第142話 氷の世界

紋次郎とファミュは、30階層までやってきていた。ここまで、古の悪魔ほどの強敵も現れず、比較的楽に敵を倒してきていた。30階層は氷に囲まれた極寒の世界であった。激しい寒さに、思わず荷物からマントを取り出す。しかも少し吹雪いていることもあって視界が悪く、フロアー全体の様子がわからなかった。


このような状況で不用意に動くのは危険だと思い、二人はゆっくり慎重に進むことにした。視界が悪くて見えない分、神経を集中して敵の気配を探りながら進んで行く。


そんな状態でしばらく進んで行くと、不意に吹雪がピタリと止んだ。ある境界線を境に、吹雪のエリアとそうじゃないエリアでくっきりと分かれている。


視界が良くなって、周りの風景が見える。そこは美しいと言っていいくらいの幻想的な氷の世界であった。どこからか差し込んでくる光が氷に反射して、複雑な色合いの反射光を照らし出していた。そんな氷と光の空間の中、異質な雰囲気を漂わしている一つの氷の塊に目がいく。近づいて見て、その氷の塊がなぜそんな雰囲気を出しているのかがわかった。


その氷の塊の中には人が眠っていた。


「ファミュ! 人だよ人、人が氷漬けになってるよ」

紋次郎の言葉に頷きながら、ファミュはその氷を触って眉をしかめる。そしてぼそりと話す。

「これは普通の氷じゃないですね・・強力な魔力を感じます・・」

「とにかく助けてあげようよ」

「そうですね・・しかし、この氷からどうやって・・」


「とにかく燃やしてみようか?」

「普通の氷じゃないですから、多分無理だと思いますけど・・」


俺は魔法一覧から炎の魔法を選択する。どうも強力な魔法のようなので、ファミュに少し下がらせてそれを唱えた。

「クリムゾン・エクスプローション!!」


氷の塊が豪炎に包まれる。十秒ほどその炎は燃え続けたが氷は少しも溶ける気配がない。

「やはり簡単に溶けるような氷じゃないですね」

「う・・ん、どうしたもんか・・」

「何か方法があると思うんですけど・・」

「よし、剣でぶっ叩こう!」

「それは無茶ですよ・・中の人まで破壊しちゃったらどうするんですか」

「それなんだけど、中の人も破壊しちゃったとして、その人を後で蘇生てできると思う?」

「あ・・なるほど・・その手がありますね、確かに中の人が冒険者であれば蘇生が可能だと思います」

「それじゃ、やってみよう!」

「紋次郎は変なところで思いっきりがいいですね」

ファミュは感心してるのか呆れてるのか微妙な表情でそう紋次郎に言う。


判断してからの紋次郎は早かった。すぐに剣を構えて、大技で一気に氷を破壊しようとする。

「天地崩壊斬!」

紋次郎の必殺技が命中した氷は、すごい光を放って一瞬で消滅する。そのまま中の人まで消し去ってしまったように見えたのでビビりまくっていたが、その人は氷のあった場所に静かに横たわっていた。


その人は女性であった。セミロングの黒い髪、年齢はかなり若く見えた。身なりからすると冒険者のようである。ファミュはその人をじっと見つめて何かを考えているようである。もしかしたら知ってる人なのかな・・


「この人のつけている鎧・・始祖鳳凰の紋章・・・そんなまさか・・勇者の鎧・・」

「ファミュ、知ってるの?」

「勇者の鎧を装備している冒険者なんて歴史上一人しかいません。勇者と呼ばれた冒険者で、名はマゴイット・ベイカー・・歴代最強の冒険者です」

「そんなすごい人なんだ」

俺はそう言って感心しながら、この人が生きているか確認する為に、胸に手を当てて心音を確認する・・・胸から心臓の音が響いてくる・・生きてる・・そう思った瞬間、その生きていた、胸に手を当てている女性と思いっきり目があった。しばらくその体制で見つめあったその女性と俺だが、彼女の怒声で我に帰る。


「何やっとんじゃワレ!! どこ触っとんじゃコラ!」

俺は彼女に胸ぐらをつかまれて、そのまま持ち上げられる。

「ちょ・・誤解だよ、ちょっと生きてるか確認しただけで・・・」

「何やそれ! 生きてるに決まっとんやろうがコラァ!」

「た・・助けてファミュ・・・」

唖然としていたファミュだが、そこでやっと動きだす。

「落ち着いてマゴイット・ベイカー、その人は本当に悪気があったわけじゃないんです」


自分の名を呼ばれて少しは落ち着いたのか、マゴイットは乱暴に紋次郎を離した。そして何かを思い出したようで、周りを見回しキョロキョロする。

「グランジェはどこいったんや・・・うちを氷になんか閉じ込めやがって・・絶対に許さへんで!」


グランジェが誰かわからないけど、どうしてこの子は関西弁なんだ。

「ちょっと聞いていい、君は関西の人?」

「大阪や! それがどないしたんや」

「俺、東京です」

「何や東京もんかいな・・・東京!? ワレ、日本人か?」

「はい・・そうです」

「何や、それやったらはよ言わんかい」

マゴイットはそう言って俺の肩に手を回して笑い始めた。


そこに頭がハテナなファミュがそっと聞いてくる。

「オオサカ? トウキョウ? 紋次郎・・何の話ですか?」

「あ・・え・・と話せば長くなるけど、どうも同郷の人みたいなんだ」

「ええ! そうなんですね。良かった・・」


「それよりここはどこや・・」

我に返ったマゴイットはそう呟く。

「エラスラの塔の30階層だよ」

「うちは、なんでそんなとこにおるんや」

「氷漬けにされてここに置かれてたんだよ」

「グランジェのやつ・・うちをなんでこんなとこ運んだんや・・」

「マゴイット、聞いていい、グランジェって誰? どうしてそんなことになったの」

「グランジェは仲間の一人やった男や・・理由はわからんけど、どうもそいつに罠にかけられたみたいや・・」


マゴイットにその時の状況を聞いたのだけど、詳しくは彼女にもわからないみたいだ。それよりこんな寒い場所で話するのも辛いので、俺たちは上の階層へと移動することにした。


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