第33話 -速水桐花の世界-

 


 既に用意していた回答を反射的に答えた俺は、その瞬間フリーズした。

 な、何だ? 今彼女は、何と言った?

 受け? 攻め? 何のことです!?



「良かった! やっぱり、私の思った通りだったんですね!」



 いやいやいやいや! 何も良くないよ!?

 っていうか今の質問はなんだ!? 話の流れ的に色々とおかしくないか!?

 彼女の台詞で少し我に返った俺は、その質問の意味をなんとなくだが理解することができた。

 攻めと受けとは、つまり腐った・・・意味でだよな!?

 い、一体何故に……?

 何故にホモかどうかの事実確認をすっ飛ばして、ホモである前提の質問なんだ!?


 ……俺は普段、感情ををなるべく表情に出さないよう努めている。

 これは前世からの癖のようなものであり、今世でも引き継がれている数少ない特徴の一つだ。

 しかし、そんな年季の入った仮面が、今はボロボロに崩れてしまっている……

 これは表現するならばアレだ、いわゆる〇ルナレフ状態というヤツに違いないだろう。



 あ……ありのまま 今 起こったことを話すぜ!


 おれは ホモじゃないと否定するつもりだったが


 いつのまにかホモだと断定されていた


 な…… 何を言っているのか わからねーと思うが 


 おれも 何を言われたか わからなかった……


 頭がどうにかなりそうだった…… 魔術だとか科学だとか


 そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ


 もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ……



 信じがたいことだが、彼女の中では俺がホモだということが確定しているのようであった。

 何故そうなったかさっぱり理解できないが、そうでなければあんな質問にはならないだろう。


 ……こんな理不尽があって良いのだろうか?

 まさか、否定する余地さえないとは思わなかったぞ……

 何と言うか、これは漫画やラノベなどで見かける、因果律を捻じ曲げる類の攻撃に近いものを感じる。

 過程をすっ飛ばし、結果を押し付けるというアレだ。


 元研究者である俺にとっては、過程をすっ飛ばすなど到底受け入れられない現象だ。

 そんなことが認められるのなら、俺はもっと若くして出世していたであろう。

 だから過程のない結果など、認めるワケにはいかない……



「……速水さん、今、なんて?」



 ということで俺は、都合よく聞こえなかったフリをすることにした。

 難聴系というヤツである。



「え……? えっと、だからその……、神山君は攻め、なんだよね? 尾田君は、筋肉受けで……」



 筋肉……、受け?

 な、なんだ、その単語は……、う……、頭が……

 一瞬理解しかけた頭に、それをいましめるかのような頭痛が襲う。

 頭が、クラクラする……、どうにか、なりそうだった。



「か、神山君!? 大丈夫!?」


「……あ、ああ、大丈夫だ、問題ない」



 嘘だ。問題だらけである。



「ご、ごめんなさい……。突然こんなこと言われても、困るよね……。私、あまりにも即答だったから、つい舞い上がっちゃって……。きょ、教室に戻るね? 詳しい話は、また今度でいいから!」



 そう言って、俺とすれ違うように階段を降りていく速水さん。

 俺はその彼女の腕を掴み、ギリギリで引き止める。

 それは本能というか、反射に近い反応であった。



(良く反応したぞ、俺……)



 ほとんど放心状態だった俺でも、このまま彼女を教室に帰したらマズいことくらいは流石に理解できる。



「か、神山……、君……?」



 振り返った速水さんは、やや頬を赤らめ、ちょっと照れたような、それでいて少し幸せそうな表情をしていた。

 間違いなく、他のクラスメートが見たら誤解を生みそうな状態である。

 恐らく、このままクラスに帰せば、根掘り葉掘りと質問攻めにあうことは間違いないだろう。

 内向的な彼女のことだ……、恐らく、ここでのやり取りを外に漏らすなんてことは、まずないとは思う。

 しかし、だ……


 残念ながら、彼女がそれに答えようが答えまいが、結果は悪い方にしか転ばないのである。

 例えば、彼女がクラスメートの質問に対し、こう答えたとしよう。



「そ、その……、えっと……、秘密……(ポッ」



 ……十中八九、俺は今よりも酷い扱いを受けるに違いない。

 男子からは暴力を伴う嫌がらせを受け、女子からは完全に無視される。


 では仮に、彼女が正直に答えたとしたら?



「あの……、やっぱり神山君は攻めで、尾田君が筋肉受けみたいなの!」



 彼女の発言を、一体何人の人間が理解できるのかは不明だ。

 しかし、受け攻めという言葉から、ある程度理解する者が一定数いるハズ。

 そして、その有識者から情報が伝播することで、男からも避けられる事態に発展することが大いに予想できる。

 いや、それだけならまだマシかもしれない。

 最悪の場合、社会的に抹殺される恐れすらあるだろう。


 ……なんとしてでも、ここで誤解を解いておく必要がある。



「は、速水さん、待ってくれ……。君は重大な誤解をしているよ」


「ご、誤解……? それは、神山君が、受けってこと……?」


「断じて違うよ。まず第一に、俺と尾田君はそんな関係じゃないんだ。彼とは友達だけど、決して恋人同士なんかじゃない。彼も俺も、いたってノーマルだ。普通に、異性のことが好きなんだよ」



 速水さんの肩を固定し、真剣な表情で訴える。

 彼女の視線を逃がさないよう、魔力も使わせて貰った。

 テクノブレイクLV2……、これで今日の俺の魔力は、残り1である。



「神山君……。あの、私……、わかっているから……」



 わかっている……? 何をだ……?



「神山君、バイ……なんだよね。ちゃんと、気付いてたよ? 私……」



 ……そうだった。

 俺にはホモではなく、バイセクシュアル……つまり、バイ(両性愛者)疑惑がかけられているのであった。



「私、本当にずっと、神山君達のこと、見ていたから……。神山君、いつも雨宮さんと一緒にいるのに、時々尾田君のことをチラチラと見てたよね?」



 いや、確かに見ていたが……

 それはただ、コイツ戦士か何かか? と思って注視していただけである。

 しかも座席が真ん前なもんだから黒板が見辛いし、かといってそれで文句を言うのもアレだし、色々と気を使っていたのだ。

 それが……、なんだって……



「神山君が、雨宮さんを大事にしているのは凄くわかるの。でも、それと同時に尾田君にも惹かれているみたいだった……。じゃ、邪道かもしれないけど、私はそれもアリかな、なんて思ってたんだ……。それが最近、妙に仲良くなった二人を見て、確信したの。ああ、きっと勇気を出したんだなって……。だから、私も勇気を出して……」


「ま、待ってくれ! それは誤解だよ……。本当に俺は、ノーマルなんだ!」


「うん……、わかってる。社会的には、そう言うしかない、よね……。でも、少しくらいは理解者がいたって良いと思うの! だから私は……、神山君の理解者になりたくて……、だから、勇気を出して、神山君達の関係を……」



 震える声でそう言った速水さんは、目を潤ませ、鼻を赤らませていた。

 俺はそれを見て焦ったりはせず、むしろ冷静になっていった。


 その理由は、違和感である。

 会話をしているというのに、この手応えのなさ……

 もしかしてこの娘、根本的な部分で何かおかしいんじゃないか?

 俺の話を無視しているワケではないのだが、彼女はさっきから、自分の主観でしか物事を捉えていない……



(さっきのこともそうだ……)



 彼女の中では、俺と尾田君がそういった・・・・・関係であると確定されており、一切確認もされなかった。

 それはつまり、彼女にとってのそれが揺るぎない真実となっているということである。



(まさか、妄想と現実の区別がついていない……?)



 これがいわゆる、メンヘラというヤツなのだろうか?

 しかし、そうだとしたら……



(……マズいな)



 もしそうだとしたら、現時点で彼女の誤解を解くことは不可能である。

 俺の今の魔力では意識を誘導することはできても、精神を捻じ曲げることはできないからだ。

 『転換の秘法』を使えばできる可能性はあるが、それには俺だけでなく彼女にもリスクが発生しかねない。

 最悪の場合、廃人になる可能性すらあり得る……

 俺はそんな危険を冒すつもりはないし、そもそもそんな禁術めいたことをするつもりもない。



(手詰まりだ……)



 キーンコーンカーンコーン♪



 切迫とした空気を破るように、どこか間抜けなチャイムが鳴り響く。

 これは予鈴だ……、つまり、そろそろ教室に戻らないといけない。



「……か、神山君?」



 速水さんも焦りを覚えたのか、少し不安そうな顔をしている。

 そんな彼女を見て、俺はため息を吐きつつ、ハンカチで涙を拭ってやった。

 彼女は俺の行動に少し驚いたようだが、素直にそれを受け入れる。



「このまま教室に戻ると、色々誤解をさせるからね……」


「あ……、うん、そうだね。ごめんなさい……」


「いや、いいんだ、それより……」



 俺は言葉を止め、覚悟する。

 嫌だ、本当に嫌だ……

 けれども、これ以上被害を広げないためには、これが最も確実だろう。

 俺は今から発する言葉に、なけなしの魔力を注ぎ込む。



「……このことは、俺達だけの秘密にしてくれないか?」


「……っ!? う、うん! もちろんだよ!」



 返事をする彼女は、とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 ……恐らくこの状態では、最初に危惧したクラスメートの誤解は避けられないだろう。

 しかしこれで、彼女の口から俺が攻めだの受けだのといった内容が流布されることはなくなったハズ……

 そのために、わざわざなけなしの魔力を全て込め、言葉に強制力を伴せたのだ。

 絶対的保証があるワケではないが、彼女の性質を曲げるような内容ではないため、しっかりと誘導されるだろう。

 恒久的な対応については今後考えていくしかないが、今は拡散を防ぐのが第一だ。



 こうして俺は、偽りの理解者を得たのであった……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る