第35話 同人誌を買いに行きます

 


 キョロキョロと周囲を見回す。

 なんというか、普通の喫茶店であった。

 いやまあ、お洒落ではあるのだが、特筆すべき点がないというか……、少なくとも俺の想像とは異なる喫茶店であった。



「……メイドは、いないんだな」



 静子は俺の呟きに一瞬キョトンとした顔をして、次の瞬間プッと噴き出した。



「師匠、もしかしてアキバの喫茶店がメイド喫茶だけだと思ってたんですか?」


「いや、何か他にも色々あるらしいとは聞いていたが、普通の喫茶店もあるのだなと」


「そりゃありますよ。もしそんな状態だったらチェーン店なんて進出できないでしょう?」



 確かにその通りだが、郷に入っては郷に従えとも言うし、そこは流儀を合わせると思っていた。

 そして静子が選んだ店なので、てっきりその手の店だと思ったのである。



「……すまない。不勉強だった。それにしても、静子はアキバにはよく来るのか?」


「月に1~2回程度来ています。やはりこの街には色々なパーツが揃っているので、重宝はしていますよ」



 パーツ、というのはパソコン関連のパーツのことだろう。

 静子にこの手の知識を手ほどきしたのは俺なのだが、彼女は俺の与えた知識をベースに独自に学習を重ね、今では俺など足元にも及ばない専門家と化している。

 元々静子にはそういったことに対する素養があったのだろうが、ここまでの成長を遂げるとは正直想定していなかった。

 静子の実力は、例えるならスーパーハカーや、電子の妖精とも言えるレベルに達しているだろう。


 そんな優秀な彼女に師と仰がれるのは大変光栄なのだが、できればこのような場で俺を師匠と呼ぶのは本当に止めて欲しい。

 まあ、この件に関してはもう半分諦めかけてはいるが……


 呼称に関しては、今までも注意をしてこなかったわけではない。

 むしろ、毎日のように注意していた。

 しかし、結局今に至るまで、彼女の呼び方が矯正されることはなかった……

 効果がなかったわけではないのだが、3回に1回は師匠呼びになるので矯正できたとは言い難い。

 正直、ワザとやってるんじゃと疑ったこともあるのだが、どうもそうではないらしい。

 ワザワザ魔術まで使って調べたのだから、最早疑う余地はなかった。



「……熱心なのは良いことだな。しかし、静子くらいの年齢の女の子が、一人でこの街を歩き回るのはあまり感心できないぞ」


「それでは師匠、私がアキバに買い物に行く際は、今日のようにお付きあいいただけますか?」


「ま、まあ、時間があれば構わないが」


「ありがとうございます」



 そう言って微笑んだ静子に、俺は少しドキリとしてしまう。

 静子は、一重や麗美のように端麗な顔立ちをしているワケではないが、十分に可愛い顔立ちをしている。

 化粧っ気もなく、髪型もおかっぱ風なショートボブと地味だが、彼女には非常に似合っていた。

 さらに、基本無表情なので非常にわかりにくいのだが、時折見せる微笑はそんな地味な印象を吹き飛ばすくらいの破壊力を持っている。

 つ、つまり、俺がドキリとしてしまうのも仕方ないことなのだ。



「と、ところで、今日の目的は一体なんだ? やっぱり、PCのパーツを買いに来たのか?」



 俺は、そんな内心を誤魔化すように話題を変える。



「一応それも目的の一つではありますが、あくまでついでですね。本題は別にあります」


「というと?」


「……その話をする前に、師匠は『空想虚言者』というものをご存知でしょうか?」


「いや、知らないな……」



 空想、虚言、そんな単語が並べられてる時点でなんとなく想像はつくが……



「『空想虚言者』とは、いわゆるサイコパスの一種です。想像力が旺盛で、空想を現実よりも優先したり、自分でついた嘘を信じて疑わなかったり、といった特徴を持っています」



 ……んん? なんだか聞き覚えのある内容だな。

 ……いや、それってもしかして……



「私は、速水 桐花はやみ とうかが『空想虚言者』なのでは、と考えています」



 ……やはり、そういうことか。

 確かに、今言った『空想虚言者』とやらの特徴は、今朝の速水さんと特徴的に一致している。

 あの、何を言っても無駄な感じ……

 メンヘラにしても大分重症だとは思っていたが……



「……成程。確かに特徴自体は一致するな。しかし、サイコパスか……、そんな身近にいたりするものなのか?」


「サイコパスは全く出会わないという程希少な存在ではありませんよ? 例えばニューヨークでは、サイコパスが10万人以上存在すると言われています」


「マジか……」



 怖いよニューヨーク……

 俺は心の中で、旅行に行ってみたい国リストから、そっとニューヨークを消した。



「まあサイコパスと一口に言っても、全てが全て危険人物ということではありません。特に『空想虚言者』に関しては分類こそサイコパスの一種と見なされていますが、直接犯罪に結びつかないことも多いようです。……まあその分、結構身近な存在だったりするんですが」


(う~む……、それはもしかして、一種の自己暗示みたいなものだったりするのか?)



 俺は専門じゃないが、精神学については前世で軽くかじったことがある。

 思考誘導の術なども、その際に覚えたものだ。



「速水桐花の場合、弁舌だったり自己中心的だったりという特徴はありませんが、同類の精神疾患である可能性が高いです」


「……ふむ。しかし、そうだとしたら増々厄介だな」



 思考誘導や意識改変の魔術は、本人の趣向や信じるモノを変えさせるほどの効力はない。

 罪悪感などがあればなんとかなる可能性もあるが、速水さんの場合それは難しいだろう。

 もしそれを行うとしたら、それは洗脳や催眠の領域である。

 当然だが、俺はそんなことをするつもりはない。



「精神病質――サイコパスは、完全な治療法が存在していません。しかも、基本的に無害である速水桐花の場合、周囲の人間は愚か、本人すらもソレを意識していないでしょう。つまり、今後医療機関にかかる予定もないということになります」



 無害……、まあ対外的にはそうかもしれないが、実際に俺は精神に大ダメージを受けている。

 おっさんのナイーブな精神には、今の状況は少々キツイ。

 しかし、そもそも完全な治療法が存在しないとなると、本格的にお手上げか……?



「……ですので、正攻法ではこの状況を解決することはできません。だだ、私達には幸い、魔術という裏技があります」


「……まあ、それはそうなんだが、速水さんのようなタイプには精神干渉系の魔術が効きにくいぞ?」


「その辺の事情については、研究所の設備を利用すれば多少融通が効くかと。その上でまず私達がしなければならないのは、彼女の世界を知り、研究することです。今日ここに来た目的は、そのための資料を集めたかったからです」



 静子にしては、珍しくやる気に満ちた顔をしている。

 ただ、俺の経験上、静子がやる気を出す時って、大抵悪い方向に向かって行くときなんだよなぁ……



「ということで師匠、これからそのための資料、『同人誌』を買いに行きます」



 ほら、やっぱり……


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