第14章 それぞれの想い 4

「――明日はいよいよ運命の日だからな。今日は早く寝ようぜ」


 ケンゴがそう言って消灯してから、結構な時間が経ったというのに緊張からか眠れない。よく小学校の遠足前日に例えられるが、小学生の頃なんて寝付けないと言いながらもいつの間にか眠っていた。だが大人になった今は、寝付けないとなったらそのまま朝を迎えてしまう。

 ケンゴぐらい人生経験を積めば、これほどの一大イベントにも動じずに眠れるようになるのだろうか。そう考えると、社会人になったとはいえ僕はまだまだダメだ。明日の段取りを再確認しては目が冴え、みんなとの思い出に浸っては目が冴える。

 そして、考え事をしていると今度は体勢が気に入らなくなり、落ち着く体勢を探すために寝返りを繰り返す。

 いつまで経っても落ち着けずにいると、背中の方から声が掛かる。


「眠れないですか?」


 真ん中にアザミ、両側を僕とケンゴで挟んで川の字になっているが、隣のアザミも眠れずにいるようだ。僕だけじゃなかったという連帯感に安堵して、少し落ち着きを取り戻し、アザミの方へと寝返りを打って向きを変える。


「とうとう明日だと思うと……やっぱりね」

「お前ら、早く寝ろって言っただろ」


 アザミに話し掛けたはずなのに、ケンゴの野太い言葉が返ってきて身をすくめる。

 気を使って小声で話したつもりだったがこれ程の近距離だ。やはり迷惑だったか。


「すいません、起こしちゃいましたか」

「いや、正直言っちまうと俺も眠れねえんだ」


 十年ぶりに自分の家に帰れるかもしれないのだから、当然か。

 やはり、普段冷静なケンゴでも緊張で眠れなかったりするんだなと、再び連帯感が湧く。


「私……ケンゴさんの家にご厄介になって、本当に大丈夫なんですか?」

「心配すんなって。うちの娘、姉妹欲しがってたからな。逆に喜ぶんじゃねえかな」

「それって、娘さんいくつの時の話ですか?」

「十年前だから……七歳かな」


 そんな昔の情報を当てにして良いのだろうか。

 七歳と言えば小学二年生ぐらいか。その頃の気持ちを、そのまま十年間持ち続けてるとは考えにくい。そもそも、ケンゴの家庭がどうなっているのかも心配だ。一家の大黒柱を突然失って、奥さんは十年間ケンゴのことを待ち続けているのだろうか。娘だって七歳で父親と別れたら、どれだけ覚えているのか怪しい。

 しかし、いよいよ明日帰れるというこんな時に、そんな悲観的な話で水を差すのも無粋過ぎる。明るい話題にしなくては。


「娘さん、可愛かったんですか?」

「女房に似てたからな。きっと今頃は、学校でモテまくってるぜ。ああ、でもそれはそれで心配だな、ほどほどで良いや」


 アザミの問い掛けに、ケンゴは嬉しそうに答える。親バカという奴だ。

 暗い上に、隣のアザミのさらに向こう側で横になっているケンゴの表情は確認できないが、間違いなくだらしない顔になっているだろう。


「心配で仕方なくなってきたんじゃないですか?」

「そりゃもう、十年間ずっと心配してるぜ。お前さんみたいな頼りない男に付き纏われてるんじゃないかってな」


 害虫扱いのひどい言われようだ。

 だが、今の自分じゃケンゴの言葉を否定できない。言い返すには自分自身を変えて見せるしかない。


「僕だって、これから頼れる男になってみせますから」

「なんだなんだ、うちの娘狙ってやがんのか?」

「会ったこともないし、向こうとこっちで世界も違うのにどうやって狙うんですか」

「ハッハッハ、冗談だ。目の前でカズラちゃん攫われて何も感じないわけねえよな。同じ過ちを繰り返さないためになってみせろよ、頼れる男って奴に」


 質の悪い冗談かと思えば、今度は心に響く言葉をぶつけてくる。本当にケンゴは掴み所がない。


「なれますかね?」

「大丈夫だ。初めて出会った時に比べたらちょっとずつだが変わってきてると思うぜ。後はお前さん次第だ」

「頑張ってくださいね。応援してますから」


 応援されるような事柄じゃない気もするが、励まされて悪い気はしない。

 アザミが再び帰ってくる日がやってきたら、そのときは頼り甲斐のある男として出迎えてやりたいと心の中で意気込む。そしてそれは、カズラへの贖罪でもある。


「お前さんはこれ以上、俺のようになってほしくねえからな」

「ケンゴさんは僕と違って頼れる男じゃないですか」


 ケンゴは頼り甲斐があって自分の目標とまで思っている。それなのに、『俺のようになってほしくない』とはどういうことなのか。

 熱くなる僕とは対照的に、静かに呟くようにケンゴが語り出す。


「人並みに稼いで、結婚もして、娘も授かった。そして小さいながら家も建てた……。これからが家族を守って行くための大事な時期だったってえのに、俺はこっちに飛ばされちまった……」

「でも、それは事故じゃないですか」

「そんなことがあったんですね……」


 アザミには初耳だろう。彼女も深刻な話の始まりに、寝返りを打ってケンゴの方へと身体を向けた。


「いきなりの消息不明じゃ、残された者にとっちゃ事故に遭ったのか、それとも逃げ出したのかもわからねえだろ。守るべき人を守れなかったって意味じゃ、お前さんと一緒なんだよ」


 なるほどそういう意味か。

 僕がカズラを守れなかったのは完全に僕自身の力不足だった。しかし、ケンゴは不可抗力だ。だが責任が重かろうが、軽かろうが、守るべき人を失えばその後悔に違いはないということか。


「でも、やっと明日帰れる。やっと家族を守ってやれる。今までの時間を俺は取り戻すからよ、お前さんもこれ以上大切な人を守り損なわないように頑張るんだぜ」

「はい、肝に銘じます」


 明日元の世界へ帰るケンゴから、僕宛てのメッセージとして心に刻んだ。

 そしてケンゴは照れくさそうに、二人に背を向ける。




「――長話しちまったな。今度こそ寝ろよ、明日は本番だぜ」

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