第10章 主任の憂鬱
第10章 主任の憂鬱 1
主任に、異世界に行ってきた話は確かにした。
だが、僕が王子候補でアザミが王女だという部分は漏らさないよう、細心の注意を払ったつもりだ。なのに、どうして主任の口から王子という言葉が出てきたのか。考えたくはないが、『まさか』という言葉が頭をよぎる。
「あんた……、そんな大事なこと、軽々しく口にしちゃったわけ?」
「はあ、王子。それはさすがに軽率ではございませんか?」
「言ってない、言ってない。何のことやらさっぱりだよ」
カズラとマスターに責め立てられるが、身に覚えがない。
慌てて弁解するものの、二人は冷ややかな視線を投げかけてくる。全然信じてもらえていないようだ。
「え? 山王子くん、まさか本当に王子様なの?」
「ひょっとして主任、適当に言っただけだったんですか?」
「適当とは失礼ね。さっきそのおじさんが、アザミちゃんを王女様って呼んだでしょ? だったら、兄さまの山王子くんは王子様よね。って、つもりで言っただけよ」
僕の視線は、向きを変えたカズラの冷ややかな視線と合わさってマスターへと向かう。そして、さっき責められた腹いせに、わざと意地悪くマスターを責め返す。
「マスター、今も王子って言いましたよね。そういえば、タクシーの中でも口走ってなかったですか?」
「そうそう、言ってた、言ってた。今回のそもそもの発端といい、結局父さんが全部元凶なんじゃないのよ」
「王子に言われるのは仕方ないですが――」
「ほらまた!」
マスターは自重して口をつぐんだ。
指摘されたそばから『王子』という単語を漏らし、身体を小さくして恐縮する。本気で責めたわけではなかったのだが、さすがに父親ほどの年齢の人をしょんぼりさせてしまうと、罪悪感も半端ない。
いっそのこと、全部主任に話してしまおう。どうせここまでバレてしまったわけだし、秘密じゃなくなればマスターも気を使わなくて済むだろうから。
四年も前からの付き合いで、僕から話を聞くまでは異世界があることすら知らなかった。そんな主任が、今回の騒動にかかわっているはずもない。
「もう、ここまで来たら全部話すけど、いいよね?」
「あんたが信用できるって言うなら、あたしは異存ないわよ」
「王子に一任いたします」
「結局話すなら、もっと早く話せば良かったですね。兄さま」
時折マスターに補足してもらいながら、僕はここまでの経緯を主任に全て伝えた。
主任は初めの方こそ驚いたりもしていたが、元々異世界の話も受け入れてくれていたので、終わる頃にはビール片手に土産話でも聞いているようなリラックスムードだった。
「また今回も想像より上……っていうより、想像もつかない話を聞かせてくれるわね。もう、山王子くんが実は神だったとか言い出しても驚かないわ」
「でも、あたしたちの国じゃ、国王は魔力の凄まじさで神扱いされてるけどね」
「え? そんなに凄いの?」
「兄さまも、そんな扱いを受ける可能性は充分に秘めているんですよ」
またさらにプレッシャーが高まる。
そんなに凄い素質があるなら、軽く念じただけでも魔法ぐらい使えたはずではないのか……? ここまで期待されて人違いだったりしたら、自分のせいではないにしても、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「これで、この場の五人は秘密も共有したわけだし、この先どうなるかもわからないから、お互いに全員の電話番号を交換しておきますか」
各自、自分の携帯電話を取り出し、電話帳の画面を呼び出して登録の準備にかかる。
アザミとカズラは、やっと簡単な漢字を覚え始めた程度なので悪戦苦闘中。心配になって覗き込んでみたが、何とか平仮名で登録を完了する。ハラハラと見守り、成功を見届けて満足感を得る。完全に保護者気分だ。
そして、再び雑談に戻りかけたところに携帯電話の着信音が鳴り響く。この音はカズラか。タクシーの中で聞いたので覚えている。
カズラは画面で発信者を確認すると、一気に苦虫を噛み潰したような険しい表情になる。また通話を拒否するのかと思ったが、今回は躊躇しながらも電話に出た。
『なによ、よくもまあ図々しく電話なんて掛けてこられたものね』
どうやらユウノスケなのだろう。
相変わらずの冷ややかな口調とはいえ、タクシーの中に比べれば随分と溜飲は下がっているようだ。
『……あ、ちょっと待ってなさい』
「ねえ、これみんなに話を聞かせる方法はないの? 言い訳始めるみたいだから、みんなにも聞いてもらいたいんだけど」
スピーカー機能なんて教えた覚えはないが、よくぞ思いついたと感心する。
カズラの提案通り、みんなで聞けば後で伝える手間も省けるし、何より本当に言ったかどうか疑う必要もない。早速カズラの携帯電話をテーブルの上に置き、スピーカーボタンを押すと、全員で囲んで耳を傾ける。
『準備はできたわ。みんなにも聞いてもらうから、いい加減なこと言ったら承知しないわよ』
『り、了解っス……。今回は本当に申し訳なかったっス』
『お詫びの言葉なんて時間の無駄だから。そんなことより、とっとと言い訳を始めなさいよ』
カズラのこんな口調は珍しくも何ともないが、僕だけに冷たく当たっているわけではないと知って、少し嬉しくなる。
それにしてもこの言われようでは、できる言い訳もできなくなりそうだ。
『隠れ家を突き止めた方法は、このあいだ話した通りっスが――』
『そこから話しなさい』
『は、はいっス……。以前任務でこっちに来た時に、カズラ様の親父さんを見かけたんで、尾行して家をつきとめておいたっス。それで今回、カズラ様がこっちに来てるって聞いたんで、家を見張ってたっス。そこに現れたカズラ様から辿って、隠れ家を突き止めたっス』
『だから、様付けはやめなさいって言ってるでしょ――』
カズラは、顔を真っ赤にしてユウノスケを怒鳴りつける。
この赤面は怒りではなく、きっと照れからきているのだろう。
それにしても、マスターの前でユウノスケに自供させるとは、カズラもなかなかの策士だ。今回の襲撃の発端が自分の失態だった事実を突き付けられて、マスターはかなりしょんぼりとしている。
そして対照的に、カズラは満足気に笑みを浮かべる。
『――続けて』
『自分は、隠れ家は誰にもしゃべってないっス。でも、単独行動を許可されてたんで油断があったのも確かっス。アジクに監視をつけられてたことに気づけなかった、自分の落ち度っス』
『じゃあ王子の件はどうなの? 告げ口したのはあんたなんじゃないの?』
『あの方が王子だったなんて、あの場でアジクに言われるまで全然知らなかったっス。だって、カズラ様の近くに怪しげな男が付き纏ってると思ってたぐらいっスから……。でも、尾行して恋人がいるってわかったんで安心してたっスけど』
「はあ? 何よ、そんなの初耳なんだけど」
携帯電話に向かって話していたかと思ったら、カズラが突然こちらを睨みつけてきたのでびっくりする。そんな話は事実無根だが、周りを見回すと全員から疑いの眼差しを向けられていることに気付く。
「山王子くん、あなたって人は……」
主任も首を振りながら呆れている。
これで本日何度目だろうか。
カズラの叫び声はユウノスケにも届いていたようで、僕宛の言葉だったとは気付かずに、返答が携帯電話から聞こえてくる。
『でも、親しそうに夜の街へ消えて行ったっスよ。主任って呼んでたっスけど』
『そう、情報感謝するわ。信じる、信じないは別として言い分は聞かせてもらったわよ』
『いや……、信じてくれなんて言えねえっス。それに合わせる顔も、もうねえっス。でも、これだけは伝えておきたかったんで、それが叶って本望っス…………。それじゃ、さよならっス』
そこまで言うと電話は切れた。
あの現場を目撃されていたのか……。
カズラは笑っていない笑顔を浮かべると、僕と真っ赤な顔で俯く主任に交互に冷ややかな視線を移しながら、震えた声で静かに呟く。
「――さあ、お次はこっちの二人からも事情聴取が必要みたいね」
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