第76話 バストアップ効果
「ただいまー!」
(…………あれ? 反応が無い?)
いつも通り裏口から家に入り声をかけると、普段ならすぐに返ってくる母の声が聞こえなかった。
もしかしたら、接客中でそれどころではないのかもしれない。
忙しいのであれば、早くヘルプに入った方がいいだろう。
私は手洗いうがいを済ませて部屋に戻り、手早く私服へと着替えてしまう。
私服と言っても店を手伝う用であるため、動き易さ重視の地味な恰好なのだけど、一応人前に出る以上、最低限の身だしなみだけは整える。
今日は久しぶりに、バイトも夕日のお迎えも無いので、いつもより長く店の手伝いができる日だ。
たまには母さん達に長めの休憩時間を取ってもらうのも良いだろう。
(ま、ウチの客の入りじゃ余り意味は無いかもしれないけど……、って、あれ?)
店の方へ向かうと、今日はいつになく賑やかな声が漏れ聞こえていた。
どうやら、本当に忙しいのかもしれない。
私は少し覚悟しつつも、店に続く暖簾を潜る。
(って、えええぇぇぇ!?)
店に出ると、そこには私の想定を遥かに上回る光景が広がっていた。
(嘘っ……!? 何、このお客さんの量は……?)
狭い店内には、隙間が無い程お客さんで敷き詰められていた。
帰ってくるときは全く気付かなかったけど、これはウチの店始まって以来の繁盛ぶりではないだろうか?
「あ、朝日!? 丁度いい所に帰ってきたわね! お願い、手伝って頂戴! 手が足りてないのよ~」
「う、うん!」
私は慌てて母さんのフォローに入る。
この繁盛ぶりからして、恐らく作成の方が間に合っていないのだろう。
「レジ、お願いね!」
私ではまだ父さんの手伝いはできないので、母さんが調理場へと向かう。
私の役目は、レジ打ちなのだけど、お客さんの質疑応答などにも対応する必要があるため、このお客さんの人数では中々の激務が予想される。
しかし、一体どうしてこんなに……?
「あ、あの!」
「はい、何でしょうか!」
「えっと、あの、すいません、貴方はこの店の、娘さんですか?」
「えっと、はい、そうですが……」
パンの質問かと思ったら、意外にも私に対しての質問だった。
よく見ると質問をしてきた少女は、隣町の中学校の制服を着ていた。
つまり、年下である。
そんな少女に娘さんと言われるのは、なんとも複雑な気分だ。
「ホラ! やっぱりアレって本当だったんだよ!」
「う、うん。そうだね!」
アレ? アレって何だろう?
正直身に覚えは無いのだけど、何か噂になるようなことがあったのだろうか……?
「ね、ねぇ、その、アレって、何?」
私は、恐る恐る少女達に確認してみる。
私に直接聞いてきたのだから、多分悪評の類ではないと思いたいけど……
「あ、えっとですね、最近良くこのお店がSNSで紹介されてるんですよ。……知りませんか?」
「紹介って、ウチの店が?」
「はい! ホラ、本人も知らないってことは、やっぱヤラセとかじゃないんだって! コレは期待できるかも!?」
ヤラセ? 期待? 一体何の話をしているの……?
「あ、あのですね、コレです」
私がレジを打ちつつも腑に落ちない顔をしていると、大人しい方の少女がわざわざスマホで検索して画像を見せてくれた。
「ありがとう…………って、バストアップ効果ぁ!?」
「は、はい……。私達、それを見て……」
バストアップ効果? そんな効果がウチの店のパンに?
いやいや、そんな効果があるなんて、父さんからは聞いてないけど……
「私も! 私もその投稿見て来たの!」
「私も私も!」
一人が声を上げると、他のお客さんもからも次々に声が上がる。
……今更気づいたが、よく見るとお客さんは女性しかいなかった。
「ねぇ! さっきまでは話半分くらいのつもりだったけど、コレをみたら信じたくなるよね!」
そう言って先程の元気な方の少女は、私を指さす。
コレとは、私の胸であった。
「駄目だよ翔ちゃん! そんな風に指さしたら失礼だよ!?」
「え~、でもこんな立派なんだよ?」
「立派とか、そういうことじゃなくて!」
そんなやり取りを聞きながら、私は自分の顔がどんどんと熱くなるのを感じた。
どうやら、ウチの店が謎に繁盛している理由は、バストアップ効果を宣伝するSNS投稿が原因であるらしい。
「えっと、えっと、えっと……」
私はアタフタして、レジ打ちを何度も間違えてしまう。
しかし、お客さんにとっては迷惑だろうに、それすらも微笑ましく見られるような空気になってしまっていた。
「ふふ、慌てなくても大丈夫よ、看板娘さん♪」
そう言ってからかい気味の笑顔を向けてくる女性も、先程のSNS投稿を見てこの店に来たのだろう。
看板娘、その言葉からして恐らく間違いない。
何故ならば、先程見せて貰ったSNSには、こう書かれていたからだ。
『店を手伝う看板娘さんもこのサイズ! バストアップ効果は間違いなさそう!?』
――結局、この日はお客さんが絶えることは無く、この店始まって以来の売り上げを記録することとなったのであった。
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