第84話 犯人達からの要求



「夕日が、攫われた…!?」



 予想外の状況に、俺は少し動揺する。

 俺は津田さんに何かあったのだと予測し、対応を考えていたからだ。


 悟さんは悲痛そうな表情を浮かべながら、現在の状況を教えてくれた。

 夕日が攫われたのは、一昨日の夕方。

 つまり、俺が津田さんと別れて、そう間もない時間という事になる。



(…失態などという言葉では、済まされないな)



 後悔先に立たず…、何度も経験してきた事だが、ここまで自分をぶん殴ってやりたくなったのは初めてである。

 自責の念と苛立ちで、どうにかなりそうだった。

 …しかし、ここで冷静さを失っては後々に差支えがある。

 俺は深呼吸をし、なんとか動揺を抑え込む。



「…それで、津田さん…、朝日さんは?」



「…朝日は、いつの間にかいなくなっていました。私達も動揺していたので、…全く気付きませんでした」



 あの日、津田さんは一人で帰って来た。

 血相を変えて帰って来た娘の姿に二人は動揺し、その日は店を閉める事にした。

 幸い、ここ最近では珍しくお客さんが余り居なかった為、特に問題は無かったようだ。

 …その時点で人避けの結界が張られていたと思って、間違いないだろう。


 夕日が攫われた事を伝えられた悟さんは、即座に警察へ連絡しようとした。

 しかし、直後にかかってきた電話で、それは阻まれる。

 その間、二人は受話器の前に張り付いていたそうなので、津田さんが姿をくらましたのはそのタイミングかもしれない。



「…電話の相手に、心当たりは?」



「…無いと、思います」



 悟さんは自信なさげに答える。

 電話の相手は特に変声機などは用いていなかったようだが、それだけで誰かを特定する事は困難だろう。

 仮に面識のある人物だったとしても、一度や二度会った程度で正確に声を覚えている可能性は低い。



「録音等は?」



「咄嗟の事で、考え付きもしませんでした…。それに、その電話の際に録音する事も禁じられました」



 夕日を攫ったと思われる犯人は、他にいくつかの要求をしてきたそうだ。

 大まかには、


 ・警察を含む、外部に連絡をしない(話さない)事

 ・店の営業をしない事

 ・こちらの指示した場所以外に行かない事


 そして、速やかに廃業手続きをする事、である。

 夕日は、保健所に廃業届の受理を確認した時点で返すと言われているらしい。



(随分な強硬手段に出たものだな…)



 犯人側の要求から、目的は明確である。

 想定はしていたが、これで相手が『タチの悪い不動産会社』の手の者である事はほぼ確定したと言っていい。

 それは自らを犯人だと名乗り上げているに等しい行為である上、リスク自体も相当なものである。

 にも関わらず実行してきたという事は、裏を返せばどうとでも出来る自信があるという事を意味する。



「っ!?」



 重たい沈黙が流れる中、それを切り裂くように電子音が鳴り響く。

 まず間違いなく、犯人側からの連絡だろう。

 どうするかと困惑した視線を送ってくる悟さんに対し、俺は頷いて返す。

 悟さんはそれに少し戸惑った素振りを見せたが、やがて意を決して受話器を取る。



「…もしもし」



『………』



 受話器側の声は聞き取れなかったが、何かを言われたのか、悟さんの視線が俺に向く。



「神山君、君に代わってくれと…」



「…わかりました」



 傍聴の術式を解除した時点で、犯人側の反応は予測できていた。

 俺は軽く深呼吸しつつ、悟さんから受話器を受け取る。



『お前、魔術師か?』



 受話器に耳を当てた直後、そんな声が聞こえてくる。



「…さあな。しかし、あの怪しげな呪符を破り捨てたのは俺だよ」



『…ふん、少なくとも術の類に精通してるってのは否定しないって所か。まあ、今はそれでいいぜ? しかし、こっちの手に――」



「御託は良い。何か要求があるのなら、さっさと言え」



 俺の強気な態度に、悟さんが不安そうな表情で縋ってくる。

 しかし、ここで俺が弱みを見せるワケにはいかない。



『随分と強気じゃねぇか? まあ、コッチは要求を呑んでくれるなら何だって構わねぇがな。…まず、おかしな真似はしない事だ。俺達はその店を監視している。お前が誰かも、既に調べはついているんだ。だから、もしお前が何かするつもりなら――」



「悪いが、脅しに屈するつもりは無い。要求はそれだけか?」



『…手前ぇ、ただの脅しだろ思っているなら、後悔するぞ?」



「違うな。俺がそんな脅しに屈しないのは、それが不可能だからだ。もし俺の家族に手を出せば、お前達は逆に後悔する事になるだろう。ついでに言えば、先程の要求も却下だ」



『…おい』



 俺の言葉に苛立ちを隠せない男は、傍に控えた誰かに何か指示を出したようだ。

 直後、くぐもった女性の声が僅かに聞こえてくる。



『…聞こえたか? 次からは、よく考えて発言しやがれよ?』



「…お前も、良く考えて行動をした方がいい。お前達だって俺と事を構えたくないから、わざわざ交渉をしてきたんだろ?」



『……一時間後に、もう一度連絡する。今度はしっかりと話し合って、どうするか決めるんだな』



 そう言って、電話は切れた。



「…すみません。ですが、夕日達は、必ず俺が助け出します」



 俺は痣になる程強く握られた手を見ながら、悟さんにそう告げた。





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