No.XXX

 四月二十一日。

 午前二時半過ぎ。

 現実じゃない現実の世界。

「…………どうしよう、私……狙われてる」

 目が覚めると初音くんは私の前から姿を消していた。

 今までの事は全部覚えている……初音くんと二人切りになりたい、そう願ったのは紛れも無く私の意志。

 ただ、あの行き過ぎた行動については、私だけの意志では無い……よく分からないけれど、別の何かに突き動かされていた、のだと思う。

「そう、じゃないのかな…………あれも、私自身の思いによるモノだったのかな……」

 だから……この先、初音くんとの関係がどんな結果になろうとも、初音くんにちゃんと謝らなくては行けない……私のような危険人物なんかに好かれた事を……好きになった事を、謝らなければならない。。

 ここから出なくてはいけないのに、さっきまでは全く無害だったあの鎧騎士が、私を執拗に追い掛け回して来ている。

 動きは思ったよりも鈍い。

 今は何とか逃げ切れているけれど、随分と数が増えて来ているから、このままだともうすぐ逃げ切る事が不可能になってしまう……。

 どうしたら元の現実に戻れるのか分からない……さすがに逃げ疲れて来た。

 私は一人、階段の踊り場に腰を下ろして膝を抱える。

「これはきっと、罰、なんだよね……初音くんに酷い事をした事への……」

 本当に心の底から大好きだった……あ、違うか…………今もその気持ちは変わりない。

 でも、もう合わせる顔が無い、よね。

「切り付けちゃったんだもん……あはは、バカだなぁ、私……」

 好きな思いが抑えられなくて、正真正銘字の如く、切り付けたんだもん。

 謝ったって……もし、許して貰えたとしても。

「もぉ、今までのような気持ちで……いられないよ……」

 ただ純粋に好きだって……思えないよ……。

 殺そうとしちゃったんだもん…………後ろめたくて、申し訳なくて……ごめん、ごめんね、初音くん……。

 私なんかが好きになって、本当にごめんね……。

 私は一生、この出来事を……辛い思いを抱えて生きて行く。

「でも、許して貰えなくても、嫌われていたとしても……片思いは続けて……いいよね」

ごめんなさい……初音くん、本当にごめんなさい……。

まだ好きでいて本当に……ごめんなさい……。

嫌いになれなくて、諦められなくて、ごめんなさい。

 いない本人へ向けて謝ったって意味が無い事は分かっている。

 勝手に許された気分になっているだけの、自己満足に過ぎ無いのだから……。

 こんな身勝手な私には、生きている資格なんて無いのかも。

死ぬべきなんだよね……だから、神様はこの世界を用意して、反省させて、独りで死ねと言っているんだよね…………。

けれど、死ぬのはやっぱりとても……。

「……怖いよ……死にたくない。誰か、助けて…………」

 思い浮かぶのは初音くんの姿。

 初音くんへの思いは断ち切らないといけないのに、諦めなくてはいけないのに、自分の都合の良いように初音くんを頼ってしまう。

 ギギ、ギギギギギ。

「?!」

 ギギギ、ギギギギギ。

「嘘…………」

 私はすでに、取り囲まれている事に全く気付かなかった。

 下りる階段からも、上る階段からも……もう逃げ場は残っていない。

 結局一言も謝れず、私は……人間がいないこんな世界で死ぬ事になってしまう……こんな事になるくらいなら、やっぱり一言だけでも謝って死ぬべきだった。

「うっ……くっ、うっううっう…………」

 後悔したってもう遅い……けど、死にたく無い、死にたく無いよ。

 初音くんと仲直りして、もっとたくさん話したい。

 謝りたい……私が全部悪かったって謝れば、きっと優しい初音くんは許してくれる。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 いっぱい謝るから、ちゃんと誠心誠意謝るから、片思いでいいから……初音くんと一緒の世界にいたい。

 ギギギギギギ。

 でも、今更謝ったところで、もう遅い。

 涙でぼやけた私の視界には、大きな鎧騎士が、自分よりももっと大きい剣を私に向けて振り上げている。

「や、めて…………お願い……ひっく、うっ」

 後ずさっても背にした壁が当たり、これ以上は下がれない。

「やだ……止めて、止めてよ…………ぐすっ……怖いよ…………」

 そんな私の声は届く事は無く、鎧騎士は手にしている大きな剣を私目掛けて、振り下ろした。

「お願い……お願いだから…………うっ、ひぐ……」

 ギギギギギギ……ブオンッ!

(助けてっ、初音くんっ!)

 来るわけが無い。

 あの人はもう、この世界にいないのだから。

 そして、何より……私の事なんてもう、嫌いになったんだから。

「高瀬を泣かせてんじゃねええぇぇぇっ!」

 う、そ……。

「六道、断っ空っ脚!」

 ドッガアアアアア!

 私に剣を構えて振り下ろした鎧騎士は、横からの衝撃によって、踊り場の階段へ叩き付けられた。

 そして、私の目の前には……。

「…………お前らぁ……絶対に許さないからな」

「初音、くん…………」


A Preview

「ろくどう、って読むんだね」

「いやぁっ、改めて言わないでくれぇっ! 恥ずかしいからっ!」

「あはは、じゃあ、わざわざ言わなければいいのに」

「そこはほら、勢いって大事だろ?! 力が上がるんだってっ!」

「んーそうだねー、分からなくもないかなぁ」

「だろっ! 必殺技名大事っ!」

「でも、カタカナ、では無いんだね。どちらかと言うと、好きそうなのに」

「…………」

「ん? あるの?」

「無いよっ、無いからっ! 全部漢字っ!」

「え? そんなにたくさん考えてあるの?」

「あがががが…………」

「あれかな? やっぱり最初は『六道』で統一なのかな?」

「いやぁっ! 恥ずかしいぃっ! 衛生兵っ! 衛生兵はいないのかぁっ! 僕の心がダメージ過多っ! 衛生兵―っ!」

「あ、ちょっと初音くーん。あらら、真っ赤な顔して行っちゃった。あれだけ恥ずかしがるって事は、相当一生懸命考えたんだろうなぁ。可愛いなぁ、初音くん」

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