第135話 もう一体の聖獣

「バロンがもう一体・・・・」

ファミュは絶望の声をあげる。いくら強敵でも、相手が一体ならなんとかなるとそう考えていたのだが、この状況にはさすがに焦りを隠せない。


静観していた紋次郎だが、さすがに仲間が次々殺られていくこの状況にいてもたってもいられなくなった。すぐに剣を構えてバロンへ走り寄る。それを見たファミュは大きな声でそれを制止した。


「紋次郎! こっちに来てはダメです! あなたが来てもただ死ぬだけです」


だが、紋次郎はファミュのその制止を聞かず、バロンに近づく。ファミュは、そんな紋次郎を見捨てることができずに、加速してバロンとの間合いを詰めていく。


バロンは、接近する紋次郎を葬るために、口を大きく開けて、あの強力な咆哮をあびせようとした。そこへファミュが躍り出て、バロンの頬に強力な回し蹴りを食らわす。


蹴りを食らわしたファミュは、違和感を感じていた。それは最初の一体目を攻撃した時との違いである。重い・・感触が重くて硬い・・それは同じバロンであっても、後から現れたこちらの方がはるかに強いことを意味していた。


ファミュのその感覚はすぐに証明された。蹴りで少しバランスを崩していたが、すぐに態勢を立て直したバロンは、その鋭い爪でファミュを切りつける。胸に熱い痛みが走り、血が噴き出す。そのまま攻撃の衝撃で数十メートルほど吹き飛ばされた。


ファミュに油断はあった。一体目のバロンと同じ強さとの認識で動いていて、想定外の反撃を受けてしまった。胸から血を吹き出しながらヨロヨロと立ち上がる。そんなファミュの前に、大きな口を開けてバロンの牙が目の前に迫っていた。


もうダメか・・そう死を覚悟した瞬間、バロンの動きが止まる。そして少しずつ、その止まったバロンの顔が下へ落ちていく。バロンの頭は体から切り離されていた。そしてその頭が完全に地面に落ちると、残った体から鮮血が吹き出した。その横には剣を振り切った紋次郎がいる。彼の剣が、バロンの首を一撃で切り落としたようであった。だが、ファミュは少しの時間、何が起こったのか理解できなかった。


「ファミュ、大丈夫?」


レベル82の冒険者が、伝説級冒険者が手を焼いていた敵の頭を一撃で切り落とした。とてもじゃないけどそんなことが起こるとは夢にも思っていなかった。


「紋次郎・・・あなたは一体・・・」


その瞬間、ものすごい轟音が響き渡る。あの巨体のゴン太が吹き飛ばされてきた。紋次郎はゴン太に近づいて声をかける。

「ゴン太、ありがとう。あとは任せて」


紋次郎はこれまでの数々の戦いで、相手の力量が少しは測れるようになっていた。あのバロンという敵は、自分の力で十分倒せる相手だと判断した。


紋次郎は、バロンに向かってゆっくり歩き出す。そんな紋次郎に、傷つきフラフラのファミュもついてこようとする。それを紋次郎は手をファミュの前に出して、満面の笑みで制止する。


「紋次郎、しかしあの敵は・・」

「大丈夫、任せて、俺が倒してくるから」


そんなことを言われたのは何年ぶりだろうか・・まだ、下級冒険者だった頃に、自分に色々なことを教えてくれた先輩冒険者に、同じようなことを言われたのを思い出す。その後、その先輩冒険者は、無謀にも天然ダンジョンの攻略に挑み、帰らぬ人となった。


ファミュが、そんな昔のことを思い出していると、紋次郎が走り出す。レベル82とは思えないスピードで、バロンに近づいていったのだが、ここでさらに信じられないようなスピードに加速する。それは伝説級冒険者の自分を遥かに上回る、ファミュが今まで見た誰よりも早い動きであった。


バロンに近づいた紋次郎は、人間離れした剣速でバロンに剣を叩き込む。その攻撃速度に驚かされるが、さらに驚きなのは、その剣の攻撃力であった。あの硬い体が、熟した果物のように簡単に切り刻まれていく。そして、バロンはあっという間に肉片と変えられた。


衝撃であった。伝説級冒険者のファミュは、他のどの冒険者よりあらゆる経験を積んでいる。色々な敵を見てきたし、色々な味方を見てきた。今、自分の見ている一人の男は、そんな自分のどんな経験にもない想定外の人物であった。


バロンを倒した紋次郎は、何事もなかったように剣を鞘に収めながらこちらに歩いてくる。一歩一歩近づいてくるその姿に、ファミュは目が離せなくなっていた。何やら胸が熱くなってくる。自らの心臓の音が、耳元で大音量で鳴っている。それは紋次郎が近づけば近づくほど大きくなっていき、目の前に来た時には、頭が真っ白になり、意識が遠のいていった。

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