No.010

「…………」

 階段の踊り場で襲われている高瀬を発見し、僕は階段の一番上からファントムナイト目掛け思いっきり蹴りを入れて、吹っ飛ばした。

 そのファントムナイトは壁へ叩き付けられた事により、身体がバラバラになって目の前に転がっている。

 さながらバラバラ殺人事件の現場のようだ(見た事は無いけど)。

(ヤバ……ど、どうしよ、やり過ぎちゃったかも)

 組み立てれば……元に戻る、のかな……?

 だって、もっと頑丈だと思ってたんだもんっ!

 まさかこんな簡単にバラバラになるだなんてっ!

 ギギギ、ギギギギギ。

 僕の動揺を他所に、もう一体のファントムナイトが動き始める。

 ガチャン、ガチャン。

「お、お前達がじゅじゅちゅしっ!」

 舌を思いっきり噛んでしまった。

 メチャクチャ痛いっ!

『肝心なところで噛むだなんて、あなた相当なお間抜けさんね』

「だだだだって、ファントムナイトがバラバラになっちゃってっ! ど、どうしよーリリカノさんっ!」

『別に気にする事は無いでしょう? どうせ中身が空っぽのゲームキャラクターじゃない。放っておいて、今直ぐその場を離れる事が賢明だと思うわ』

 そ、そっか、そうだった………ちょっと安心出来た……良かったぁ~。

 ギギギギギ、ギギギ。

「そう言う事なら……お前達も呪いの被害者かもしれないけど」

『呪術式と言うのを止めたわね?』

「だって、その言葉言い難いんだもんっ!」

『あなた、声優失格よ』

「声優とかいないからっ! あぁ、もぅっ! 悪いけど、高瀬を泣かせたからには、僕は一切容赦しないっ!」

 ちくしょー、カッコ良く登場出来たってのにぃっ!

 ブオンッ!

 僕の悔しさ等露知らず、もう一体のファントムナイトが僕目掛けて、巨大なアックス……つまりは持っている斧で薙ぎ払って来た。

「遅いっ!」

 アックスをしゃがんで避ける。

 空を切ったアックスは、校舎の壁に柄の部分以外を残して、めり込んでいた。

 あ、危ねぇ~……遅いとは言ってみたけれど、実の所、冷や汗タラリ。

 一度くらいは実際言ってみたい言葉だったから、勢いでつい……なんて事を思っている場合では無い。

「高瀬っ、立てるかっ?! 逃げるぞっ!」

「え、あっ」

 返事を聞かずに、その場にしゃがみ込んでいる高瀬の手を取って、強引に引っ張り上げ下の階へとダッシュする。

「っとと、こっちは無理かっ!」

 ファントムナイトの数が多い……僕一人ならなんとか出来なくも無いけれど、今は高瀬も一緒だから、少しでも危険な場所は通れない。

 一階まで下りたけれど、一度二階へ戻って、そこから違う階段を使い下へ移動、だな。

 高瀬の手を引きながらその場を移動する。

「高瀬、お前……いつも通りの高瀬、だよな?」

 まさかまだ、アナザー側の高瀬……なんて事は無いはず。

「初音くん……」

「お、おいっ! ちょっ止まるなってっ!」

 高瀬が足を動かす事を止めてしまう。

 なんだ?

 まさか…………まだ僕を殺すとか何とか言うんじゃないだろうな……。

「…………ど、どうして助けに来たの」

「どうしてって……お前が現実の世界に帰って来てないって事だったから……そう言う質問は後にしろって。今はここから脱出するのが何よりも優先事項だろ?」

「私…………初音くんにたくさん酷い事したのに……何でそんな私の事を助けようなんて思えるのっ? 訳分からないよっ!」

「詳しい事は後で説明するけど、高瀬はこの学校で起こっている呪いの影響で、あんな事になったんだって。お前が悪いわけじゃ」

「そんな事は分かっているのっ! 私自身分かっていたのに、抑えられなかったっ! そればかりか、初音くんを傷付けて…………私のせいなのにっ! 私が好きになったせいなのにっ! わざわざ危ない目に遭って、何で助けに来ちゃうのっ?!」

 何でって言われても…………。

「私みたいな身勝手で危険な人間なんて……死んだ方が初音くんに取って好都合じゃない……放っておけば良かったじゃない……うっく」

 全くなんなんだよ、怒るか切れか泣くか、どれかにしろってんだ。

「馬鹿な事を言うな。高瀬が死んで都合が良かったなんて僕は絶対に思わない」

「けど……私の事なんて嫌いになったんでしょ?!」

「僕が嫌いになったなんて、いつ言ったよ? 僕はそんな事一言も言っていない」

「そうだよ、初音くんは言ってない……でも、分かるもん、私の事なんて嫌いになったって! 迷惑掛けて、切り付けて、おかしな行動取って……嫌いになって当たり前でしょっ?」

 全く……自分の言いたい事も纏まらないまま好き勝手言って。

 言ってる事、メチャクチャじゃないか。

「高瀬、言ったよな。高瀬の気持ちに僕は何も気付いていないってさ。あの言葉、そのまま今そっくりお前に返すよ」

「……え?」

「分からないだろ? 知らないだろ? 僕が嫌いになっているかなんて、全然見当も付かないだろ? 今のは高瀬自身が、勝手に思い込んだだけの考えだ。僕は、この件が始まってから一度だって、高瀬の事を嫌いになったなんて言ってないし、嫌いになんてなっていない」

「嘘……嘘だよ」

「嘘じゃない」

「…………本当に優しいよね、初音くんは。でも、どんなに初音くんが許してくれたって、私、もう……初音くんを好きでいられないよ……」

 しばらく俯いたまま何も言わずにいた高瀬が続ける。

「それなのに、それでもやっぱり、大好きで……諦められなくて、ごめんね、初音くん…………他人でいいから……許して貰えなくてもいいから、このまま、初音くんに片思いだけ続けさせて貰っても、いい、ですか……?」

 なんだよ、それ。

「いいわけないだろ」

「そう…………そう、だよね。好きでいる事なんて許されないよね」

「そんなに泣きながら辛そうな表情で、いいですか、なんて言われてさ、はいいいですよ、なんて言うわけ無いじゃないか」

 たったの数日だってのに、僕の置かれている状況はとても変化して、正直真面目に大変だった。

 身体は幼女になるし、声も違うし、服は合わないし、風呂入るのも大変だし、トイレだって気を遣うし、ほんとーに大変だった。

 でも、大変だったけれど……。

「高瀬はさ、どう思っているか分からないけど、僕は……それなりに充実していたと思う。こんな姿になってさ、こんな訳の分からない世界に引き摺り込まれてさ、ゲームのキャラに襲われるし、クラスメイトにまで追い掛け回されるし」

「…………」

「もぉ、ほんっと大変だったよ。でもさ、それでも、独りでいた時よりもずっとこの数日は充実してた。前から可愛いって思ってたクラスメイトに好きだって言われて、まぁ、驚いたけれど……やっぱり嬉しかった」

「可愛いって……私、の事?」

「もちろん」

「そんな……私は特に目立つ存在じゃないし、誰かから一目置かれるような飛び抜けた能力も無い、私のする事なんて誰も気に留め無い地味な存在だよ」

「それ、あの日、インフルエンザの時にも似たような事、言ってたよなぁ。その後、僕がどう言う態度取ったか覚えてる?」

「…………えっと、私の事じっと見てた」

「んだな。で、僕はあの時こう思ってたんだよ。『確かに目立ちはしないけど、充分可愛いだろ』って。んー付け加えると、飛び切りってわけじゃないけど」

「……酷いなぁ、初音くん」

「それは冗談として、そう思った事は本当だから」

 自分の外見なんて、誰だって自信が無いものだろうし、仕方が無いか。

「高瀬の気持ちに気付けなかったのは悪かったって思う。それに、やっぱり突然だったからさ、僕達には接点が無さ過ぎたと思うんだよ。だから前にも言ったけど、友達からじゃダメかな? その、片思い続けさせる事になっちゃうけど……」

「…………」

「僕、あまり人付き合い上手い方じゃないから、まずは友達からって事で」

「友達、いないもんね、初音くん」

「良い事言ってる最中に、そう言う事言うっ?!」

 中途半端な事は分かっている。

 誰かに好きになって貰える事なんて、もう一生無いかもしれない。

 それでも、僕は。

「友達から始めたいんだよ。高瀬と、友達付き合いをしていた時の思い出ってのが欲しいから」

「初音くん……本当に友達、いなかったんだね」

「泣いちゃうぞっ僕っ!」

 こんな時でも高瀬は相変わらず、僕を弄ぶ事を忘れない。

「私、許して貰えるの? 初音くんの事、好きでいてもいいの? 話し掛けてもいいの?」

「あぁ、全部、何もかも了承だ」

 だから、今度は僕が。

「高瀬さん、もし良かったら僕と友達から始めてください」

 と言って、右手を差し出す。

「バカだよ、初音くんは……」

 目からいっぱい涙を零しながら、高瀬は僕の手を優しく握り返して来た。

「……もう、前から友達になっていたんだよ? 握手したでしょ?」

「そう、だったな」

「だから……友達以上恋人未満、なんだよ?」

「ん、分かった」

「じゃあ、今から私の事、名前で呼んでくれる?」

「…………お前、なんて無茶ぶりをさせるんだよ」

 友達がいなかった人間に対して、下の名前で呼べなんてさ……ハードル高いっての。

「…………」

「あぁぁぁっ、分かったっ! 分かったから泣くなってっ!」

 くっそぉぉ、女ってズルいよなぁっ!

 それなら今の僕もわんわん泣けば、大抵の事はまかり通っちゃうのか?!

 想像してみたけれど、今の僕がわんわん泣いたら、ただの我儘駄々っ子幼女の図しか思い浮かばないわ。

「よし……一つ問題が解決したって事で、まずはここから脱出するぞ。いけるか…………えっと、鈴?」

「うんっ、大丈夫。はは、おかしいよね。私、お姉さんなのに、小学生の女の子から慰められているなんて」

「同学年だってのっ! 今年で十七歳っ!」

「え? 嘘?」

「嘘じゃないよっ!」

 目に涙をいっぱい浮かべた高瀬……鈴は、僕へ笑顔で頷いた。

アナザー鈴がちょー怖い笑顔を見せてくれていたけれど、やっぱり、普段の鈴の方が断然いい……こいつ、客観的に見るとかなり可愛い顔してるしなぁ。

 そんな事を考えながら鈴を連れて、校舎の中を駆け回る事二十分程。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くっふぅっ…………」

 汗が滝のように流れ落ちる。

「初音くん……大丈夫?」

「ん、あ、あぁ……何とか…………」

 次から次へと現れるファントムナイトへの応戦が続き、僕の体力が相当無くなってしまっている。

 トレーニングしてると言っても……はぁ、ふぅ……持久力は上げてないもんな。

 幸いゲーム内のような強さは無いから、どうにかなっているけど、さすがに数で負けているから不利な事に変わりはない。

 まぁゲーム内のような能力じゃないのは助かってはいるけれど、それはそれでちょっとだけ気掛かりだったりもする……今、気にしている場合の事じゃないか。

 ファントムナイトがいない事を注意深く確認して、少し休憩を入れる事にした。

 近道をしようと思い、外へ続く窓を開けてみたけれど、やっぱり開かなくて、リリカノさんが言うには『常識の範囲で外へ出るドアや窓からしか出られないのでしょうね』と、言う事だった。

「ふぅっ……はぁはぁ…………髪が、邪魔で仕方が無い…………」

「初音くん…………」

「ん、なに……?」

「……私、初音くんに謝れて本当に良かったって思っている。だからね……一人で逃げて。私の事は、いいか」

「鈴、それ以上言うなよ」

「……」

「本気で怒るからな。僕が何の為にここへ来た? 鈴を連れ戻す為だって言っただろ? それなのに一人で逃げろって……僕の努力を無駄にさせるつもりか?」

「だ、だって…………」

 何をしているんだ、僕は。

 勢いよく飛び込んで来た僕が、鈴に心配されてどうするんだよ。

「あのさ、鈴。料理って出来るほう?」

「え? 料理? 食べる物の事、だよね?」

「それ以外無いだろ?」

「一応、お母さんに教えて貰っているから、出来るけど……」

「なら、ここ出て帰ったらさ、僕に手料理を作って持って来て欲しい」

「えっと、それってお弁当って事?」

「そう言う事。学生生活で一度は経験したいイベントの一つ」

 これは絶対に、僕だけが願望する事では無いはずだ。

 誰だって憧れる、うん、絶対にっ!

「味は自信無いけど……」

「んじゃ、決定。それを励みに必ずここから出して上げるからさ」

「そんな事で、頑張れるものなの?」

「当たり前じゃないか。さらにそこでメイド服着てくれたら、二倍くらい頑張れるんだけど?」

「うわぁ、さりげなく要求上げてるよね?」

「リアルで一度くらい見てみたいんだよっ! 頼むよっ! メイド服っ!」

「リアルでそんなにメイド服の事を熱く語る人、初めて見たかも」

「みんな言いたいけど我慢してるのっ!」

「あ、それが噂に聞く初音くんの妄想モード、なのかな?」

「そんなモード無いからっ!」

「あれ? でも、妄想はするって言ってたよね?」

「すいません、ありました、妄想モード」

 妄想だって誰もがする事……だよね?

 絶対、誰だってあるよねぇ?!

 僕だけじゃないはずっ!

「どちらかと言うと、お弁当よりもメイドの方がお望みっぽい気がするんだけど?」

「だってメイドだからなっ! キリッ」

 分かる人には伝わるだろう……だって、メイドだからな……これ以上に説得力のある言葉なんてあると思う?

 いや、存在しない。

 メイドに勝る物なんて……無いっ!

 ネットを検索すればいくらでも出てくるけれど、やっぱり、メイドこそ至高っ!

 とは言ったけれど、至高コスは……たくさんあるなぁ。

 ごめん、やっぱり一つになんて絞れない。

 この際全部至高って事で。

「んー、初音くんがそれで頑張れるって言うなら……考えてあげるけど……」

「よぉしっ! 交渉成立!」

「何だろう? 私の為に頑張ってくれるのは嬉しいんだけれど、何処か腑に落ちないような。私、諦めた掛けた事が、ばかっぽいよね?、」

「ははは、気のせいだろ」

 高瀬……じゃないな、鈴のやつ、スタイルいいから……これは期待出来るっ!

「うわぁ、初音くん。明らかに私の胸見てるよね?」

「ははは、気のせいだろ」

 まぁ、見てるけどなっ!

 メガネ巨乳メイド…………ちょー萌えるわっ!

 ヒャッハー!

 そうとなればこんな場所、さっさとおさらばしないと。

「鈴、一つ手伝って欲しいんだけどさ、この窓の前に立ってくれる?」

「え、あ、うん」

「そしたら、方膝だけ立てて屈んで」

「こうかな?」

「うん、そ……う!」

 こ、この位置から、その体勢は…………校舎の中は暗いけど……完全にスカートの中が見えているわけで。

「今、見たでしょ?」

 立ち上がってジト目を送ってくる鈴。

「あ、う…………ゴメン。狙ったわけじゃないから、不可抗力だからっ!」

 ホントにホント!

 そんな事になるなんて思っても無かったんだってっ!

 どうして女子はちょっと屈んだくらいで下着が見えるくらい、スカートの丈を短くするんだよ。

 階段上り下りする時なんか、ガッチリ押さえたりさ。

 面倒だろ?

 だがしかし……今のようなハプニングに出くわす場面があるって思うと……一概に長くしろ、とは言えない。

 言えないよねぇ?!

「……あんまり見ないでよ」

「え?」

「だから、見えてもあんまり見ないでって言ってるの」

 そう言いながら鈴は、さっき僕が頼んだ姿勢をもう一度取り始める。

「いや、無理はしなくていいって……」

「そう言ってる暇があるならさっさとする。結構恥ずかしいんだからね」

 スカートを懸命に引っ張ってはいるけれど、元々短いから、やっぱり隠せないわけで……って、見るなと言われてるのに見るヤツがいるかよぉぉおおおっ!

 でも、幸い、鈴はそっぽを向いているから、僕がまた見てしまった事に気付いていない……こいつ、案外無防備だな…………は、早いとこ終わらせよう。

「じゃあ、膝の上に僕が飛び乗ってそれを足場にジャンプするから、僕が飛んだ後は直ぐにその場を離れろ」

「どう言う事?」

「ガラスが降って来るかもしれないから、危険って事」

 外側へ蹴るわけだから、ガラス片は向こう側に落ちるはずだけど、念の為。

『初音さん、まさか、窓をまた強引に壊そうとしているの?』

「ええ、そのつもりです」

『それはあまり褒められた事じゃないと言ったでしょう?』

「すいません……けど、それしか方法が無くて……生徒玄関を目指すには僕の体力が持ちそうに無いんです」

『分かっているけれど、休みながら進めばイイ事でしょう?』

「僕一人だったらそうします。でも、鈴も一緒だから、今は何よりも脱出する事を優先に考えたいんです……僕の足が、どうなるかは分からないですけど……」

『それであなたが逃げられなくなったらどうするつもり? 高瀬さんになんて言い訳をするの? そんな事、彼女だって望んでいない事くらい分かるでしょ?』

「そう、ですね……だから、意地でも脱出してみせますっ!」

 リリカノさんとの会話をそこで止め、僕は片足だけ装具と靴を脱いでから、鈴から距離を取って勢い良く駆け出す。

「割れてくれよ……」

 靴を脱いだ方の足で、高瀬の膝を台代わりにジャンプ。

 空中で腰を使い回転を掛け……。

「六道っ! 断っ空っ」

 遠心力で力を増し、窓ガラス目掛けて思いっきり装具を付けている側の踵を入れた。

「踵っ!」

 ドッガシャアアアアアアンッ!

 着地の事を考えていなかったから、体勢を立て直せないまま直で床へ落ちてしまったけれど、落ちた事の痛みよりも踵の方が何倍も痛かった。

「くぅぅうううううっ! ああううううううっ!」

 装具付けてるってのに、こんなに痛いのかよっ!

 あうううう、痛ぇぇええっ!

 くそっ、前の時よりも遥かに強度が増しているじゃんっ!

「初音くんっ!」

「うううう、ぐううう…………、鈴……靴とその装具、取って……くれ」

「う、うんっ!」

 激痛に悶えながら脱いだ靴を履き、装具を装着する。

 この痛みだと砕けないまでも、骨にヒビくらいは入ったかもしれない。

 使った足の踵を地に軽く触れただけで、ズキンと痛みが走る。

「よ、し……外へ出られそうだ、ちょっと……待ってろ」

「初音くん……足、大丈夫、なの?」

「あぁ、何とか……」

 とは言ったけれど、たぶん、それが強がりだって事は気付かれただろう。

 痛みで顔の表情が歪んでしまうのが、自分でも分かっているから。

 ガシャン、パリン……ガシャンガシャン。

 腕の装具で窓枠に残ったガラスを落とす。

 一度割れてしまえば、残ったガラスを簡単に割り落とす事が出来た。

「鈴、ここから外へ出るから、先に行くんだ」

「う、うん……っしょ……んっんっっ」

 何をしているんだか……腰から下がまったく上がらず、鈴はジタバタと暴れている。

 見た目通り、運動が苦手な文系女子だもんなぁ。

「足を上げろって」

「わ、分かっているんだけどね……んっんんんー」

 ったく、しょうがないな。

「ほら、これでどうだ」

「わわっ! 初音くん、変なところ触らないでよっ」

「だってこうしないと、お前、何時まで立っても出られそうにないだろっ! いいから、早く上がれってっ!」

 下から鈴のお尻を持ち上げて、ようやく鈴は何とか外へ脱出した。

 それに続いて僕も外へ出る。

「うー、えっち」

「…………」

 非難されても仕方が無い。

 触った事には変わりないのだから……。

「えっちが、じゃなかった……あっちが校門だな」

「一応ボケるんだね」

「…………」

 校門へ続く広場には、数体のファントムナイトがいるけれど、これだけ広ければ大丈夫だろう。

 二人で植え込みに隠れつつ、校門の出口を目指す。

 あいつ等……別に僕の気配を感じ取れるってわけじゃなかったのか。

「鈴、後は一気に走って校門を出ろ。あそこを突破さえすれば、元の世界へ戻れるって事になっているから」

「初音くんは?」

「鈴が出た後に僕も出るから、先に行って。正直……かっこ悪いけど、鈴を庇いながら抵抗する事はキツイ」

「…………ごめん」

「いいって。だから先に行って貰えると、僕としては動きやすくなるんだよ」

 鈴は何も言わない代わりに、首を縦に一度だけ振る。

 ファントムナイト達との距離を考慮すれば、もし手にしている武器を投擲されても充分校門を突破出来くらいの距離はある。

「よし、今だっ!」

「初音くんもちゃんと戻って来てよ?!」

「うん、分かってるから。あぁ、そうだ、改めて言うけど、鈴と仲良くなれて良かったよ。友達ってやっぱりいいものだって思えた」

「何、それ? そんなふうに言われると、心配になっちゃうじゃない。初音くんも、来るんだよね? 私がメイド服着て、私のお弁当食べるんでしょ?」

「もちろんそのつもり。だから言ったじゃないか、改めてだって。言っておきたかっただけだから、気にしないで……それよりも、今なら行けそうだから、鈴は先に校門へ」

「う、うん。絶対、帰って来てよ?」

「大丈夫。ほら、早くっ!」

 僕の言葉を合図に鈴が校門へと駆け出した。

『初音さん、あなたもしかして』

「……記憶、無くなるんですよね?」

『知っていたの?』

「リリカノさんが言っていたんですよ? 僕に前例者の動画を見せた時に」

『あぁ、そうだったわね。確かに話した。それを知ってても、高瀬さんをここから脱出させていいの? せっかく友達になれたのでしょう? 悔しいとか残念だとか思わないの?』

「……正直、残念ですよ。でも、やっぱり、こんな世界に居てはダメですから」

 リリカノさんは大きな溜め息を一つしてから、続けて言う。

『今だから言うけれど、私、あなたのそう言う達観したところ、あまり好きでは無いわ』

「別に達観してるわけじゃないですって…………本当に残念だって思ってますから」

『それならもっと態度に表したらどうなの?』

「態度に出せば現状が変わるわけじゃないですよね?」

『ええ、そうね。そんな意固地な姿を見たら、引くわね』

「どっちにしろとっ?!」

 出さなければ嫌いだって言われるし、出せば引かれるし……選択肢が無いじゃないかっ!

『まぁ、いいわ。あなたはそう言う人だって、今思い知ったから何も言わない』

「じゃあ、嫌いにならないでくださいよ? ここ出たら、リリカノさんしか友達いなくなっちゃうんですから?」

『…………分かって行ってるの?』

「ええ」

『そう、それもちゃんと理解出来ているのね。それなら、嘘でもいいから、この場だけは嫌いにならないと言っておいてあげる』

「はい、ありがとうございます。それじゃあ、僕も帰りますから」

 記憶が消えるのは、僕だって例外では無い。

 呪術式の事について記憶があるのは、僕が呪術に掛かっているからだ。

 だから、抗い勝った時……僕の記憶も消えてしまう事になる。

 呪術式に関係した件の、全ての事が。

 完全なハッピーエンドにならないけれど、これでいいんだよ…………だから、ここから脱出しよう。

「…………」

 鈴と校門の距離が半分くらいの所を見計らい、僕はその後を追うように全速力でダッシュ……をしようとしたんだけど。

「ぐあああぁぁぁうううううう……」

 踵の痛みが酷すぎて全く走る事が出来ず、足を引き摺りながら無様な格好で校門を目指す事になってしまった。

「うぐぅっ!」

 後少し、後少しで終わる……痛みに負けている場合じゃないっ!

 気力で無理矢理痛む足を付いて、出来る限りの速度を出し走り抜ける事を覚悟したその時だった。

 バシンッ!

「え?」

 痛む足首に、何か……。

 ザザザザザザ。

「うわぁっ!」

 一気に引き摺られ、出口である校門から離れてしまう。

 見れば足首に植物の蔦が撒きつき、それによって僕は抗う事も出来ず引き摺られる……その先を見ると。

「捕まえました」

「アリスっ!」

 ファントムナイトばかり気にし過ぎて、アリスの存在を忘れていたっ!

「このっ放せぇぇええっ!」

 状態を起こし、その蔦を両手で強引に引き千切る。

「ぬぬぬぬっ!」

 ブヂイッ!

「そんなの有りかよ……」

 植物を操るだなんて……想像出来るかってっ!

「リリカノさんっ、とりあえず鈴は無事出る事が出来たはずですっ」

 今はアリスから目が放せないけれど、たぶんもう鈴は校門を突破したはずだ。

「後は僕が出れば終わりなんですけど…………」

『聞こえていたから、何が起こっているかは説明しなくてもいいわ。兎に角、何としても脱出して来なさい』

 そう、したいけれど。

「足……痛めています。もう、避けられません……クスクス」

 アリスは一歩ずつ、僕との間合いを詰めて来る。

 足の痛みがキツイ以上、背中を向けて逃げるなんて正に自殺行為。

 校門との距離は二十メートル程だってのに……ホントしつこいっ!

 ドギンッ!

 何も手にしていなかったアリスの手に、重く響き渡る金属音がして……例の武器が手に握られていた。

「……どうしよ」

 うろうろしていたファントムナイトまで僕を目指し動き始める始末。

 逃げられないとなると、このまま応戦するしかないっ!

 まだファントムナイトとの距離がある今、アリスの攻撃をどうにかして、出口まで死に物狂いで走る……自分で思い付いておきながら、こんなに不安な作戦は実行に移したくない……けど。

「クスクス……やっとです…………コロセル」

 僕とアリスの距離は、もうすでにアリスの武器が届く範囲の距離。

「こんなとこでっヤラレテなんかいられるかぁっ!」

 武器破壊。

 もうその一手しかないっ!

 ブオッ!

 振り下ろされるアリスの大剣に対して、下から打ち上げるように打撃を加える。

 僕の手が負けてしまえば……それでゲームオーバーだろう。

 でも、諦めたわけでは無い、この一撃に全力を込めてっ!

「初音くんっしゃがんでーっ!」

「え?!」

 僕へ声を掛けたのは、もうすでに校門を突破したと思っていた鈴だ。

 声に反応出来た僕は、一瞬遅れながらもその場に屈む。

 キキキキキンッ!

 金属音と共に地面に何個も落ちたのは……カッターナイフ?!

 けれど、アリスはそれを大剣で全て防いでしまった。

「邪魔をしないでください」

 アリスの視線が鈴へと向けられる。

 鈴の投げたカッターナイフは全て防がれてしまったけれど、それは決して無駄になんてなっていない。

 むしろ、絶好の好機を僕へ作り出してくれた。

 小さくなった僕が最大の力を与えられる最高の位置と距離に……アリスの大剣が構えられている絶対的な好機。

「鈴、上出来だっ!」

 足の痛みは気にしていられない、このチャンスは絶対に逃さないっ!

 腰を落とし、痛む足の負荷は考えず、僕はアリスの大剣目掛けて、打ち上げの正拳突きを放つ。

「六道っ! 断っ空っ」

 ドッ!

「拳っ!」

 大剣に当たったと同時に、腰を使い突きへ更に力を加える。

「砕けろおおおおおおっ!」

 ッッッッガアアアア!

「鈴ー、有りったけのカッターをアリスへっ!」

 武器が砕けたアリスの取れる行動は、あの見えない壁を展開して防ぐしか選択肢が存在しなく、あの壁で防いでいる最中であれば、アリスは動く事が出来無い……その隙を突いて、現状を打破するしか方法はもう残されていない。

「う、うんっ! まかせてっ!」

 ヒュヒュヒュヒュ!

 鈴の放ったカッターナイフの下を、姿勢を低くして走り抜ける。

「先に校門を潜れーっ!」

 今度は鈴がちゃんと校門を出て行ったのを見届けて、僕は更に走る速度を上げる。

 足は物凄く痛い……下手すればヒビ以上に悪化しているかもしれない…………それでも、ここで痛いからって走るのを止めるわけには行かないんだ。

「ぬああああああっ!」

 後数メートル。

 バチンッ!

 例の植物が僕の足首に纏わり突く。

「くっ、こんちくしょおおおおおっ!」

 それを構わず、僕は自由が利いている足を使い……校門目掛けて飛び込んだ。

 ズザアアアアアアアアッゴカン。

 勢い余って転がった僕の身体は、硬い何かに当たり…………。

「いててて…………」

 ギギギギギ、

「うげ、やばっ!」

 ゴガンッ!

 間一髪、僕を目掛けて振り下ろされた、大きなアックスを横へ転がって避けた。

 でも、それ一回で危機は終わらず。

 ブオンッ!

 ガギンッ!

 ドゴオッ!

「ひえええええぇぇぇぇっ!」

 次から次へと多彩な武器が、僕一人を執拗に攻撃して来ている。

 どうにかこうにか死に物狂いでそれらの攻撃を避け、何とか間合いを取り、今の状況を確認する事が出来るようにった僕は、その光景に唖然とする他出来なかった。

「あ~、これは……さすがに無理ゲーかも…………」

 目の前には数百……数千を超えているかもしれないファントムナイトの軍勢が、壁を作り、一斉に僕を見据えている。

「えっと、リリカノさん、聞こえます、か?」

『ええ、聞こえているわ』

 また別の世界に来ちゃったから、もう通信不能かと思ったけど、どうやら大丈夫って事か。

『だいたいの状況は、文献に記載が増えたから理解出来ているけれど、どうなの? 率直に言って、無事に脱出出来そうなのかしら?』

「……いやぁ、さすがにこれは……無理、な気がします」

『何が起こったのかは、どうやら説明する必要が無さそうね』

「ええ、なんとなーく予想出来ていましたから……」

 こうなるんじゃないかな、と薄々、僕は思っていた。

 ついさっきまで居た、僕がアナザーと呼んでいた世界。

 そこは、僕が良く知っている、リアル世界寄りの世界が出来上がっていた。

 アリスやファントムナイトも、見た目はゲームのデザインその物だったけれど、能力は限りなく抑えられていた。

 その証拠に、アリスは全く変身しなかったからだ。

 しなかった、のでは無く、出来なかったんだろう。

 変身出来ないアリスが存在していると言うのに、アリスの能力が反映されない世界のみが存在しているなんて、そんな都合の良い事だけが起こるわけが無い。

 これは、呪い。

 理不尽で当たり前。辻褄や理屈、脈絡なんてお構い無しの世界。

 となれば、アリス達の存在するゲーム寄りの世界が出来上がっていたっておかしくは無い、いや、むしろそれが当然だと思う。

 予想は出来ていたけれど……でも、全く対策なんて取っていない。

 この世界では、いくら僕が格闘術を使えたとしても、人知を遥かに超える……ゲームキャラクターを相手に勝ち目何てあるわけが無いのだから……。

「さすがにこれじゃあ、諦めが付くよなぁ……」

 ファントムナイトだって、さっきまでいたアナザー世界よりもずっと強くなっているだろうし、どうあがいたって無理。

 能力の差が有り過ぎる……諦めたくは無いけれど、どうしようも無い……。

『初音さん、あなた、ゲームは好きなのよね?』

「え、えぇ、好きですけど……何ですか、急に……」

『本当に好きなのかしら? 何となくたまに暇潰し程度、とかでは無くて?』

「あの、リリカノさん……こんな時に、どうしてそんな質問を?」

『いいから、とても大切な事なのよ。真剣に答えなさい。ゲームは、本気で好きなの?』

「好きですよ。遊びですけど、真剣に遊んでますから」

『そう。それじゃあ、すでに諦めているおバカさんに、私から光明を授けるから良く聞きなさい』

「な、にか……方法があるんです、か?」

 この状況を打破出来る方法が?

 ほとんどゲームの世界なんだぞ?

 歴然とした能力の差があるってのに、本当に、そんな事が可能なのか?

「もしかして、リリカノさん、来れるんですかっ?」

 呪術に関してのプロフェッショナルであるリリカノさんが、こっち側に来る事が可能なら……それならきっと何とかして貰えるっ!

『残念ながら、私は行けないのよ。それに、そちら側へ行けたとしても、私では絶対に無理でしょうね。どういう状況なのか検討が付かないけれど、あなたが諦めた程ですもの。だから、あなたが頑張るしか無いの』

「……でも、さすがにこの数は無理が」

『私、言ったわよね? 文献に記載が増えたら、出来る限りの事を全力でして、呪術式から完全に解放して上げると』

「あ、えぇ、そうですね……確かに言ってました」

『約束を果たして上げるから、しっかりと聞きなさい。あなたに与えた装具、それは一種の呪術アイテムなの。そして、この世界は呪術に干渉を与える事も、あなたの変化で分かっていた事よね』

「そう、ですね……」

 リリカノさんが校門に施した目印の電撃ってのが呪術であって、それがレーデンヤの呪術式と干渉したから、僕は幼女に変化してしまった。

『ここからが一番重要な事。その装具を装着して、かつ今いる二つ目のアナザー世界の中であれば……』

「……あれば?」

『あなたは、あなたのイメージする身体的能力を何でも実現出来るわ』

 一瞬、理解出来なかった……でも、その一瞬過ぎ、リリカノさんが何を意味して言っているのかが、僕にはちゃんと理解する事が出来た。

『その世界の中では、ゲームをプレイしない私には抗う事が出来ない。イメージが出来ないもの。けれど、真剣にゲームが好きだと言った、あなただから、頑張る事が出来るのよ? 理解、出来たかしら? 理解出来てもまだ、諦めるなんて言うのかしら?』

「…………」

 諦める?

 誰が?

 何の為に?

「リリカノさん……二次元好き、舐めてもらっちゃダメですよ。さいっこうのプレゼント、感謝しますっ!」

『それが正真正銘最後。必ず勝って帰って来なさい』

「ええ、もちろんそのつもりです」

 ははは、まさか、こんなシチュエーションがあるだなんて、思っても無かった。

 でも、このシチュエーションこそ、二次元好きが憧れる世界そのものじゃないか。

「オタクの真骨頂、見せつけてやりますからっ!」

 気持ちが一気に上がって来た。

 代わりに諦める気持ちはもう、一切無い。

 勝つ。

 勝って、終わりにする。

 大軍勢のファントムナイトへ向き直り、一つ呼吸を深くして……。

「初音七、最大の最後の状況を、開始するっ!」

 ありとあらゆるイメージを思い浮かべながら、僕は単身一人でファントムナイトの壁に立ち向かった。

 ここからがバトルのスタートだっ!


A Preview

「あのリリカノさん。もう少しで、終わりなんですよね、このストーリー」

「ええ、そうね」

「ちなみに、リリカノさん、次のお仕事って……」

「決まっているわよ? 決まっていると言うよりも、すでに何役が出演しているもの」

「ですよねぇっ! リリカノさん、有名で人気声優さんですもんねぇっ!」

「そう言うややこしい事は、ダメだったんじゃなくて?」

「そうも言っていられないんですよぉっ! これ終わっちゃったら僕の中の人、お仕事が無いのっ! どうしよーっ、またバイトの日々がぁぁぁっ! リリカノさん、何でもいいから、ちょい役でも全身全霊で臨みますから、紹介してくださいぃぃっ!」

「必死ね」

「必死ですよっ! ホント、生きるか死ぬか、なんですからっ!」

「何かあったかしらね? あぁ、そう言えばあなた、この前、ゲームメーカーのメーカー名を真似ていたわよね? お得意の、目の演技で」

「演技じゃないですから、あれらは全部本気っ! 目、突っついた本人でしょっ?!」

「あぁ、演技じゃなかったのね。まぁ、それはそうとして、ちょうどそのメーカーの作るゲームキャラのオファーがあったから」

「何かキャラを?!」

「いえ、ゲームを起動した時のそのメーカー名を言う役よ」

「…………」

「全身全霊で臨むのよね?」

「あ、当たり前ですよっ! ちょー得意分野ですからねっ! あははは、はは、ははは。おかしいなぁ、嬉しいのに目からお水が……目~から~って、ね。あははは」

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