第3章 ゲートキーパーの贖罪 7
「――随分と遠回り致しまして恐縮でございます。待ち合わせ場所に顔を出せなかった事情を説明申し上げます」
ああ、そう言えばそんな流れだったなと、マスターの言葉で思い出す。
マスターに会う機会があれば真っ先に尋ねるつもりだったのに、ここまでが驚愕の連続で、今さらどうでもいい気すらしてきた。
「山王子様にメモをお渡しした数日前から、国王の兄であるロニス様を中心とした反国王派の動きが活発になり始めました。界門の警護を突破して、こちらの世界に十人ほどの人員を送り込み、王子捜索に乗り出し始めたのでございます。
せっかく裏付け調査も終わり、いよいよ界門の出現を待つところまでこぎつけたというのに、予想外の事態でした。
そんな状況でしたので、顔の知られている私と行動を共にすれば、反国王派に山王子様が怪しまれるのは確実。というわけで、メモでお誘い致しておいて偶然を装い、出現した界門に二人で飛び込もうと考えておりました」
「それじゃメモを受け取って以降、ここへ来てもマスターに会えなかったっていうのは……」
「ええ、申し訳ないとは思ったのですが、敢えて距離を置かせていただきました。私と接触しているところを見つかるわけにいかなかったものですから。それに、反国王派の捜索という任務もございましたのでね」
異世界に誘われて以来、ここを訪ねてもマスターは姿を現さなかった。
それも、マスターの誘いが本物ではないかと考えた理由の一つになったわけだが、そんな裏事情があったとは。
「そんな面倒なことしなくても、国王派で護衛して送れば良かったんじゃないの?」
「お前には守秘義務もあって詳しい話はしていなかったが、こっちの世界にいる国王派は当時五人。しかも界門の情報が洩れていることを考えれば、裏切り者が含まれているかもしれない状況。一方、向こうは十人。正攻法で太刀打ちするのは無謀というものだ」
「でも、それなら応援を呼べば……」
「向こうからこちらへは、一族の者ならいつでも飛んでこれます。しかし、逆は界門を渡るしか情報の伝達方法はないのですよ、王女様」
みんなの疑問に丁寧に答えていくマスター。
もちろん、みんなが指摘するぐらいのことは考えた上で作戦を立てているはず。その結果がああいう手段だったというのなら、あの方法が当時の最善策だったのだろう。
「ですが、待ち合わせ場所に辿り着けなかったことからもお判りの通り、作戦は失敗に終わりました。現地へ向かう途中で反国王派と遭遇して、争いとなってしまったのでございます。
時間を取られてしまった結果、到着した時には界門は既に閉じた後。結局山王子様お一人が、ヒーズルへお渡りになる結果になってしまったという次第でございます」
当日、現地で異世界が本当にあったらどうしようなどと、僕が浮かれていた裏ではこんなに大変なことが起きていたのか。そして一人で向こうへ飛ばされ、裏切られたと当時は思い込んでいたが、事情を知ってしまえば申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「そもそも、最初に十人も界門をくぐられた向こうの警護隊が情けないわよね。たいしたゲートキーパーだわ」
「界門や外界なんておとぎ話と思われている現代では、警護と言っても間違って一般人が入り込まないように見張るためだけのもの。一人か二人で充分間に合っていたんだ。そこに想定外の襲撃だったから仕方ないだろう」
仮説は正しかったよとケンゴに伝えてやりたいが、それは最低でも一ヵ月半先だ。
だが今度はマスターの協力を得て、間違いなくこっちの世界へ帰してやれそうだ。無事でさえいてくれれば……。
「でも私たちがこっちへ来た時は、ソーラス神社では大勢対大勢で戦ってましたよ。犠牲になった方もかなりいたようですし……」
「その前の回に界門の突破を許した反省から、警護も人員を増強したようです。それでもなお、反国王派にさらに上回られて、再び突破を許してしまったようですがね。今後しばらくは、界門をめぐる攻防が激しさを増す気配でございます」
ここまで話すとマスターは少し落ち着き、手元のグラスに水を注ぐと一気に飲み干した。どうやら、大方の話は終わったらしい。
カウンター内の椅子に腰を下ろすと、静かに締めの言葉に入る。
「さて、これで私がお伝えしたかった話は全てですが、まだ何かご質問などがございましたら何なりとどうぞ」
「そうですね……それじゃ携帯の番号を」
「かしこまりました。組織からの支給品の番号でございますが」
まだまだ聞きたい話はある気がするが、既にとんでもない量の情報を得た。
それを頭の中で整理するだけでも手一杯なので、必要なことはまた後で聞けばいいだろう。今は携帯番号だけ教えてもらえば充分だ。
さっそく聞いた番号を、登録数の少ない電話帳に追加する。
「今後についてなのですが、王子、王女となれば我が国の最重要人物です。ですから、今すぐにでも安全な場所にかくまうべきなのですが、そうもいきません。
と言うのも、今ではモリカド一族内にも反国王派への内通者がいるようなので、迂闊に協力も要請できない状況なのでございますよ。ここでも良いのですが、私の顔は反国王派にも知れ渡っているので、却って危険なのではないかと……。
そこでカズラを護衛につけますので、今まで通り山王子様のお住まいにて、生活をお続けていただいてもよろしいでしょうか。私の方でも、信用できる協力者を探してみますので」
「カズラが護衛ですか……」
「何よ、多少武術の心得はあるし、あんたよりはアザミを守る自信あるわよ。さすがに、あのときみたいに六人がかりで囲まれたら厳しいけど」
カズラの腕前を見る機会は今のところ、残念と言うべきか、幸いと言うべきかわからないが訪れていない。だが武術の心得があるというなら、少なくとも完全に素人の僕よりも、護衛として適任なのは間違いない。
護衛としてはカズラを拒む理由は少しもないのだが、同居となると不安もある。
「でも家狭いし……」
「何なのよ、あたしがいたら迷惑なわけ?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「あんたが何と言おうと関係ないわ。あたしはあんたの家で暮らすからね」
何やら押しかけ女房のような口ぶりだが、どうやら三人暮らしは確定らしい。
アザミと二人きりというのも時折気まずいことがあるが、カズラが居たら間違いなく主導権を握られる。穏やかでのんびりとした日常生活は、どうやらここまでのようだ。
「カズラ、お前王子に対して変な気起こすんじゃないぞ」
冗談だとは思うが、父親としてその発言はどうなんだろう。
ここまで何とも思っていなかったのに、その言葉で逆に意識してしまいそうだ。
だが、カズラの言葉でスッキリと吹っ切れる。
「――起こすわけないでしょ、ばっかじゃないの!」
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