第15章 闇の中へ 5

 ――何が起きたんだ。


 状況が飲み込めない。

 そこへ本殿内の右手から、ぬっと黒装束に身を包んだ大柄な姿が現れた。

 こいつがケンゴを吹き飛ばしたのか。だとすればケンゴの身体が心配だ、あの勢いで壁に叩きつけられたのならひとたまりもない。

 だが迂闊に近寄ることもできない、あれはきっと魔法だろう。向こうの服では防魔服の代わりにはならなかったということか。それならば、このまま飛び掛かってもケンゴの二の舞だ。


「目的の一つは達成した。だが、本当の目的はこれからだ。きっと来ると信じていたよ」


 現れた大柄な黒装束は、頭巾を外しながらそう言った。

 露わになった顔を見て、アザミが声を上げる。


「ロニス伯父様……」


 やはりこのいで立ちといい、今回の襲撃もロニスの仕業か。

 もはやこの黒装束は、こいつらの制服のようにすら見えてくる。しかし、この男は妙なことを口走っていた。敵に聞くのは癪だが時間もない。


「なんで、僕たちがここへ来るってわかったんだ」

「鶴がね……、教えてくれたんですよ」


 そういってロニスは懐へと手を伸ばす。

 クイズなどやっている場合ではない。だが、ロニスが取り出した物を見た時、目の前が真っ暗になった。


 ――折鶴。


 またしても僕のせいか。

 カズラの誘拐といい、今回といい、みんなに多大な迷惑を掛けるのは決まって僕だ。だが反省は後でいくらでもする、今はこの場面を切り抜ける方法を考えなくては……。


「ロニス伯父様、どうしてこんなことをするんですか。小さい頃は遊んでくれたり、とってもお優しかったですよね。それに伯父様は魔力がなかったのでは……」

「私は生まれた時から、王族としては普通の魔力を持っていたよ。それをないことにしたのは私の父、そしてお前の祖父だ」


 アザミの様子を見るに、この男は根っからの悪人ではないということか。だが、人なんていくらでも変わる、今でも良心を持っているかなどわかりはしない。


 ロニスが右側に気を取られる。

 気を失っていたケンゴが意識を取り戻したといったところか、死角になって見えないのがもどかしい――。


「この野郎!」


 ケンゴの力強い声が耳に響いた。

 それと同時にロニスは、ケンゴの声が聞こえた方に身体の向きを変え、右手を突き出して魔法を撃ち込もうと構える。これはチャンスとアザミの手を掴み、ロニスの背後を二人ですり抜けようと突進する。

 こちらの動きも気づかれたようで、横目をこちらに向けたロニスと目が合う。

 だが、同時に両方に向けて魔法など撃てやしないだろう。

 ロニスの真後ろを通り抜け、本殿へと足を踏み入れる――。


 全身が痺れたと思った瞬間、目の前に壁が迫る。

 壁に叩きつけられるほどの勢いではなかったが、最初にケンゴが弾き飛ばされたものと同じ魔法だろうか。

 なぜだ。

 ロニスはケンゴの方を向いていて、こちらには手は向けていなかったはず……。咄嗟にこちらに攻撃を切り替えたというのか、それならそれでケンゴが飛び掛かっているはずだ。そう思って顔を上げると、部屋の反対隅にケンゴが転がっている。三人まとめて弾き飛ばしたのか。


 ロニスは左右に分かれた僕たち両方を視界に入れるためか、部屋の中央近くまで後退する。入り口左手隅にケンゴ、右手隅に僕とアザミ、そして部屋の中央辺りにロニス、三角形を形作ったまま膠着している。

 ケンゴと距離を開けた今の状況では作戦も立てにくい、合流しようとアザミの手を取って立ち上がろうとする――。


 が、突然米俵でも乗せられたような重力を感じ、耐え切れずに膝を折る。頭を上げることさえままならない。そして、アザミやケンゴも同じ状況のようだ。

 

「弟には到底敵わないんだがね。それでも王族の魔力というのは、圧倒的なものなのだよ」


 右手はケンゴへ、左手は僕とアザミに向けられている。二方向に向かって魔法を撃つなんてこともできるのか。魔法に関して多少の知識を持ったつもりでいたが、こんな場面に遭遇するのなら、もっと詳しく教えてもらっておくべきだった。


「ナデシコ、君はさっきどうしてこんなことをするのかと聞いたね。この国のためだよ、今の国王、君の父にこの国は任せられない」

「王位の継承権なら……私にはありませんよ。だって、私には魔力はありませんから。……成人式典がくれば、嫌でも明らかになることです」

「ああ、この間の戦いぶりを見て確信したよ。だがな、もう後戻りはできない。それに、まだ私を欺いている可能性も否定できない」

「そんな……」


 のしかかる重みの中、やっとの思いで発したアザミの言葉も、ロニスの耳には届かない。

 アザミが俯いているのは、ロニスの魔法のせいだけではないだろう。

 自分の言葉を信じてもらえなかったこと、権力のために人道を外れる伯父、色々な感情が交錯しているに違いない。


 どれほどの時間、この苦しい体勢を強いられているのか。

 極度の緊張状態に時間の感覚も麻痺してしまっているが、界門が消えるまでもう数分しか残されていないだろう。

 左手を僕とアザミに向けながら、ロニスがジワリと詰め寄る。

 右手の先にいるケンゴの様子も時折伺いながら一歩、そしてまた一歩と慎重にこちらに迫る。




「――君達に罪はないがこの国のためだ、せめて苦しむことなく一思いに送ってあげようじゃないか」

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