第11章 思い出作り 2

 一キロほど続いた並木道は、ひと際大きなツリーにて終点となる。

 主任とアザミは、そのツリーの下で僕たちの到着を待ち構えていた。

 いち早くカズラは主任の元へと駆け寄り、素直に頭を下げる。今の今まで腕を組んでいたはずなのだが、いつの間に振りほどかれていたのだろう。


「心配かけてごめんなさい……」

「これからは、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞いてよね」


 カズラはすまなそうな表情を見せる。

 相手が僕だったら間違いなく、『あの程度で見失うなんて注意力が足りないわよ』と言いながら、冷ややかな視線を向けるだろう。カズラの従順な反応がもらえる主任が、とても羨ましい。


「これが、見せてあげたかったクリスマスツリーよ。ちょっとは、この世界の思い出になるかしら」

「…………」

「…………」


 ツリーを見上げる二人は完全に沈黙した。

 このツリーだけで、電飾は一体いくつぐらい下がっているのだろう。

 赤、青、緑、白、黄色……。色とりどりの電飾が時には規則的に、時には不規則にと、それぞれが点滅して、観る者をファンタジーな世界へといざなう。アザミとカズラもその誘惑に魅せられ、うっとりとした表情を浮かべながらその瞳を、電飾に負けない程に輝かせていた。


「ちょっとお腹空いたわね。留守番してるカズトさんには悪いけど、ちょっと屋台で何か食べましょうか」


 確かにマスターが気の毒すぎるが、空腹には逆らえない。しかも、四人共に意見が揃えばなおさらだ。

 絶対にちゃんとした店で食べた方が美味しいし、値段もそれほど安いわけでもないのに、どうしてこうも屋台に惹かれてしまうのか。


「やっぱり、クリスマスはチキンがないと始まらないわよね」

「兄さま、あっちの方から甘くていい匂いがします」

「この香ばしい匂いはそそるわね。あれ、食べてみたいわ」


 みんな完全にスイッチが入ってしまったようだ。

 僕にとっては少食をアピールする女性よりも魅力的に映るが、歯止めがないというのも困りものだ。そして後になって、体重が増えていると八つ当たりされるので、たちが悪い。


「山王子くーん。ホットワイン飲んでもいいかしら?」

「主任、僕免許持ってないですから、運転代われませんよ」

「兄さま、あれってクレープでしたっけ。あのチョコレートがたっぷりかかってるのを食べてみたいです」

「これ以上の甘い物は、体重に跳ね返ってくるよ」

「ちょっと、あのソフトクリーム美味しそうよ。食べない?」

「いやいやいや、こんなに寒いのにアイスとか食べないから」


 女性陣の食欲は留まるところを知らない。

 さすがに主任のアルコールは帰宅に影響するのでなんとか阻止したが、クレープもソフトクリームもぺろりと平らげた。

 そんな、異世界にでも繋がっていそうな三人の胃袋にも限界はやってくる。

 満足そうな表情で、やっと空いたベンチに腰掛ける三人。そこで満席になってしまったので、僕は仕方なく隣でボディーガードのように突っ立つ。


「カズラのお父様、来れなくて残念でしたね」

「ごめんね。あたしの車小さいから、四人までしか乗れないのよ」

「いいのよ、あの人は何年もこっちにいるんだから、きっと見たことあるでしょ。むしろ、今までこっちで色々といい思いしてたんじゃないかと思うと、腹が立ってくるわ」


 口ではそう言いながらも、何かあると逐一父親に報告しているカズラを知っている。きっと今日のことも、ツリーを見上げていた時のように目を輝かせながら報告するに違いない。

 それに今、カズラが人差し指でクルクルと回しているキーホルダー。さっき遠慮がちにねだられたあれも、きっとマスターへのお土産だろう。


「せっかくだし、写真撮ろうか」

「写真……ですか?」

「ああ、携帯電話に景色を残しておけるんだったわよね」


 みんな思い思いに携帯電話を取り出し、写真を撮り合う。

 だが、カズラだけが青い顔で、必死に、懸命に、バッグの中を探っている。


「あたし、家に携帯電話忘れてきたみたい……」


 やっと気づいたのか。

 はしゃぎながら写真を撮る人々に羨望の眼差しを向けるカズラは、今にも涙をこぼしそうだ。

 せっかく買ってやった携帯電話を肝心な時に忘れるなんて、少しは反省しろ。と、言ってやりたかったが、これ以上追い打ちを掛けるのはかわいそうか。


「他の携帯電話で撮った写真をカズラの携帯電話に移すこともできるから、心配しないでみんなと写っておいで」

「そ、そうよね。それぐらいできて当然よね」


 どうやら僕の言葉に安心したようで、アザミや主任と写真撮影に興じ始めるカズラ。ついさっきまで青ざめていたのが嘘のように、笑顔ではしゃぎ回る。


「あんたもいらっしゃいよ」

「一緒に撮りましょう、兄さま」


 アザミもカズラも周囲の人たちを真似て、手でハートマークを作ってみたり、モデル風のポーズをとったりしている。その姿はあまりにも自然で、とても異世界の人間とは思えない。

 充分すぎるほどの写真を撮り終えると、カズラとアザミは名残惜しそうに、再びツリーをじっと見上げている。やがて気が済んだのか、帰りを促す僕の元に駆け寄り、呟く。


「この世界の人たちって……」

「ん? どうした?」




「――思い出を携帯電話に刻むのに必死だけど、ちゃんと心には刻めてるのかしら」

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