第2章 特訓開始! 2
「――さぁ。恥ずかしがらないでぇ。フフフ」
困惑、混乱、混迷。
調査に必要なことなら従わなければならないが、この誘惑ムードに素直に応じていいものかどうか。すぐ隣の部屋には、結果を待つ三人もいる。
だが、上半身ぐらいなら問題はないだろう。病院の診察のようなものだ。
言われた通り、ゆっくりと上半身だけ服を脱ぐと、不満そうなアヤメの言葉。
「うーん……。ちょっと膝立ちしてもらえるかしらぁ、王子様」
身長の問題だろうか。言われるままに膝を折り、膝立ちの姿勢を取る。
そして気になる、背後でのゴソゴソという物音。
「――ひゃっ!」
反射的に目を閉じ、変な声をあげてしまった。
何しろ背中に当たった感触、間違いない、これは素肌だ。
しかもこの当たり具合、間違いなくあの豊満な胸だ。
それが突然背中に押し付けられれば、そんな反応になっても仕方がない。
「どうしたの!? 大丈夫……って、あんた何やってんのよ!」
「何があったんですか。兄さま…………」
悲鳴にでも聞こえたのだろうか。
カズラとアザミが飛び込んできたらしい。
背中越しに聞こえてきた気遣いの叫び声と、それに続く沈黙。
怖くて振り返れない。たまらず硬直する身体。
そして、ゆっくりと目を開くと、そこには仁王立ちのカズラの姿。
――パァン……。
またしても、僕の頬は張り倒された。
「……で? あれは、魔力の測定だったってこと?」
「普通なら背中に手を当てれば、大体わかるんだけどねぇ」
「それがどうして、裸で抱き合ってたわけよ」
「魔力は感じなかったんだけどぉ、カズちゃんがあれだけ自信たっぷりだったからぁ、ほんのわずかの魔力でも感じ取ろうと思って……ね」
アヤメはマスターと同い年だというのに、カズラの強気な口調にタジタジだ。
そしてなぜか、僕までもが説教されている気分だ。頬に手形をつけたまま。
「それで、魔力はあったの? なかったの?」
「全然感じなかったわねぇ」
「ていうことは、やっぱり……」
「…………」
「…………」
一気に重苦しい雰囲気。
やっぱり僕は王子でもなんでもなく、ただの日本人だったということか。
自ら申し出たわけではないから、責任を感じる必要はない。だがやはり、謝意で胸が締め付けられる。
期待に応えられず申し訳ない……と。
「またしても、人違いだった。と、いうわけですか……。山王子様、この度は多大なご迷惑をおかけして……もはや、何と言ったらいいやら……」
「今回ばかりは、その、なんて言っていいか……。父が迷惑をかけたわね。えーっと、あたしも今まで色々言い過ぎて、ごめんなさいね」
揃って深々と頭を下げる、モリカド親子。
謝られると、なおさらに惨めだ。
なんとも居たたまれない気分が、時間とともに際限なく膨らんでいく。
早く帰りたい。いや、もはや消えてしまいたい。
大粒の涙をこぼすアザミ。せっかく兄に再会できたと思っていたのが、赤の他人で申し訳ない。そして、成人式典を乗り切る切り札になれなくて、重ねて申し訳ない。
「あの……、マスター。来たばっかりで申し訳ないんですが、帰してもらっていいですか? それから、アザミも一緒に。お兄さんじゃなくて申し訳ないけど、精一杯護衛させてもらうよ」
「すみません、山王子様。わたくしはしばらくの期間、強い魔法は使えないので、カズラにやらせます。カズラ、頼む」
「向こうに行ったらバラバラになっちゃうけど、みんな携帯電話は持ってるわよね? それで連絡取り合いましょう」
全員を自分の周りに呼び寄せ、息を整え始めるカズラ。
二度目のヒーズルは、滞在日数は丸一日もなかったか……。
「――待って、待ってぇ。行っちゃダメェ」
慌てた素振りで引き留めるアヤメ。
その必死な声に、カズラを含めた全員が驚いて注目する。
「何か忘れものでも? アヤメ」
「モリカドの血脈魔法で飛ぼうとしてるってことは、王子候補は外界から連れて来たのぉ? しかも、来たばっかりって言ったけどぉ?」
「ああ、昨日の夜お連れして、矢も楯もたまらずにな」
「それで、外界にはどれぐらい住んでたのかしらぁ?」
「マスターの話が本当なら十七年ですね。僕は生まれた時から、あっちに住んでたつもりでしたけど」
下を向きながら、首を振るアヤメ。
そして顔を上げると、軽蔑の眼差しでマスターを睨む。
「なんでそんな大事なことを先に言わないのよぉ。ほんと、相変わらずよねぇ」
「何かまずかったかな?」
「当たり前でしょぉ。小さい頃からずっと外界に住んでたなら、体内のクローヌは空っぽよぉ。魔力が蓄積されるはずないわよぉ」
「そんな話、初耳だわ。父さんは知ってたの?」
睨みつけるカズラに、目を逸らすマスター。
もうおなじみの光景だ。マスターに落ち度があったことは明らか。
そして、気まずそうに言い訳を始める姿もおなじみだ。
「遠い昔、職務に就くときに習った気もするんだが……」
「気もするじゃなくてぇ。必ず教わるでしょぉ」
「向こうに長期間滞在してこっちに戻ると、しばらくの間は魔力が激しく低下する。それは体験上知っているが、魔力がなくなるほどは続けて滞在したことがなかったもので……」
このやりとりに強く反応したのはアザミだった。
目を輝かせながら、アヤメに向かって必死に問いただす。
「それじゃ、まだ魔力の有無はわからないんですね? アヤメ様」
「そぉねぇ、こんな状態じゃぁ、あと二週間ぐらい経たないと、いくらわたしでも魔力は感じ取れないわねぇ。そして、魔法が使えるぐらい回復するのに、王族の人でも一ヵ月。一般人だったら半年はかかるわねぇ」
「よかった。まだ望みはあるってことですね、よかった」
希望はつながった。絶望が先送りになっただけかもしれないが。
「――だからしばらくは、地道な訓練をしながら、魔力が表に出てくるのを待つとしましょうねぇ」
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