第38話 小さな幸せに差す影
「簡単なものですまないが、召し上がってくれ」
俺は小さなテーブルの上に、所狭しと総菜を盛った皿を並べていく。
テーブルの手前に敷かれた座布団にちょこんと座った静子が、先程の戦利品を読みながらペコリと頷く。
中々の集中具合だが、そんなに内容が気になるのだろうか?
まあ、薄い本なのですぐ読み終わるだろう……
現在の時刻は19時過ぎ。
俺達は地元に帰ってきていた。
今いるこの場所は、麗美との戦闘後に彼女を運んだ空き部屋である。
坊ちゃんにはココを自由に使う許可を貰っており、今ではそれなりの生活ができるくらいにはリフォームが進んでいた。
何故この部屋に来たかというと、先程の戦利品をチェックしつつ保管するためである。
持ち帰り先に困るこれらの戦利品をどうするか? その答えがこの部屋に保管することであった。
ここであれば、保管に関するトラブルは避けられるし、人目をはばからずに中身のチェックも可能だ。
正直、やや抵抗はあるのだが、条件を満たす場所が他に思いつかなかったのだから致し方ない。
幸い、この場所を頻繁に利用するのは他に麗美くらいであり、一重の目にコレが触れることはまずないだろう。
「……ふぅ、中々、濃密な内容でした……」
静子の顔がやや赤いのは、やはり内容が過激だったからであろうか?
「頂きます、師匠。…………っん、相変わらず師匠のご飯は美味しいですね」
「そう言ってくれると助かる。本当は折角のデートだし、レストランでディナーでもと思ったんだが、悪かったな……」
前世も含めて、デートの経験などほとんどない俺だが、それくらいの心配りはできるつもりだ。
しかし、俺が精神的にかなりダメージを負っていたこともあり、静子の配慮で早々に地元に引き上げることになったのである。
「いえ、私にとってはこちらの方がご馳走なので。それに、なんだかこの状況は、その、凄く……、いえ、なんでも、ないです」
そう言いながら、顔をさらに赤らめて
どうやら顔の赤さは、薄い本の内容のせいだけではなかったようだ。
静子にしてはかなりレアな反応だが、よくよく考えてみれば今のこの状況は確かにアレである。
若い男女が、同じ部屋で、テーブルを挟んで食事する。
この状況はまるで、同棲をしている恋人同士、または新婚夫婦のようにも見えるだろう。
仲良く食事をつつきあい、片づけをしてから風呂へ、そして…………じゃない! 俺は何を考えているんだ!
「……ふふっ、師匠も一応、意識はしてくれているんですね?」
「う、うるさい! 冷める前にさっさと食べるぞ!」
「はい♪」
照れ隠しに語調を強めて言う俺に、静子は嬉しそうな笑みを浮かべて返事をする。
なんだこの嬉し恥ずかし空間!?
◇速水桐花
ああ、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう!
思い切って確認して、本当に良かった!
やっぱり、私の想像は間違っていなかった!
入学式の頃から目を付けていた、あの二人……
思えば数々の可能性を視野に入れながら、私はあの二人、いえ、三人を見ていたと思う。
強い繋がりを感じさせる、神山君と雨宮さん……
きっとあの二人には、私の想像以上の絆があるのだとは思う。
でも、そんな中、神山君と尾田君は出会ってしまった……
二人は惹かれあい、やがて結ばれることになる。
運命を決定づけたのはあのとき……
杉田さんが転校してきてから数日経った、ある日の放課後のことだ。
神山君と雨宮さんの関係を知りながら、それでも止められない思いを抱えた尾田君は、ついに神山君に告白をした。
途中で何故か彼らを見失ったため、実際にその現場を見たわけではないけど、あの日を境に二人の関係が急激に近付いたことから、まず間違いないと思う。
また、三人の関係が進展したのは、新たなる登場人物である杉田さんのお陰でもあると言える。
きっと杉田さんは、この物語を彩るキューピッド的な存在なのだろう……
そして、この物語はまたしても新たな展開を見せる。
1-Cの生徒である、如月君の登場だ。
彼はしばらくの間学校に来ていなかったらしいのだけど、ある日を境に登校を再開した。
彼の登場は、私の心を大きくかき乱した。
なにせ、彼はいきなり舞台に上がり込んだと思ったら、神山君を兄者などと呼ぶようになったのだ。
正直私は、一体何が起きたのだろうと思った。
物語がハッピーエンドに向かっているというのに新たに登場人物が加わるなんて、普通は想像できない。
しかも彼の存在を、尾田君も、雨宮さんも、キューピッドである杉田さんまでもが認めているようなのである。
信じられない光景だった。
でも、調べてみるとなんとなくだが背景は見えてきた。
私の仮説ではこうである。
元々、如月君は尾田君のことが気になっていた。
しかし、その尾田君は神山君を意識しているということに気づいてしまう。
そんな如月君は焦りを覚え、ついに尾田君を放課後に呼び出し告白をするが、その思いは届かなかった。
心に深い傷を負った如月君は、それが切っ掛けで不登校になってしまう。
しかし、尾田君もそのことを密かに気にしていたのだろう。
そして尾田君は、このことを神山君に相談した……
神山君は、ああ見えてかなり優しいところがある。
だからきっと、如月君のことを放っておけなかったに違いない。
そして、神山君は行動し、今の状況に至った。
現実が想像を超える瞬間。
私の人生で、このときほど大きな衝撃を受けたことはなかった。
如月君は、尾田君の恋人にはなれなかった。
しかし、彼は紆余曲折を経て、兄弟という第三の道に至ったのである。
恐らくは神山君、そして杉田さんの助力があったことは間違いないだろう。
彼は神山君を兄と慕うようになり、果てにはその……、自慰行為の極致について教えを乞うほどの仲にまで発展していた。
こんな展開、誰が予想できるだろうか? 少なくとも、私には無理だった。
その事実に気づいたとき、私はとても興奮した。
興奮のあまり、居ても立っても居られず、神山君に直接確認してしまったくらいだ。
自分でも、その大胆さに驚かされている。
しかし、後悔はない。
お陰で、私の仮説に確証が得られたのだから……
……ただ、一つだけ気になることがあった。
今日、神山君は1-Aの生徒である、山田さんと一緒に下校した。
それも、二人だけで。
遠くからそれを見ていた私は、二人が凄くお似合いに見えて、何故か胸にズキリと痛みが走った。
あの二人の関係は、一体何なのだろう?
日記を書いていた筆がピタリと止まる。
胸にまた、ズキリと痛みが走った。
先程までの幸せな気持ちが、急激に冷めていくのを感じる。
ああ、嫌だな……
彼女は……、嫌だ。
あまり目立たないであろう、地味な少女。
容姿は整っている方かもしれないが、決して華やかさのない、普通の少女。
何故あんな子が、神山君の隣に?
……あんな子は、私の物語に――
いらない
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