第36話 目的の品は冬虫夏草先生のBL本です

 


「同人誌……、だと……」


「はい、同人誌です」



 同人誌というとアレだよな? 前世にもあった、あの同好の士が自費で出版する魔導書だとか指南書の類のことだよな?

 いや、もちろんこの世界においてはそんな偉そうな書物ではなく、もっとライトなモノが流行っているのは理解している。

 あんなモノや、こんなモノまであることだって知っているとも。

 だがしかし、何故このタイミングで静子はそんなことを言い出したのだろうか?



「……静子、俺が理解できていないだけかもしれないが、何故、同人誌を買いに行くんだ?」



 俺の質問に対し、静子は少々お待ちくださいと断りを入れてから、鞄をまさぐり始める。

 静子は今時の女子にしては珍しく大きめの鞄を持ち歩いているのだが、中に何が入っているのだろうか?



「……師匠、これを見て下さい」



 そう言って取り出したのは、タブレット型の端末であった。

 静子は慣れた手つきでそれを操作し、俺の前に差し出してくる。

 そこには、某呟き系SNSの画面が映し出されていた。



「これは……、所謂いわゆるBLモノってヤツか?」



 画面には、上半身が裸体の男同士が絡み合っている画像が映し出されていた。

 中々悪趣味なトップ画像だと思ったが、この程度の露出度であれば、比較的よく見る画像と言えるだろう。



「はい。そして、こちらが速水 桐花はやみ とうかのSNSです。……似ていると思いませんか?」



 同じように差し出されたスマホの画面。

 そこには、例の速水さんのSNSが映し出されていた。


 ……内容に軽く目を通すと、確かに文体や画像の構成など、所々共通点が見いだせる。

 しかし、いくら同じ趣味を持っているからと言って、これだけで同一人物と決めつけることはできないだろう。

 何せ、世の中には似たようなコンセプトのSNSなど、ごまんとあるのだから。

 ただまあ、静子のことだ、その辺は既に調査済なのかもしれない。



「……確かに、似ているな。しかし、これだけでは証拠にはならないだろ? ……と言いたいところだが、もう調べは付いているんだろうな」


「……はい。過去の記事を確認しましたが。共通事項を複数発見しました。十中八九、速水桐花と、この冬虫夏草氏は同一人物です」



 成程。なんとなく静子の目的が見えてきた気がする。

 同人誌を買いに行く。それはつまり、冬虫夏草(速水桐花)が出していると思われる同人誌を買いに行く、ということだろう。

 彼女の世界を知り、研究するというのは、彼女の作品を通じて、彼女の世界観を知るということか。



「……ふむ。ということは、つまりこれから買いに行く同人誌というのは――」


「ええ、冬虫夏草氏、つまり速水桐花の出している同人誌を買いに行く、ということです」



 成程な……

 まあ、あまり気は進まないが、有効な手であるのは間違いないだろう。



「しかし、わざわざ買いに出てきた理由はなんだ? 今時通販で大体の物は手に入るだろう?」



 特に、そんないかがわしいモノを買うのであれば、なお更のこと通販の方が良い気がする。



「……それがですね、実は現在我が家では、お小遣いやら購入物が規制されておりまして……」


「そりゃまたなんで……、ってスマン、聞くまでもなかったな……」


「……お察しの通りです。これ以上好きにやってしまうと、母がノイローゼで倒れるか、私が追い出されるかしそうなので……」



 静子の言い分に察しがついたのは、俺の方に心当たりがあったためだ。

 彼女が女子らしく成長をしなかったことは俺の大いなる過失の一つでなのだが、その象徴たるモノが彼女の私室であった。

 彼女の部屋にはもう数年近く訪れていないが、最後に見た時は既に、サイバーパンクな部屋と化していたのを覚えている。

 上手く説明できないが、〇KIRAだとかl〇inだとか、そんな感じの見た目になっていたのだ。


 あのときのことを思い出すと、未だに頭が痛くなってくる……

 俺はあの日、人生で初めてフライング土下座というものを決めることになった。

 もちろん、彼女の両親にである。

 当然、許されるワケもなく、こっぴどく叱られた俺は彼女の家への出禁を言い渡されたのであった。


 ……ただ、一応、その後も謝り倒したり菓子折り持って行ったりと、紆余曲折あって奇跡的に交流だけは認めてもらってはいる。

 しかしそれも、娘に悲しい顔をさせたくない、という理由があってこそであった。


 そんなワケで、彼女にまたもリスクを背負わせるのは酷というか、悪魔的所業と言っていいだろう。

 彼女に頼りきっている時点で、既に男としては駄目駄目とも言えるが、流石の俺も悪魔にはなりたくない……

 彼女の名誉のためにも、ここは率先して俺が一肌脱ぐとしよう。



「色々と面倒をかけてすまない……。そもそもこの件は、当事者である俺が率先して動くべきだったな」



 俺はテーブルに擦る程深く頭を下げる。



「い、いえいえ師匠、そんな恐縮です! 今回の件は、やろうと思えば自分一人でもやれなくはなかったのですから! ただちょっと、一人で成人向けコーナーは恥ずかしいな~とか、この機会に師匠に甘えたいな~、という打算があったワケでして…………、って私は何を!?」



 興奮して余計なことを口走ったのか、顔を真っ赤にして伏せる静子。

 いやいや、真っ向からそんなことを言われた俺の方が恥ずかしいんですけど!?

 な、何だ!? これはまさか、トキメキというヤツなのか!?



「オ、オホン、すみません、取り乱しました。で、では早速ですが目的地に向かいましょう! 何件か回ることになると思いますので、フォローをお願いしても宜しいでしょうか?」


「あ、ああ、もちろんだとも! さあ、いざ行かん同人ショップへ!」



 そんな俺達を、店員や周りの客が生暖かい目だったり、恨めしい目で見ていた。

 俺達二人は、恥ずかしさを誤魔化すため、変なテンションで喫茶店を後にするのであった……



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