第74話 津田ベーカリーは何故繁盛していないのか



「それで、今日は何の目的で私を待ってたの?」



 『津田ベーカリー』へと向かう途中、津田さんがそんなことを聞いてくる。



「もちろん、津田ベーカリーにパンを買いに行くためさ」



「それは、ありがと……。でも、それならわざわざ私を待たなくて良くない?」



「そうなんだけど、ちょっと品物について解説役が欲しくてね。流石に業務中のご両親に頼むのは気が引けるのでね」



 先日、津田さんにお土産として頂いたパンは、非常に美味しかった。

 しかし、自ら商品として購入したワケでは無いので、商品名もわからないし、モノによっては何のパンかもわからなかったのである。

 そのため、今日は商品の説明やオススメなども聞きたく、こうして津田さんを待っていたのだ。



「……何それ、私なら気が引けないってこと?」



「そんなことは無いけど、津田さんはクラスメートだしね。その辺は学友のよしみということで」



 そう言うと、津田さんは非常に複雑そうな顔をする。

 まあ、結構強引な理由だし、そんな表情になるのも無理は無いだろう。

 ただ、津田さんは割と人が好いし、引き受けてくれるだろうという打算はあった。



「……別に私はいいけど、私も店の手伝いに入るから、お母さん達からOK出なきゃ駄目だからね?」



「もちろん、それで構わないよ。ありがとう、津田さん」



「ま、まだやると決まったワケじゃないし! それに、私だって商品のことそんなに詳しくは説明できないからね!?」



 津田さんは、何故か照れたようで顔を赤くしているように見える。

 どうやら、まっすぐ礼を言われるのは苦手なようだ。


 ちなみに、彼女の弟である夕日の方は、先日と同様俺に肩車された状態である。

 先日と異なるのは、しっかり起きた状態でキャッキャと暴れている点だろう。

 それはそれで構わないのだが、何度か引っ張られている髪の毛が少々心配だ……


 そうこうしているうちに、俺達は『津田ベーカリー』に到着した。

 津田さんと夕日は裏手に回り、家の中へ。

 俺達は表から入り、早速パンを見て回り始める。



「結構色々な種類があるのですね……」



 静子が物珍しそうに菓子パンを眺めている。

 特に、彩り鮮やかで甘そうなパンに興味津々なようだ。



「みたいだな。俺も先日少し頂いたけど、こんなに種類があるとは思わなかったよ」



 先日頂いたパンはどれも美味しかったが、静子の見ているような色鮮やかなパンは含まれていなかった。

 男である俺に気を使ったチョイスなのか、人気商品のため売り切れだったのかはわからないが、何にしても興味は引かれる。



「あら? いらっしゃい、神山君! 今日はどうしたの? こんなに友達を連れて……、って二人とも凄く可愛いじゃない。……もしかして、彼女?」



「いえいえ、ただの幼馴染ですよ。この二人は、俺や津田さんと同じ、あさがお幼稚園の出身なんです」



「まあ、そうだったの! 私はてっきり……。まあ、それはともかくとして、お店に来てくれて嬉しいわ! サービスするから、是非見て行ってくださいね!」



 津田さんの母上は、そう言って再び手を動かし始める。

 どうやら、商品を出している最中だったようだ。

 このまま話し続けるのは業務の妨げになるし、やはりここは津田さんを待つことにしよう。

 それまでに、俺は頭の中でどの商品について聞くかを整理しておくことにした。




 ――――数分後




「お母さん!」



「あら朝日、お帰りなさい。神山君たちが来ているわよ?」



「うん、一緒に帰ってきたから知ってるよ。……それでさ、皆にパンの説明頼まれているんだけど、案内してもいい?」



「もちろんいいわよ。しっかりと宣伝してね!」



「うん!」



 店はそんなに広くないため、会話自体は丸聞こえである。

 まあ、本人達は百も承知だと思うが……



「みんな、お待たせ!」



 エプロン姿の津田さんが、カウンターを出て近づいてくる。

 その姿を目にした俺は、思わずドキリとしてしまった。

 津田さんの格好は、白い襟付きのシャツにオーソドックスなワークパンツ、そして黒いエプロンといった比較的地味な服装なのだが、やはり目立つのはその豊満な胸だ。

 エプロン越しに大いに主張するソレは、地味な恰好故により強調されており、凄まじい破壊力をもっている。



「……素晴らしい」



「ど、どこ見て言ってるの!?」



 怒られてしまった。

 しかし、アレは見るなという方が無理な話である。

 だって、男の子だもん。



「もう! パンを買いに来たんでしょ!? ちゃんと説明するから、パンの方を見てよね!?」



 ごもっともだ。

 しかし、そんな大声を出しては、他のお客さんに迷惑が……

 そう思い店内を見渡すと、どうやらお客さんは俺達以外にはいないようであった。

 入店直後はちらほら居たと思ったが……



「……大丈夫よ。気にしないでも、この時間はいつもこんな感じだから」



 俺が何を考えていたのか察した津田さんが、少しテンションを落としながらそう言ってくる。

 どうやら、繁盛していないというのは本当だったらしい。

 俺からすれば信じられない話だが、この状況を見る限りは信じざるを得ないだろう。



「それより! みんな、折角だから沢山買っていってね?」



「もちろんだ」



 静子も一重も一緒に頷く。

 まあ、一重の分に関しては、俺と共同なんだがな……





 ◇





「どうだった? 静子」



「凄く……、美味しかったです」



「だろ?」



 買う前に試食させてもらった際、静子は目に見えて驚いた顔をしていた。

 普段あまり表情を崩さない静子にしては、珍しいことである。



「良助、私、あの店のパンを制覇するわ!」



 一重も先程の試食では飽き足らず、全商品の制覇を目論んでいるようだ。

 無論、それは俺も同じである。



「今度は速水さんと一緒にお邪魔してみます」



「そうするといい。本当に繁盛していないみたいだし、宣伝は重要だろう」



 あの美味さで売れない理由がさっぱりわからないが、事実そうなのであれば細かく宣伝していくしかないだろう。



「ええ。ですが解せません……。あれ程の美味しさであれば、もっと口コミで情報が広がっていてもおかしくは無いでしょうに……」



「まったくだ。まあ、俺達もマーケティングに関しては専門外だし、何かあるのかもしれないがな……」



 学校では立地の問題かと予測したが、どうにもそれだけでは無い気がする。

 まあ、専門外の俺達が考えた所で答えは出ないだろうが……


 ともあれ俺の中では、何とか出来ないかという気持ちが段々と強まりつつあった。



(ふむ……、少し調べてみるか……)




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