ひと夏の妹
天津真崎
プロローグ
その島は俺たちの街にあった。
船は一時間に一便。片道は二十分。
思いついた時に出かけて、考えごとをしながら一周して、帰りの船の中で、ウトウトしながら晩飯を考える……そんな島だ。
二十一歳の夏が終わるころ、俺は、妹のように思っていた女の子と島へ渡った。
風が巻く展望台。
揺れる木々の向こうの海を、ふたりで眺めた。
夕暮れの水面は、金属的な質感で輝いていた。
光には、ほんのわずかに秋の気配が混じり始めていた。
海の先にある金色の街は、幻想の海上都市のようだった。
「夏が終わる、か」
視線は海に向けたまま、俺は呟いた。
「なんかあっという間だったね」
夢見るような口調でリンは答える。
「夏が始まるとき、いつも思うんだよ。今年こそ、何かが起こりそう。今年こそ、特別な夏になりそうって。
……でも、気がついたら夏はあっという間に終わってんだよな」
「……今年の夏は? なにか特別なこと、あった……?」
穏やかな口調で、リンがたずねる。
「そうだな」俺はリンのほうを見ずに答えた。「……妹みたいな女の子と出会った。妹と過ごした夏ってのも、悪くなかったよ」
リンの全身がゆっくりこっちを向くのを視界の隅に感じた。
「タキくん」
思いがけない強い口調で、リンが俺の名を呼ぶ。
名前の通り凛とした顔は、茜色に染まり、妙に大人びていて、知らない女の子が立ってるみたいだった。
「妹ってなに?」
笑っているようにも、怒っているようにも、そして悲しんでいるようにも見える、不思議な表情で。
「わたし……妹なんかじゃないよ」
ぐいっと前に出る。
近づいてくる。
互いの身体が触れ合うぎりぎりの距離。
やがて、決心したように、リンは目を閉じた。
小さく尖ったあごをほんの少しだけ持ち上げて。
俺は完全に固まり、その美しい顔をただ見つめていた。
悲痛なほどぎゅっと閉じられた瞳を。
薄く開かれた柔らかそうな唇を。
そして――
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