第171話 戦略的撤退

アトラは、驚いていた。今、自分の目の前にいる人物は、昨日、あの楽しい話をしてくれた地上の人であったのだ。もう会うことはないと思っていただけに、気持ちに高鳴りを見せる。


「え・・と、紋次郎だったか・・どうしてここに?」

紋次郎は少し焦り気味で彼女に迫っている危機を伝える。


「なんだと! ブファメの軍が、我々を包囲してるだと」

今の状況を説明すると、アトラは少し慌てた反応を示す。俺は話を続ける。

「そうなんだ、だから早くここから逃げないと・・」


「それが本当だとしても、敵に背を向けるわけにはいかない。玉砕するとしてもここで敵を迎え撃つ」


アトラは真剣な顔でそう言い切った。この一言でアトラがどんな人物かは理解した。だが、紋次郎もここで引くつもりはなかった。

「アトラ、戦うとしても包囲されて不利な戦いをすることはないんじゃないかい。一度引いて、互角な条件で戦えばいいと思うんだけど」


アトラは俺の意見を真剣に聞く。何かを悩んでいるようなので、俺は畳み掛けるように話を続ける。

「アトラ、君はどうやらこの軍で指揮を取る立場のようだけど、無意味に部下を死なせるのは本意じゃないだろう」


その言葉が決め手になったのか、アトラは決断をしたようである。

「あいわかった、紋次郎の話を信じよう。それでは一度街まで引くことにする。それで敵の動きはどのような感じなのだ」


アトラはそう俺に聞いてきたけど、俺がそんなことはわからないので、スフィルドの確認する。

「スフィルド、わかるかい」

「ブファメの軍は、四つに分かれて近づいてきています。後方にもすでに展開していますので、戦いは避けられないでしょうね」


「敵軍の規模は?」

「それぞれ3万ほどの大軍です」


「我が兵力は5万、後方の敵だけを相手にするのなら間違いなく勝てるな、よし、すぐに後方に展開している敵軍に攻撃を開始、そしてそのまま街まで撤退しよう」


アトラはそう言うと、すぐに軍を動かし始めた。俺とスフィルドはそのまま去っていくのも変な感じなので、アトラの軍に同行する。


後方に撤退を始めて一時間ほどで、敵軍の姿が見えてきた。その多くは人と同じくらいのサイズの兵隊みたいだけど、中には巨大な敵も見える。アトラの軍にも大きな兵がいるけど、敵の方がその数が多いみたいだ。


「まずはエビルサウルス部隊を突撃させろ!」


アトラの命令で、大きなサイのような魔物が横一列に並ぶ。黒い鎧を着た兵士が、大きな角笛を吹くと、サイの一団はすごい勢いで敵軍に突撃する。


アトラの軍の攻撃は予想外のようで、敵軍はかなり混乱しているようであった。エビルサウルスの突撃に対応することができず、まともに中央部分を突破されていく。


「今だ! デスナイト部隊を二手に分けて、左右から攻撃させろ! 大型兵は魔神兵と魔法兵団で一つずつ仕留めるんだ」


混乱して指揮系統が無くなっている敵軍と、指揮系統のしっかりしているアトラの軍では勝負にならなかった。強力な竜の一体に少し手こずっていたが、それ以外はまともな反撃を受けずに殲滅していく。敵の軍を全滅させる勢いで戦うアトラに、俺は少しの助言を与えた。

「アトラ、あまりここで戦っていると、他の敵がやってくるんじゃないかな」


アトラもその認識はあったようで、軍をまとめると、すぐに街の方へと移動を開始した。



アトラの軍がその場から移動してから一時間後、急いで集まってきたブファメの軍は呆然としていた。


「これはどういうことだ・・リネイの軍はこの先で待っているのではなかったのか」


黒い熊のような魔物に乗った者がそう話す。それに対して、赤いローブに身を包んだ首の長い者が答える。

「ユルダめ、裏切りおったか!」

「どうやら奴らはドナウの街まで逃げ帰ったようだな。どうする、バファメット」

鉄の仮面をかぶった者が、山羊の頭を持った者にそう問いかける。


「そうだな、ユルダが裏切ったとすれば、このまま進軍するのは危険だろう。一度ブルシュ要塞まで撤退することにしよう」


そこにいた者全てがそれに賛同した。ブファメの将は軍をまとめると、アトラの軍が撤退した街とは逆方向へと向かっていった。

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