第173話 裏切りの時

アトラがドナウの街に軍を展開してから三日が過ぎた。ブファメの軍は大きな動きを見せておらず、このまま時間だけが過ぎている状態であった。


「ブファメも今回の進行は諦めて、一度国に戻ったのかな・・」


アトラからもそんな言葉が出るようになっていたが、スフィルドが見たところ、ブファメの軍は、近くの要塞から撤退していないとの話なので、それは甘い考えなのかもしれない。


そんな時、アトラの元へ城から早馬がやってきた。それはアトラにとって信じられないような話のようで、伝令の言葉を聞いた彼女は、その場でしばらく動きを止めた。


「ユルダ宰相が裏切っただと・・・」

決してかの宰相に絶対的な信頼を寄せていたわけではなかったが、まさか王であるアースロッドを裏切るとは夢にも思っていなかった。伝令は詳しい話をし始めた。


「アースロッド様は由王宮ゆおうきゅうに立て篭り、ユルダ宰相の兵と戦っているとのことです」


「確かに由王宮なら守りが堅く、しばらくは持ちこたえれるだろうが・・戦況はどうなっておる」

「ユルダ宰相側にはイズム将軍も加わっているようで、城の兵のほとんどがそちらについてるようです。アースロッド様を300名の近衛兵だけがお守りしている状態のようでして・・」


「すぐに城に戻るぞ! 準備をしろ」

アトラは部下に向かってそう叫ぶ。命令を受けたその者が部屋を出ようとしたその時、別の伝令が部屋に飛び込んできた。

「アトラ様、ブファメの軍が現れました!」

「なんだと!」

アトラの顔に焦りの色が見える。あまりにもタイミングの悪いその報告に、少しの苛立ちを見せるとすぐに外へと飛び出した。


街の城壁近くにある高台へと走ってきたアトラは、そこから様子を伺う。凄まじい数の敵の軍勢を見やると、一筋の汗が頬を伝った。


「20万はいるか・・・」


すぐに防衛の指示を与えると、アトラは本営へ戻った。悩む彼女の姿を見て、紋次郎は思わず声をかけてしまう。

「アトラ、どうするの? 城にも戻らないといけないんだよね」

状況はよくわからないけど、紋次郎は素直にそう聞いていた。


「軍を二つに分けるしかないか・・」


それはかなり危険な判断であった。20万ほどの敵に対して自軍は7万ほど、防衛戦で、地理的優位に立っていたとしても、その兵力差は大きいものであり、一万の兵も城へ送る余裕はなかった。


アトラの悩んでいる姿を見て、紋次郎が思わぬ提案をする。

「あれだったら俺とスフィルドで城の方に行こうか? そのなんとかさんを助けてくればいいんだよね」


アトラは紋次郎のその言葉に驚いた。バカな話であるが、紋次郎たちが行ったところで、何の解決にもならないと頭では思っているのだが、心のどこかで、それが最善の策のように感じていた。


「バカを言うな、お前たちだけで何ができるんだ。城には何千の兵が敵としているんだぞ」

「いや、その何千の兵を倒しに行くわけじゃないだろ。スフィルドは目がいいから、敵の隙を見て人一人くらいを助け出すくらいはできると思うんだよね」


何の根拠もない話である。しかしアトラは、その紋次郎の話を信じたいと思ってしまっていた。


「紋次郎・・・お前は何者なんだ・・・」


アトラのその言葉にスフィルドが反応する。それは彼女にとっての最大の疑問でもあったからである。


紋次郎とズフィルドは、リネイの主城へ向かうべく街の南の城壁へいやってきていた。ブファメの軍はこちらの城壁も攻め立てていて、アトラの軍と激しい攻城戦を繰り広げていた。アトラは紋次郎たちに300人の飛兵を同行させていた。全員飛んでいけるので、そのまま戦場の上を飛行して飛んでいけば良いと思ったのだが、敵の兵のも飛行する敵が多くいて、簡単には突破できそうになかった。


「どうしようかスフィルド。強引に突破したら、同行してくれている兵に被害が出そうだけど・・」

「そうですね・・少しブファメの軍をおとなしくさせましょうか」


そう言うと、スフィルドは両手を上げて、俺には理解できない言葉で何かを唱える。その力強い言葉とともに、頭上で大きな渦が巻き始めた。敵も味方もその異変に気付いてその力を警戒する。


殺戮の暴風アイオロス・ストーム!」

スフィルドの発動した魔法がブファメの軍に襲いかかる。強烈な爆音を響かせて、鋭く重い風が吹き荒れる。すぐにブファメ軍の対魔部隊が防御の魔法を展開するが、その威力は彼らの想像を超えていた。防御障壁をぶち破りながら風は吹き荒れて、地上にいる多くの兵を吹き上げる。空を飛行していた敵はその風力に逆らうこともできずに、多くが体を粉々に砕かれながら吹き飛ばされていった。


地上の数百の敵と、飛行していた敵兵の三割ほどがその魔法の犠牲になる。敵も味方もその攻撃の威力に度肝を抜かれていた。


「今のうちに行きましょう」

スフィルドの冷静なその言葉がなければ、紋次郎もしばらく呆然としていただろう。同行してくれる飛兵隊の隊長に声をかけて、リネイの主城へと向かって出発した。


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