第20話 思春期は面倒くさい

 


 尾田君も如月真矢も、口を開こうとしない。

 驚いたのはわかるんだが、せめて何か反応して欲しい。



「暴走戦隊ゴレンジャイじゃないですか! 懐かしいですね! 良助!」



 と思ったら、一重が別のことに反応していた。

 俺も気にはなったが敢えてスルーしたというのに。



「確かに懐かしいですね? 放送していたのはもう12年くらい前になるでしょうか……。皆さんも見ていたのですか?」


「……ああ、俺と一重と静子は、毎週一緒に見ていたよ」



 麗美もそれに乗っかるし。

 本当に二人とも、空気が読めない。


 仕方なく反応した俺の言葉に、静子もコクリと頷く。

 意外かもしれないが、静子は実は特撮が大好きだったりする。


 まあ、それはともかくとして視線を尾田君に移す。

 すると、尾田君は気まずそうに目線を逸らしてしまう。

 そしてしばしの沈黙の後、



「…………俺も、見てたよ」



 と言った。



「それは良かった。少なくともこれで、ここにいる全員共通の話題ができたわけだ」



 そう言って如月真矢を見ると、彼は慌てたようにヘッドフォンを取り外し叫ぶ。



「俺はそんなもん見てねぇ!」



 いやいや、今まさに見てるじゃないか。



『無駄だ! 今更この状況はどうにもならんぞ!!』



 と、画面に映る敵幹部、ゴダイゴ氏も仰られていますよ?



「そいつぁ無理があるだろうよ如月……」


「う、うるせぇ! 何しにきやがった尾田!」



 慌ててノートPCを閉じる如月真矢。

 悪態をついているが、なんとも情けない有様で迫力は全然ない。



「……先日の件で話があって来た」



 神妙な面持ちで言う尾田君。

 ゴクリと生唾を飲み込む如月真矢。



「あ、良助、ゴレンビルダーよ! 現物が残っているなんて、凄いわね……」



 そして空気を読まずに部屋を物色し始める一重。

 ……本当、少しでいいから空気読んで欲しい。





 ◇





 俺達は一先ず場所を移すことにした。

 理由は、如月真矢の部屋に俺達5人が収まりきらないからである。

 もちろん、放っておくと一重や麗美が部屋を物色し始める、という理由もあるのだろうが。



「……で、話ってのは?」


「まずは怪我させた件だ。俺が小突いたせいで、えらい目に合わせちまったからな……。すまなかった」


「手前ぇ……、俺をからかいに来やがったのか!?」


「そんなつもりはねぇよ。本気で悪いと思ったから謝ってるんだ」



 初めから不機嫌そうだった如月真矢は、尾田君の回答でその表情を更にを歪めている。

 気持ちはわからなくもない。

 聞いた話が事実であれば、如月真矢はただ自爆しただけなのだ。

 俺が同じ立場でも、煽られてるとしか思えないだろう。



「いい加減にしやがれ! ありゃ俺が勝手に突っかかって転んだだけだ! 勝手に加害者ぶってんじゃねぇ!」



「被害者ぶるな」なら聞いたことがあるが、「加害者ぶるな」は聞いたことがない。

 しかし、この件に関しては妙にしっくりとくる言い回しである。



「そうは言ってもな……。一応俺が押したのは事実だしよ」


「……チィッ! んで……? まずは、と前置いたっつうことは本題が有るんだろ? それをさっさと言えよ」



 まあ、尾田君が押さなければ被害は出なかった、という意味では別に間違ったことを言っているワケではない。

 如月真矢もそれを理解しているからこそ、不毛なやり取りをさっさと切り上げて話をさっさと進めるように急かしたのだろう。


「いや、本題は今の件だよ。ただ、一言二言、言いたいことはできたけどな」


「……なんだよ?」


「まずはお前の兄貴の件だ。先週、俺はお前の兄貴に呼び出された。弟の件の落とし前を付けるってな」



 それを聞いて如月シンヤが目を見開く。

 どうやら、あの件については知らなかったらしい。



「兄貴が……。クソッ! 余計なことしやがって……」



 相当ご立腹なのか、テーブルに拳骨を打ち付ける。

 しかし、それが痛かったのか一回で止めて手をテーブル下に引っ込めた。



「何人かに囲まれて脅されてたんだが、その時コイツらに助太刀してもらってよ……」



 コクリ、と一重と俺が頷く。

 ちなみに、静子には後から説明していたが、この件には全く関わっていない。

 もちろん、転校生である麗美も同じだ。



「んで、悪いんだが、お前からも兄貴に止めるよう言ってくれないか? 俺だけなら別にいいんだが、助太刀した件でコイツらにまで狙われる可能性が出てきちまったからな。そいつは流石に許容できねぇ」



 成程……、尾田君はそこを気にしていたのか。

 はっきり言って、あれは俺達が勝手に割り込んだだけであり、尾田君には何も否がないことである。

 それでも責任を感じてしまう辺り、お人好しと言うか自己犠牲が過ぎると言うか……



「……んなこと言われてもな。でも、兄貴が余計なことしたっつうのはわかったよ。大きな世話だって言っておくぜ」


「そうか。頼むぜ……。それともう一つ、こりゃ質問なんだが、なんで学校に来ないんだ?」



 正直、かなり聞き辛い質問だと思うが、尾田君は遠慮なく真剣な表情で尋ねる。



「なんで、お前にそれを言わなきゃいけねぇんだよ? お前には関係ねぇだろが?」


「俺に関係ないってことは、あの件が原因ってワケじゃないんだな?」


「当たり前だろーが! 確かに切っ掛けは怪我の件だが、俺はそもそも最初から高校なんざ通う気なかったんだよ! だからこの先も行く気はねぇ! そうすりゃお袋も諦めて退学を認めるだろうからな!」


「……なんだ、退学したかったのか? でも、それじゃ晶子さんの気持ちはどうなる? お前はいいかもしれないが、それじゃ頑張って高校に入れてくれた晶子さんの気持ちを、踏みにじる行為になるだろ」



 先程までの晶子さんとの会話、そして人柄から、息子二人が大事に育てられてきたことは容易に想像できる。

 そして、残念ながらその愛情を、息子二人は理解していない可能性が高い。

 尾田君がそこまで考えて喋っているかはわからないが、結構クリティカルな部分を攻めている問いかけだ。



「っ!? う、うるせぇ! お袋に何吹き込まれたか知らねぇが、大きなお世話だ! それで用は終わりか!? だったらさっさと消えやがれ!」



 そう怒鳴り捨てると、如月シンヤは逃げるように自室に閉じこもってしまった。

 やれやれ、思春期というヤツだろうか?

 前世には思春期という概念がなかったのだが、安全な今だからこそ存在する概念なのだろう。



「……ガキですね」



 麗美の呟きに、うんうん、と頷く静子と一重。

 そして、やれやれ溜息をつく尾田君。



「帰るか……」



 そう呟いた尾田君は、さっさと帰り支度を済まして玄関に向かってしまう。

 諦めたのか? とも思ったが、どうやらそんなことはないらしい。

 彼の目はやる気に満ち溢れていた。


 これはもしかすると、尾田君の中のやる気スイッチ的なモノが押されてしまったのかもしれない。



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