第3章 ゲートキーパーの贖罪 5
「外界に渡っても、神社を訪ねればモリカド一族に行き着く。
それは一族の者ならば周知のことですが、一族以外では国王のみに知らされる話で、まだ七歳の王子は知るはずもございません。なので、私の血脈魔法で暴徒からの危機は脱したものの、こちらの世界で王子と離れ離れになってしまい、消息不明となった次第です――」
きっと、カズラもこの魔法を使ったのだろう。
カズラが向こうの世界で消息を絶ったのは、モリカド家に伝わる血脈魔法に違いないとアザミは言い、そしてヘイスケの証言は、カズラを手籠めにしようと押さえつけていた男たち全員が、忽然と姿を消したと言っていた。
どちらの言葉も、マスターの話に照らし合わせれば全て説明がつく。
「――あの日以来、こちらの世界で王子の消息を追うのが私の贖罪となりました。そして何人か、その候補者を探し出しては向こうの世界へとお連れしたのですが、全て人違い。そして、今回探し出した候補者が山王子様だったというわけです」
マスターがそう締めくくって、王子失踪の顛末が事細かに明かされた。
一字一句聞き漏らさない迫力で、目を輝かせながら固唾を呑んでいたアザミとは対照的に、僕にはおとぎ話を読み聞かせてもらっているような感覚しかなかった。
長々と語ってくれたマスターには申し訳ないが、『へー、そんな出来事が』と、他人事にしか感じられない。それもそのはず、僕が王子だというのならば、これは僕自身の昔話でもあったはずだが、そんな記憶はどこにもないからだ。
「そんなわけで、アザミのお兄さんが消息不明になったのは、昔もちょっと話したけどこの人のせいなのよ。あの時は詳しく話せなくてごめんなさいね」
「ううん、そんな言い方したらダメだよ。詳しく教えてもらったお陰でわかった。カズラのお父様は、兄さまを救っていただいた大恩人じゃない」
「でも、未だ見つけたのは王子候補までよ。それでも救ったって言えるのかしら」
カズラの身も蓋もない指摘は、相変わらずの手厳しさ。
だが、そんな言葉にも心折れることなく、マスターは得意気に胸を張り、強気な態度でカズラに言葉を返す。
「だがな、カズラ。今回は自信があるんだ、ゲートキーパーの血がそう訴えかけている」
「ちょっと待って。この世界の言葉で格好良く言ったつもりかもしれないけど、父さんたちの仕事は界門監視人だからね。勝手に言い換えないの」
一瞬、違和感なく『ゲートキーパー』なんていう言葉を受け入れてしまったが、マスター独自の造語だったのか。なかなかの中二病ぶりかもしれない。
だがそれよりも、この自信は一体どこから来るのか。
ここまでは黙って話を聞いていたが、このままでは事実を捻じ曲げられ、王子にされてしまいかねない。そろそろ反論をしなければ。
「僕が王子だと思った根拠を教えてもらえますか? それに、さっきの話は僕には全然覚えがないんですが」
「山王子様は養護施設で育てられたのですよね?」
「ええ、確かにそうですけど……」
「公園で一人、泣き叫んでいるところを保護されたのだとか」
「ええ、そうです」
さすがに王子候補に選ぶだけあって、しっかりと調べているようだ。
その話を聞かされたのは、中学校に上がった時だっただろうか。経緯は忘れたが、『どうして僕にはお父さんやお母さんがいないのか』と尋ねたときの回答だったと思う。
「逆にお尋ね致しますが、その前はどんな生活をなさってましたか?」
「全然覚えてないですよ、そんな小さい時のことなんて」
「七歳だったら、ちょっとぐらいなんか覚えてるでしょ。良く遊んだ場所とか、あんたが住んでた家とか……」
そういうものなのだろうか。
僕の記憶は小学校の入学式以降しかないが、幼い頃のことなんて覚えていないのが普通だと思っていた。
両親の捜索もしてくれたらしいが、とうとう発見されずじまいで、親に捨てられたからに違いないという噂が周囲から漏れ聞こえてきた。だから、てっきりそれが真相なのだと思い込んでいたが、こんな話をされると自分の過去に自信がなくなってしまう。
「当時のことを調査したんですが、お名前を名乗られたらしいんですよ。『レオ王子』と……。それでお名前が『
――くっ……。
間髪入れずに聞こえてくる、笑いをこらえる声。
気持ちはわかる、とてもわかる。きっと自分だって耐えられたかどうかはわからない。そう、他人事ならば……。
だが、自分のこととなると一転黒歴史だ。『玲央』という名は、自分で名乗ったので決まったとは聞いていたが、名字の方も名乗っていたとは……。しかも『王子』と。
一瞬にしてこの世の全てがどうでもいいほどの倦怠感に陥る。穴があったら入りたいというより、穴があったら埋まってしまいたい気分だ。
「七歳だったんだから仕方ないですよ。むしろ、可愛らしいじゃないですか」
アザミは、フォローを入れたつもりなのかもしれない。その気持ちはありがたいが、今は何を言っても逆効果だ、お願いだからもうそっとしておいてくれ。
そう思ったが、アザミの言葉に気になる点を発見する。
「あれ? 僕が養護施設に入所したのは六歳の時ですよ。その年の春に小学校に入学したんだから、間違いないです」
「ちなみに、レオ王子の誕生日は二月二十六日でございました。山王子様の誕生日はいつでございますか?」
「二月九日ですが……」
「ちょっと、ちょっと。全然話が合わないじゃない。何が『今回は自信があるんだ』よ、ゲートキーパーとやらの血が訴えてるんじゃなかったの?」
カズラはこれ以上ないほどに、辛辣な言葉を重ねてマスターを責め立てる。
だが、その言葉に腹を立てるでも、意気消沈するでもなく、むしろその言葉を待っていたかのようにマスターは胸を張る。
「そう、それこそが王子捜索を難航させた、最大の原因なのでございますよ」
「え? どういうことですか?」
「年齢も誕生日も違うので、王子候補からは早々に除外しておりました。ですが改めて調べてみると、山王子様は名前以外は何も語られなかったために、生年月日は推定年齢と、発見された日付で決められたことがわかったのでございます。
二月九日というのは、向こうの世界に換算すると八月一日。まさに暴動の起こった日でございます。除外していた理由が、王子である理由に差し変わった瞬間と言えましょう」
マスターは堂々と、画期的な論文でも発表するかのように誇らしげに語った。
アザミも目を輝かせて拍手を送る。
確かにマスターの話は筋が通っているかもしれないが、言いくるめられた気分だ。だが、僕の反論の根拠は王子としての記憶がないというだけ……。これでは乏しい。せめて、当時の別な記憶でもあればと思うがそれもない。やはり、僕が王子としての記憶を失くしているだけなのか?
「ちょっと……、頭が痛いわ。それって父さんの情報精査不足なだけじゃないのよ」
「それでも、外界で兄さまを見つけ出したんだから、カズラのお父様はすごいよ。ねぎらってあげなきゃ可哀そうだよ」
「確かに余計な時間を費やしてしまった。しかし、捜索範囲も狭くはなかったんだ、理解してくれ、カズラ……」
もう三人の中では、王子がついに発見されたことになりつつあるが、僕にはまだ納得の行かない理由がある。それにこのままでは、一国の王子という重責を背負わせられかねない。
「盛り上がってるところすいませんが、僕が王子なら向こうで魔法を使えたはずじゃないですか。何度か試してみましたが、全然ダメでしたよ」
「確かに。そうでしたね」
せっかくの捜索完了を台無しにしてしまうのは申し訳ないが、王子候補を逃れるためにもそう簡単には引き下がれない。マスターの方を見ると、腕組みをして考え込んでいる。さすがにこの反論には、考えを改めないわけにはいかないだろう。
だが、やがてマスターは閃いたように目を開く。
「――まだわかりませんよ。レオ王子」
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