第169話 魔界の街

魔界にある街に興味が出たので、スフィルドにお願いして街に立ち寄らせてもらった。街に入ると、すぐに市場のよう場所が広がっていた。そこには、地上世界ではあまり見ないような形や色の食材が売られている。食材ぽくないその色加減に、贔屓目に見てもあまり美味しそうには見えなかった。


市場をウロウロと歩いた後に、人通りの流れに乗って大きな道を進んで行く。通り過ぎる人たちをチラチラと見るのだけど、どの人も個性的な外見をしている。大多数を占める人種とかが無いようで、少数の人種が多数集まって街が形成されているようである。


人種の多彩さ以外には、人の住む街とそれほど違う部分は無いようで、飲食店や露店など、生活感のある街並みが続く。空腹であったのもあり、どこかの店へ立ち寄ることにした。市場で見た食材を思い出すと、味に不安がなくも無いが、空腹には勝て無いし、こちらの人がどんなものを食べてるか興味があった。


俺とスフィルドは適当に繁盛してる店へと入った。席に着くと、すぐに店員さんを呼ぶ。

「いらっしゃいませ、ご注文ですか」

良かった、どうやら言葉は通じるようである。しかし、メニューを見てもどんなものか想像もできないので、オススメを幾つか注文する。


「そういえばスフィルドは普段は何を食べてるの?」


何気ない質問であったのだけど、彼女はすごい真剣な顔をして悩み始める。そして悩んだ顔のままに質問に答えてくれた。

「そうですね・・人と違って何か形のあるものを食すことはないです」

「形のないものってこと」

「私は時の流れを食しています。少し食すと言うには、表現が違いますが・・」

「と・・時の流れ・・変わったもの食べてるね・・」


しばらく待つと、テーブルに注文した食事が運ばれてきた。思ったより見た目は美味しそうである。普段、時の流れを食べてるスフィルドが、この食事を食べれるか心配であったけど、恐る恐る食べ物を口に運んで、それを食しているのを見て少し安心する。


まずはスープみたいなもをゆっくりと口に入れてみる。鶏ガラのスープに似た風味に、独特の苦味が少しある。クセがある味ではあるが、これはこれで悪くない。次に何かの肉を香草と一緒に焼いたものを食べてみた。鶏肉と豚肉の間のような食感で、味はジューシーで、肉の脂身の風味がダイレクトに伝わるほど濃厚であった。香辛料で強めの味付けがしていて、美味しいのだけど喉が乾く。


ピンク色と青色のカラフルな食物の料理を食べて見る。これは見た目の奇抜さに見事に裏切られた。芋に似た食感に、口の中に広がる風味は上品な出汁の味、高級料亭の料理のような洗練された風格を感じる。魔界の定食屋みたいな店でこれほどの料理を食べれるとは思ってもいなかった。


ふとスフィルドを見てみると、すごい勢いで食事をぱくついていた。時の流れなんて味気ないものを普段食べているから、ちゃんとした料理を食べて覚醒しちゃったかな・・・アズラヴィルも似たような感じで食にはまっちゃったからね・・無理しないで普段からちゃんとしたもの食べればいいのに・・こんなこと言ったら怒られるかな・・・


さて、食事も終わって店を出ることにした。俺はお会計をしてお金を払おうとしたのだが・・


「すみませんお客さん、この硬貨はここでは使えません」

「え、そうなの?」


どうやら地上の硬貨はここでは使えないようである。さて・・困ったぞ・・どうしようかな・・と、困っていると、隣で食事をしていた鎧姿の女性が声をかけてきた。


「失礼。君、それは地上の硬貨だな」

そう言われて、俺は驚きながら返答する。

「はい・・そうです・・」

「私は仕事で地上に行くことがある。あって困るものでもないから私が両替してあげよう」

「ほっ本当ですか! ありがとうございます」


その女性のご好意で、俺は地上の硬貨をいくらか両替してもらった。それで支払いを済ませて帰ろうとしたところ、その女性に再度声をかけられる。


「君、少しいいかい。時間があればでいいんだが、これから地上の話を聞かせてもらえないかな」


どうもこの女性、地上のことに興味があるのか、俺と話をしたいようである。硬貨の両替で恩があるので、俺はその話を了承した。

「ここで話ししますか」


「そうだな、少し先に、美味しいお茶を飲ませてくれる店があるから、そこで話をしよう」


女性の提案に従って、俺たちはそのお茶屋さんに移動することにした。その店は、外見を見てもさっきの定食屋のような感じではなく、看板なんかもデザイン的で小洒落た感じのお店であった。


俺たちは店に入ると、お勧めのお茶を注文して、話を始めた。彼女は、魔界のある国の軍人さんで、アトラと言う名の人であった。


俺はこの世界に来てからの話をアトラに話した。どうも期待していた話とは違ったみたいだけど、最後の方では俺の話にはまったみたいで、興味津々の顔で食いいるように聞いていた。


「そうか、それでその塔を攻略したんだな、君はすごい男だな、人間にしておくには惜しい存在だ」


話は続き、それから自然と、彼女の話に触れていく。アトラは古くからの軍人家系で生まれたそうだ、そして当たり前のように彼女も軍人として教育される。それは厳しいもので、最近までは自分の自由な時間がほとんど取れなかったくらいで、軍人としての経験以外には、知識が乏しいとの話である。その反動であろうか、自分の時間が持てるようになった最近では、貪欲なまでに、軍事以外の知識を欲しているようである。


「これから戦争に行くの?」

それは驚きの情報であった。アトラは明日にはこの街を出て、他の国の軍隊と戦争をしに行くそうである。


「そうだ。だから君に地上の話を聞きたいと思ったのかな」

そう言って笑いかける彼女からは、明日には戦場で命がけの戦いをするような表情には見えなかった。


その後、かなり長い時間、彼女との話は続いた。すごく楽しんでもらえたようで、戦争が終わった後にまた話の続きをしたいとお願いされた。その時にまだこの街にいればいいよと返事をして別れる。


去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、無事で帰ってきて欲しいと願わずにはいられなかった。



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