第13章 ふたたび闇の中へ

第13章 闇の中へ再び 1

「――着きましたな」


 朱色の鳥居の前にタクシーが到着すると、もうそこが異世界の入り口のような錯覚に陥り、緊張のあまり降りる足が震える。

 鳥居の柱にはそれぞれ一人ずつが立っているようだが、普通の神社にあんな人たちなどいない。界門が出現する当日なので、ヒーズルの国王派が警備にあたっているのだろう。


「王子、どうされました?」

「すみません、ちょっと緊張してきました」

「まだ始まってもいませんよ」


 まったくその通りだ。

 ひとまずその場で、大きく深呼吸を三回ほど繰り返す。そしてマスターに頷き、大丈夫だと意思表示する。マスターもまた、僕の様子を確認すると静かに目を閉じて大きく頷き返す。


「隊長に用があるのだが……。会わせてくれないか」

「あなたはどちら様で」

「私を知らないのか。まあ仕方ない、私はモリカド カズトだ」

「そちらは?」


 警備の男たちに物怖じする様子もなくマスターが声を掛け、いよいよ作戦が始まる。僕は成り行きを見守るばかりだが、彼らの怪訝そうな視線に思わず身体がこわばる。


「私の連れだ。隊長に会わせてくれたら、そこで詳しく話す」

「わかりました。こちらへ」


 鳥居を無事くぐり、男に案内されるままに付いていく。

 しかし、なぜか参道から外れていくように思えるので不審に思うと、背後にも何やら人の息づかいを感じる。どう考えても嫌な予感しかしない。

 意を決して後ろを振り返る。


 ――嵌められた。


 振り返った先には、日本刀のような武器を持った男が四人。既に抜刀して、むき出しの刃を突き付けたまま、後ろからついて来ている。この人数差の上に武器まで持たれては、逆らいようがない。

 そして隣に目を向けると、マスターもまた険しい表情を浮かべながら、黙って男に付いて歩いている。マスターでさえ逆らわずにいるということは、やはり現状は大人しくするほかないのだろう。

 やがて、がらんとした場所に出る。どうやら駐車場のようだ。


 一台だけぽつんと停まっている大きめのワゴン車まで連れられると、背負っていたリュックは取り上げられてしまった。僕とマスターは後ろ手に縛られ、そのまま開かれたドアから車内へと押し込まれる。

 座席は三列。最後列の最奥にマスター、次に僕が押し込まれ、刀を持った男がドア側に座って脱出を阻む。そして二列目に二人乗り込み、さらにもう一人が助手席へ。先導していた男は同乗する様子はなく、車外で周囲を警戒し続ける。

 そして準備が完了したらしく、助手席の男が車を出すよう運転手に合図を出した。運転手は気だるそうに首を回すと、角度が悪かったのかルームミラーを直す。

 そこに映ったのは見覚えのある顔だった。


「サーセン、ちょっとの間辛抱よろしくっス。王子」


 襲撃を受けた時にちょっと見ただけだが忘れはしない。

 声にも聞き覚えがある、そしてなによりその語尾だ。


「ユウノスケさんですか……」

「王子に名前を憶えていただけるなんて光栄っスね。でも、できればユウでお願いするっス」

「大人しくしろ。まあ、もう騒ぐこともできないだろうがな」


 最後の仕上げとばかりに、車に押し込んだ男に猿ぐつわまでかまされた。

 ユウノスケはルームミラー越しに笑顔を見せると、颯爽とキーを回して車のエンジンを掛け……いや掛からない。気を取り直して、キーを回してエンジンを……やっぱり掛からないようだ。


「おっかしいっスね……」

「どうした、早く出さないか。免許証って奴を持ってるのは、お前だけなんだぞ」

「そうはいっても車の調子が悪いんスよ。もっといい車を用意して欲しかったっス」


 助手席の男が苛立ちの声をあげる。

 だが、ユウノスケも自分の責任ではないので強気だ。どうやらエンジンが掛からない原因がはっきりしないようで、表に出てボンネットを開き始めた。

 雰囲気から察すると、不調の原因はバッテリーかもしれない。車が動かせなければ、チャンスはきっと訪れるはず。隣と前にいる合計三人を何とかできればの話だが。

 それにしても、向こうの人間であるユウノスケに自動車の修理などできるのだろうか。いや、助手席の男は彼が免許を持っていると言っていた。それならば、自動車の知識ぐらいあっても……。いやまて、そもそも免許を持っているのなら、ユウノスケはこちらに戸籍があるのか。


「おい、直りそうなのか?」

「そんなに急かすなら、先に始末しちゃったらどうスか?」

「こんな所で始末して警察に捕まったら、活動が継続できなくなるだろうが。まだ、王女の始末という任務も残ってるんだぞ」

「はい、はい、そうだったっスね」


 付き添いのために一緒に外へ出た助手席の男は、相当に苛立っているようで、その大声が車内にまで聞こえてくる。

 反国王派の中にも、この世界に詳しく頭の切れる人物がいて、助言を与えているらしい。男の言う通り、犯罪性のある死体や痕跡でも見つかればすぐに警察も動くだろうし、この世界に不慣れな彼らが逃げ切れるほど捜査は甘くないはずだ。

 ひとまず攫っておいて、人目のつかない場所で始末する。まさにカズラが味わった災難そのものか。


「おい、こんな時に誰の携帯だ」


 毎日のようにテレビから流れていたコマーシャルの主題歌が、車内にやかましく鳴り渡る。どうやら、音源は運転席の辺りだ。

 慌ててボンネットを閉めたユウノスケが、運転席に舞い戻り電話に出る。


「ちぇ、切れちゃったっス」

「おい、修理はどうした」

「多分、あれで直ったはずっス」

「まったく……。直ったなら、早く車を出せ」


 電話を掛け直そうとするユウノスケに、我慢も限界に達したのか、助手席の男が叫ぶ。ユウノスケが渋々と口を尖らせているのがルームミラー越しに映る。

 本当に修理できたのだろうか、電話に出たかっただけにしか見えない。


 ――ブオン。


 期待を打ちのめすように、エンジンの低く力強い音が腹に響く。

 いったい、どこへ連れて行くつもりなのか。界門が出現するまであまり時間もない。だが、それ以前に命の心配をするべきか。

 ユウノスケがわざわざこちらに振り返り、場に似合わない雰囲気で出発の合図を告げる。


「さあ、束の間のドライブへ出発進行っスよ。冥土へ向けて、と言った方がいいかも知れねえっスね。あ、冥土と言っても秋葉原とかにいる、可愛い子とは違うっスよ――」 


 これからこっちは命を奪われそうだというのに、この軽口にイラつく。助手席の男もまた苛立っているようだ、モタモタしているのが耐えられないのだろう。敵同士だがユウノスケに対しては、妙に共感を覚えてしまう。


 そこへ突然、真横から眩しい光が照らす。

 光に目が眩まないようにまぶたを半分閉じるが、それでも光源の正体を捕えきれない。二つ並んだ光は、徐々にスピードを上げてこちらに近づいてくる。




 ――その正体がわかった時には、もう手遅れだった。

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