡済みだ。

 次の電話がかかってき次第、奴らの場所を追跡する。



「どうにかって…、一体どうするつもり?」



「奴らの本拠地を暴いて、夕日達を救出します」



「っ!? そんな! 危険よ! 警察に任せた方が…」



「残念ながら、警察への連絡は監視されています。この状況で警察に連絡を入れれば、奴らは容赦しないでしょう。何しろ、奴らはその手の専門家ですから」



 奴らの中に魔術師がいる以上、何の痕跡も残さず人を消す事くらいワケない事だ。

 現状でも誘拐という強硬手段に出ている以上、それを躊躇うとも思えない。



「…専門家? 神山君、君は一体、何を知っているんだ?」



「…先程も言った通り、俺は事前にこの店の状況について調査しています。嫌がらせをしていた業者についても、その時に調べました。奴らは…、タチの悪い地上げ屋ですよ」



「地上げ屋…」



 地上げ屋という単語に、悟さん達は思い当たる節があるようだ。

 少なくとも、ただの不動産屋で無い事くらいは勘づいていたのだろう。



「今はほとんど聞かなくなっていますが、地上げ屋は暴力団などが関わっているケースがあるのはご存知でしょうか? …今回の件は、残念ながらそれに該当します」



「そんな…。でも、神山君はどうやってそれを…?」



「…昔から色々とやっていたもので、調査とか情報収集には色々ツテがあるんです。今回は探偵経由で裏も取っていますので、ほぼ間違いないかと」



 探偵というのは完全に嘘だが、静子の電子介入はそんじょそこらの探偵よりも遥かに優秀だ。

 ネットワークに繋がっている限り、静子の監視網に引っかからない情報は存在しないだろう。



「探偵、ですか…。あの、そこまでして、何故ウチに協力しようとしてくれたの? やっぱり…、朝日がいたから?」



「いえ、朝日さんは関係ありません。自分はただ、この店のパンが好きだから、この店に潰れて欲しくないと思っただけです。その為なら、労力を惜しむつもりはありませんでした」



「…………」



 まあ、きっかけは津田さんだったので、全くの無関係では無いが…



「…それはともかくとして、夕日達の行方については、その調査網を使って必ず突き止めてみせます。だから、俺に任せてくれませんか?」



 困惑している様子の二人に対し、少し卑怯だが魔術を行使する。

 意識を強制するような類ではないが、判断力を揺さぶって、こちらの要望を通しやすくする効果がある。



「…………こちらからも、お願いするよ。どうか、夕日と朝日の事を、救って欲しい…」





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