第4章 美味しい物は人を笑顔にする 3

「この国の名前は、ヒーズル王国でいいんですよね?」

「お、一昨日来たばっかりでよく知ってんな」

「それと、この辺はシータウって言うんでしたっけ?」


 二軒目に消えた二人を待つ間、ちょうどいい機会だとこの世界の話を聞いてみる。

 ここでこの先も暮らしていくのだから、もっと知識を増やさなければ……。


「ああ。この辺りはシータウ、貧民街のダウンタウンだ。西の方へ行くに従って暮らしぶりが良くなって、さらに西にある王都は貴族やら上流階級が住むマテシュタっていう街だ。あいつらはそこから来たんじゃねえかな」

「覚えときます」

「で、シータウとマテシュタを結ぶ街道周辺がこの国の中心だっていう話だ。街道を十キロも外れると田園地帯になるらしいが、治安の行き届かねえ物騒な所なんだとよ。わざわざそんな場所に行く気もねえから、本当かどうか知らねえんだがな。ハッハッハ」

「え、知らないんですか? 真面目に聞いてたのに……」

「でもな、これだけは覚えとけ。この国の特徴っていやあ、とにかくだ」


 『魔力絶対主義』という重い言葉の響きに、思わず身構える。

 そして、頭に浮かんだのはチョージの言葉だ。


「それは確かに言われました。『この世界は魔力が強い人が偉いんだ』って」


 まだ、魔力の有無で目立った差別や迫害を受けたことはない。

 だが、この世界に来てまだ二日目。そして、まともな会話をした人物なんて、数えるぐらいしかいない。そんな中で、再び耳にした似た意味の言葉。

 となれば、警戒せざるを得ない。一体どれほどのものなのかと。


「だから、西に行くほど階級が上ってえのは、そのまま魔力にも当てはまる。王宮を頂点に、東に行くほど魔力が乏しくなっていって、ここシータウはその最果て。魔法が使えねえ落ちこぼれが行き着く、吹き溜まりみてえなもんよ」

「でも、昨日会った人は魔法使えましたよ」

「みんながみんな魔法を使えないわけじゃねえ。でも、魔法を憎むとまでは言わねえが、ここに住んでる奴は魔法に良い印象は持ってねえな」


 要するに格差社会。

 日本にいた時も学歴、家柄、資産……と、様々な格差があった。それがこの世界では魔力で判断されるというわけか。

 認めたくはないが、魔法を使えない自分は最底辺。先が思いやられる。


「じゃあ、魔力がなければ成り上がることはできないんですか?」

「無理だな。だが、逆はちょくちょくあるぜ」

「逆って言うと?」

「魔力は親から子へ、遺伝で受け継がれていくらしい。だがな、たまに魔力を持たずに生まれて来ることもあるらしいんだ」

「両親が魔力を持っていてもですか?」

「ああ。そうなると、いくら名門貴族の長男だったとしても家は継げない。ひどい家になると絶縁だ。そんな奴がこの辺りにはゴロゴロしてるぜ」


 それだけのことで絶縁なんて、どうにも信じ難い。

 どうして、そんな理不尽なことが起きるというのか。


「魔力がないっていうだけでそんな目に遭うなんて、おかしくないですか?」

「本当は禁止されてるんだが、未だに貴族同士の揉め事は決闘になるらしくてな。それも魔力勝負で決着をつけるのが伝統らしい。だから当主に魔力がなけりゃ、決闘を申し込まれても受けることもできずに、一族もろともが恥を掻くってわけだ。そんな理由らしいが、まあ庶民にゃ関係のねえ話だな」


 目の当たりにしたわけではないので実感は湧かないが、何やら物騒な話だ。

 だが、チョージが去り際に励ましの言葉を掛けてくれたのも頷ける。要するに同情心ということか、魔法が使えないことに対しての。


「でもな、ひどい話ばっかりでもねえぜ」

「というと?」

「魔力は持ってなくても遺伝子は受け継いでる。だから、そいつの子供がまた魔力を持って生まれてくるってえこともある。そうなりゃ復権だな。もちろん魔力で身分が買える訳じゃねえから、努力は必要だが……。まぁ、異世界から来た俺達にゃ、関係ねえ話よ」


 そう締めくくられてしまうと、身も蓋もない。

 それにしても、現地人と言われても疑わないほどの、ケンゴの流暢な解説。十年という歳月の重さか。

 ケンゴも初めてこちらに飛ばされた時は、きっと今の僕と同じ境遇だったはずだ。ということは、このままここで生活していれば、ケンゴのように馴染める日がくるということか。

 ならば、今は吸収するとき。この世界の知識を深めるために、さらに質問を浴びせる。


「そういえば昨日、名前を――」

「待たせたわね」


 質問の声を掻き消すカズラの声。

 二軒目の買い物は、あっという間に済ませて戻ってきた。

 暇を持て余していたさっきはちっとも帰ってこなかったくせに、話が盛り上がってくると邪魔をされる。全くもってタイミングが悪い。


「遅くなりました。ちょっと買い過ぎちゃったかな」


 そう言って照れくさそうに舌を出すアザミ。

 紙袋を四つ、疲れたとばかりに路上に下ろす。

 そこにさらに四つ、カズラの買い物袋が追加された。

 この荷物を持たされるのは目にみえている。『男なら荷物ぐらい持ちなさい』というカズラの言葉を聞く前に、たまには率先して行動してやるか……。


「何すんのよ! 変態、触んないでよ!」


 突然の罵声にびっくりして、思わず手を引っ込める。

 先回りが裏目、きっとカズラとは運命的に相性が悪い。


「荷物持ってくれようとしたんだよ。そんな言い方したら可哀そうだよ」

「わ、悪かったわよ。でも、これは自分で持つわ」


 アザミのフォローで少しは救われた。

 どうやら持とうとした荷物には、持たれたくない物が入っていたらしい。きっと、下着とかの類だろう。本当に女性の扱いは難しい。


「ちょっと疲れたから、どこかで一休みしましょう」


 僕ら男二人は何もしていないから疲れていない。いや、待ちくたびれたか。

 自分たちの買い物だけはさっさと済ませて、次は休憩。やれやれ、わがままなお嬢様だ。

 まあ休憩の後は、いい加減に僕の服を選ばせてもらうとするか……。




「――休憩の後は、靴を見に行くわよ。アザミ」

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