第4章 美味しい物は人を笑顔にする 2
「…………」
賑わう街とは対照的な、カズラの沈黙。
こんなのはカズラじゃない。と言えるほど、彼女のことを知っているわけじゃないが、どうにも不気味だ。
罵倒されるのが好きなわけじゃないが、そっちの方がよっぽど対処しやすい。
「わざとじゃなかったんだし、もういいじゃない。許してあげてよ、カズラ」
「…………」
カズラの様子はどんなものかと、アザミに目で訴えかけるが、首を振って返す。
本人は許しているのに、親友が許さない。ありがちなパターン。
あの後は本当に誠心誠意謝った。もう気にしてないかはわからないが、アザミからはわだかまりを感じない。
だが、一向に許してくれる気配を見せないカズラ。目撃した着替えシーンは、カズラのものではないというのに……。
様々な店が立ち並ぶ大通り。所要時間は、ケンゴの家から徒歩で三十分ほど。
細かい道が多くて道順は覚えていないが、ここへは昨日来た記憶がある。
看板は相変わらず読めないが、店の種類も豊富そうで、大抵のものはここらで買い揃えられそうだ。そしておあつらえ向きに、女性向けの服屋も目の前にある。
「とりあえず、大至急でお嬢さん方の服を選ばないとな。さすがに女物は貸してやれねえから、まずはここで一着買って、すぐに着替えな」
「わかりました。行こう、カズラ」
「…………」
カズラの手を引きながら、足取りも軽く店内へと入っていくアザミ。
足取りは軽くないものの、拒む様子はないカズラ。
連れ立って店内へと、二人仲良く消えていく。
ため息交じりにそれを見送ると、僕たちは店の外で待機。やはり、女性向けの店というのは敷居が高い。
「はぁ…………」
「ほんとにお前らは楽しませてくれるな。お前さんもラッキーだったじゃねえか」
「そりゃ、あの一瞬はラッキーだったかもですけど――」
思わず頭に浮かぶ、芸術的なアザミの後ろ姿。
だがここは、天下の往来。不謹慎な妄想で、だらしない顔を晒してはいられない。
慌てて首を振って、イメージを掻き消す。
「――今の状況見てても、そんなこと言えますか?」
「とりあえずあの二人には、ここら辺での流儀って奴を教えてやったらお別れだろうし、いつまでも引きずってんじゃねえぞ」
ケンゴが笑いながら背中をはたく。
『しゃんとしろ』と気合を入れたつもりかもしれないが、思った以上の力強さだ。
その勢いで二、三歩ふらつき、思わず咳き込む。
それを見兼ねたケンゴが、ため息交じりに、さらに声を掛ける。
「おいおい、大丈夫か? ほんとにお前さんは見てて危なっかしいな。これじゃ安心して帰れねえぜ」
なんだかもう、帰る方法も見つけていて、いつでも旅立てそうな口ぶり。
だが何かの拍子に、そのチャンスが訪れないとも限らない。そう思うと、考えさせられる言葉だ。
あの二人は服装から察するに、良家のお嬢様。住んでいた土地柄は違えども、この世界の住人。地域のしきたりにさえ馴染めば、きっとどこでも暮らしていける。
それにひきかえ、放り出されたら野良犬のような生活が待っている僕。
所持金もなければ、文字の読み書きもできない。このままではきっと、ケンゴの心配はいつになっても尽きない。
いつでも気持ちよく送り出せるように、少しは甲斐性を持たなくては。
「見てて下さい。きっと頼れる男になってみせます」
「お、おう。頼むぜ……」
そこへちょうど二人が、タイミングよく……帰ってはこない。
窓越しに時折チラチラと覗いてみるが、良くわからない店中の様子。とはいえ、窓にへばりつけば、たちまち不審人物。
結局、店の外でおとなしく待つ、男二人。
特に、予定が詰まっているわけではない。だが、いつまでかかるかわからない時間というのは、途方もなく長く感じる。
さすがに、そろそろ苦痛に感じてきた。
「女の買い物は、どの世界も長げえな。女房の買い物に付き合わされた時を思い出すぜ」
ケンゴが苦笑いしながら呟く。どうやら、同じ苦痛を感じているらしい。
ふと頭をよぎる、寂しさに包まれながら昔話をしていた、昨夜のケンゴ。
だが、今のケンゴにそれは感じない。むしろ再会の希望に燃えている感じだ。
「――お待たせしました。どうですか? おかしくないですか?」
「…………」
「ほら、カズラも見せびらかすの」
「ちょ、ちょっと……」
やっと帰ってきたかと思うと、はしゃぎ回るアザミ。
街行く人々が着ているこの庶民服が、彼女には逆に目新しいようだ。嬉しそうに、くるっと回ったりして見せびらかす。
さっきまで着ていた、人目を引く上質の服は確かに窮屈そうで、いやが上にも行動が制約され、おしとやかな雰囲気を醸していた。
それが打って変わって、軽やかに、開放的に振る舞う彼女。
今までとは違った、新たな彼女の一面を垣間見た気がする。
対照的に、難しい表情のカズラ。
庶民服の着心地が良くないのか。それとも今なお、機嫌の悪さを引きずっているのか……。
さっきまでの服の方が似合っていたのは間違いないが、この質素な雰囲気のカズラも悪くはない。
「二人とも似合ってますよ」
「ほんと? ありがとう」
「貧乏くさい方がお似合い。って、言いたいわけ?」
両極端な反応。
少しは機嫌が直れば、という期待がなかったわけでもない。でも、素直にポジティブな感想を述べたつもりだ。それなのに、カズラに対しては逆効果になるなんて。
そこへ頭を掻きながら、割って入るケンゴ。
やれやれ、仕方ないという素振り。
「こんな質素な服でさえ着こなしてしまう、お二人の美しさに脱帽です。そういう意味だったんだろ? なあ、カズト」
「え、ええ……まあ、そんな感じです」
「どうだか」
なんて口の上手いおやじなんだ、ケンゴは。
だが、全力でそのご機嫌取りに乗っかる。
もちろん、カズラも本気で信じたわけではないだろう。でも、その少し緩んだ表情を見ると、悪い気はしていないようだ。
「でもな、前の服じゃ目立ってしょうがねえ。札束をぶら下げて歩いてるようなもんだったからな。まあ、気に食わねえだろうが、そいつで我慢してくれや」
「しょ、しょうがないわね。アザミも我慢してよね」
「え? 私はこれ、気に入ったよ。とっても動きやすい感じで」
満足そうな笑顔のアザミ。本当に気に入っているらしい。
そしてケンゴのお陰で、カズラの機嫌も直ったようだ。
その証拠に、二軒目の服屋へはカズラの方が率先して入って行く。
「――アザミ、もう一軒覗いてみるわよ」
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