第11章 思い出作り

第11章 思い出作り 1

「――うわー、すっごい綺麗。夢の世界にいるみたいです、兄さま」


 向こうの世界に比べれば、こっちの夜は毎晩が電飾の洪水、それだけで夢の世界のように見えてもおかしくない。だがこの時期は特に、普段とは比べ物にならないほどの彩りも華やかなイルミネーションが、あちらこちらに出現する。

 去年までは忌々しく思っていたが、今年は少しは楽しみでもある。


「今日はクリスマス・イヴだからね」

「ほんと凄いわね、ヒーズルじゃ考えられないわ。ねえ、クリスマス・イヴっていうのはどんなお祭りなの?」


 車の後部座席で、窓ガラスに顔をへばりつかせながらカズラが尋ねる。

 表情も、仕草も、まるで子供のようだ。街全体がこれだけ浮かれたムードなのだから、気分が高まって当然だろう。

 僕はキリスト教徒ではないが、この祭りの概要ぐらいはもちろん知っている。


「クリスマス・イヴって言うのは、クリスマスの前夜祭って意味で――」

「この時期だけ世界一有名な人の誕生日の、を祝うお祭りよ。鶏肉とケーキを食べながら、好き勝手に盛り上がれば良いのよ」

「その言い方は、身も蓋もないですよ。主任」

「ああ、恋人同士なら相手の本気度を測る、大事な日でもあるわね」


 僕の言葉を遮って、ハンドルを握る主任はさらりと返答に皮肉を込める。

 敬虔なキリスト教徒に聞かれたら怒られそうだが、日本人の大半のクリスマスの捉え方なんてこんなもんだろう。


「変なお祭りですね。誕生日の前日をお祝いするって、不思議すぎます」

「きっと、当日は当日でお祝いするんでしょ。……ってことは、明日が本祭なわけよね? きっと、もっと凄いのよね?」

「いいえ、盛り上がりは今夜でお終いよ。明日の本祭は、売れ残り品の処分祭りと残飯整理祭りね」

「なんだか……、この華やかさとは似ても似つかない、夢のないお祭りなんですね、兄さま……」


 さっきまでの、高まっていた期待感がぶち壊しだ。

 アザミはちょっとガッカリしたした様子だが、日本国内においてはそれが現実だ。本来の趣旨とは全然違うものが伝わってしまったが、これで良かったのだろうか。

 二人にも、こっちの世界の年末年始の行事を味わわせてやろうと思い立ち、今日はクリスマス・イヴで賑わう街に連れ出したのだが、この調子では今後のイベントも捻じ曲がって伝わりそうで不安が隠せない。



 会社の駐車場に車を停めて、徒歩で名所になっている電飾の並木道へと向かう。

 主任が先導し、アザミとカズラがそれに続いて、僕は最後尾からみんなを眺める。

 カズラの真っ赤なコートに、アザミの深緑のコート。狙ったわけではないだろうが、奇しくも見事なクリスマスカラーだ。


「うわー…………」

「すごい…………」


 やがて目的地に差し掛かると、二人は感嘆の声を上げ、まるで時を止めたように見とれている。電飾が作り出す幻想的な景色は圧巻だ。僕自身も毎年目にしていたはずなのに、今年はなぜか全然違う景色に感じ、思わず息を呑む。


「ここが終点じゃないんだから。歩いた歩いた」


 主任に促され、慌てて我に返る。

 追い越していく人たちが、振り返っては怪訝な表情を浮かべていくのを見て、この街には余裕というものがなかったことを思い出す。道の真ん中で足を止める僕も、きっと『お上りさん』扱いされているに違いない。


 大通りに入ると、更に人の密集度が増す。今年のクリスマス・イヴは日曜日とあって、早めの時間だというのに既にピークを迎えつつあるようだ。


「はぐれないように、手をつないだ方が良さそうね」


 主任の言葉にアザミがいち早く反応し、僕の左腕にぶら下がる。カズラも反応したようだが、一瞬遅く差し出したその右手は、引っ込める間もなく主任に掴まれた。


「ざんねーん。カズラちゃんは、私とペアでーす」

「べ、別に残念じゃないわよ……。それに、手なんて繋がなくても大丈夫だってば」

「ダメよ。人混みを甘く見たらはぐれるわよ」


 心配する主任の言葉が届く間もなく、強がって手を振りほどいたカズラの姿は人波の中へ。まるで、パニック映画で別れ別れになるカップルのように。

 主任が慌てて人波に分け入り、後を追う。僕とアザミも続く。



「ダメ……。はぐれた」


 十メートルぐらいしか進んでいない最初の十字路で、主任が大通りから外れて僕たちの合流を待っていた。これ以上散り散りになるとさらに面倒なので、まずは三人集まったのは正解だろう。

 それに、こんなときのための携帯電話。やはり、買い与えておいたのは正解だった。ただ、落ち合う場所を指定しても、通じるかどうかは心配だが。


『もしもし、どうかなさいましたか?』


 電話に出た声に愕然とする。

 どうしてマスターが出るんだ。


『ひょっとして、留守番をしている私を気遣ってくださったのですか? 王子』

『それなら直接マスターの携帯に掛けますよ。ひょっとして、その携帯は家に置いたままですか?』

『はい。ところで、何かあったのでございますか? 王子……、王子……』


 僕は力なく電話を切った。

 カズラの携帯電話に用があって掛けるなんて、最初で最後かもしれないというのに……。そのたった一回が役に立たないとは、何のために買ってあげたのかわからない。


「主任はアザミを連れて、カズラを探しながら終点に向かってください。僕はもうしばらく、この辺りを捜してみますから」

「わかったわ。見つけたら電話する」


 まずは落ち着いて、はぐれる直前の交差点まで戻ってみる。

 携帯電話はなくとも、子供じゃないのだから取り返しのつかない事態にはならないだろう。とはいえ、警察のお世話にでもなると厄介だ。会話だけなら普通に日本人で通用するが、文字を書かされたら一発で怪しまれる。何しろ、筆記は未だに小学生レベルだ。


 周囲を見回しながら、ゆっくりと進む。

 そして、次の交差点まで進んでは立ち止まり、その場でしばらく待ってみる。カズラが着ていたのは真っ赤なコートだから目立つはずなのだが、なかなか見つからない。

 シータウでカズラを捜索した時の景色が、頭の中で重なる。

 名前を叫んでみようかとも考えたが、『カズラ』という名前でピンとくる追手が周辺にいないとも限らない。やはり、ここは目視に頼るしかないだろう。


「さ、捜したわよ……」


 声のする方を見ると、すまなそうに俯き加減で佇むカズラの姿があった。

 その言葉を言いたいのはこっちの方だ。だが、ひとまずはカズラの無事が確認できてほっと胸をなでおろす。すると、安心したせいかうっすらと涙が浮かんだ。


「ちょ、ちょっと悪かったわよ。心配かけたわね……」

「無事で良かったよ。さあ、みんなと合流しようか」


 右手を差し出すと、その手を無視して僕の左腕にカズラが右腕を絡める。

 驚いてカズラを見るとその上目遣いと視線が絡み、ドキリとさせられる。




「――恋人のいないあんたのために、ちょっとの間だけ彼女の振りをしてあげるわ。感謝しなさい」

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