セルリアン・ハンターズ

ゆきまる

第1話 なぞのセルリアン

「また、犠牲者が出ました!」


 群れに戻ってきた、まだ若いフレンズが息を切らせて皆に伝える。


「これで三人目、今度はだれだ!」

「ブチハイエナ。水飲み場近くで動物に戻っているのを見つけた」


 犠牲者をよく知るものたちが沈痛な面持ちを見せる。


「あれほど単独行動のときは気をつけろと言っておいたのに……」


 群れを率いるリーダーが苦々しげにつぶやいた。

 ここ一帯は彼女が率いる、『オオカミ連盟』のナワバリである。


「どうしますか、リーダー? これ以上の犠牲者はグループの存続に……」


「わかってる! これまで以上にパトロールを強化して警戒を密に! これ以上の犠牲は絶対に許さない!」


 怒りに満ちたリーダーの声。その迫力に他のメンバーは威圧され、何も言えない。


「リカオン!」


 群れの一番外側にいた、まだ若いメンバーの名前を叫ぶ。

 呼ばれた方は突然のことに驚いた表情を浮かべる。

 大きな耳に灰色の髪。迷彩柄のアンダーウェアに白いシャツで身を包んでいた。


「は、はい!」


 すぐに返事をして、リーダーのもとへ近づく。

 間近に見た相手の様子は触れればすぐにも爆発しそうだった。


「まだ、この周辺にセルリアンが潜んでいるかもしれない。すぐにパトロールを開始しろ。敵がどこからきて何者なのか一刻も早く、明らかにするんだ!」


 命令は火急で内容はとても難しい。正直、ひとりでどうにかなるとは思えなかった。

 ここしばらく、オオカミ連盟のナワバリでは謎のセルリアンによる襲撃が相次いでいた。敵が一匹であればグループのメンバーがやすやすとやられることはない。逆に複数のセルリアンが発生していれば、いやでも目撃情報が多数から挙げられるだろう。

 しかし、今度の場合は他のフレンズが発見、もしくは救出する間もなく、サンドスターを奪われてしまうのだ。一体、どうすればこれほどスムーズにフレンズを動物化し、姿と行方をくらますのか皆目、見当がつかない。

 そうしているうちに二人目の犠牲者が現れ、いままた三人目が襲われた。

 このままでは群れを維持することはおろか、ナワバリさえ諦めてしまわなければならない。事態はそこまで逼迫ひっぱくしていたのである。


「で、でも、わたし……。お昼にも巡回しました。それに、もうじき日が暮れる時間ですけど」


 少しだけ躊躇したように意見する。


「だからどうした? これは群れ全体の問題なんだぞ。ハイエナまでいなくなってしまった以上、パトロールのメインはお前だ! それでもこの、『オオカミ連盟』のメンバーなのか!」


 激しい叱責に思わず首をすくめる。

 リーダーの言い分はよくわかる。それに彼女の立場ゆえ、いまは群れの団結を引き締めるために、あえてつらく当たっている事情も理解できた。

 でも……。


「わかったのか、リカオン!」


「あ……。はい、ごめんなさい」


 結局は素直に頭を下げた。何より自分は群れの中ではもっとも経験が浅いメンバーである。上に立つ者の苦労など微塵もうかがい知れない。ならば、黙々と指示に従うことしかできないのだ。


「では、いけ! くれぐれも怪しいやつを見逃すな!」


「オ、オーダー。了解しました……」





 リカオンが薄暮のさばんなに向かって走り始める。

 暮れていく大地には夜行性の生き物が次第に動き始めていた。

 このどこかに、なぞのセルリアンが隠れているかもしれない。

 そう思うと急に身震いがした。いくら遠目が利いて長い距離を走り続けられるといっても、所詮はひとりの力などたかが知れている。

 だからと言って自分としては与えられたオーダーを忠実にこなすことでしか群れに貢献できない。

 時には理不尽に思う気持ちがないわけではない。それでも群れの掟とリーダーの命令は集団にとって絶対なのだ。


「あれ?」


 薄らいでいく大地の彼方。揺れる景色の果てに何かを見つけた。

 すぐにブッシュの中へ身を沈める。存在を気取られることなく、観察対象が何者であるのかをじっと探った。

 判明した数はふたつ。歩いて移動しているようなので、おそらくはフレンズだろう。歩き方も歩くリズムも見覚えはない。

 かすかな光の中でこそ最大の力を発揮するリカオンの偵察能力。その冴えは、さばんなはおろか、いかなる場所にあっても他の追随を許さない。


「ど、どうしよう……」


 相手の数と、いかなる存在かを把握した瞬間。リカオンの中である種の葛藤が生まれた。いますぐ群れに戻って怪しい二人組の発見を伝えるか、それともさらに相手の正体をつまびらかにするべきか?

 下された命令をいま一度、心に思い返す。


『敵がどこからきて、何者なのか一刻も早く、明らかにする』


 だとすれば、自分が為すべきことは明白だ。

 風下に身を移す。

 そこから、さらに相手の様子を探るよう少しづつ距離を詰めていく。

 慎重に、慎重に……。

 決して存在を気づかれないように息を殺して機をうかがう。その時だった。


「え?」


 並んで歩いていた連中が、いきなり二手に分かれて駆け出した。


「な、なんで……?」


 草むらから顔を出し、相手の動きを目で追いかける。

 右へいった方が明らかに素早い。判断を下すまでは一瞬だった。左を追いかけていく。きっと早い方は陽動、もしくは逃走と考えた。

 リカオンからすればドタドタと大きな足音を立てながら移動する、なぞの逃亡者。後ろ姿を追いかけて、さばんなを走り続けた。

 しばらくして相手の足が止まる。呼応して一緒に行き足を緩め、身を低くした。なぞのフレンズはキョロキョロと辺りを見渡している。


「だ、大丈夫かな」


 こちらの潜伏場所はバレていない。勢いに委ね、さらなる偵察を行なう。

 手にしているのは大型の打撃武器。明らかに戦闘を得意とするタイプだろう。先ほどの動きからも元はかなりの大型動物だったはずだ。自分などでは到底、太刀打ちできない。

 ここまでわかれば十分。これ以上の詮索は下手を打てば生命に関わる。

 ゆっくりと後ずさりを始め、深まりゆく夜に乗じた。

 逃げ出そうとして中腰の体勢を取ったとたん、相手の動きが変わった。

 なぜだか、こちらに向って走り始める。

 

「どうして?」


 つぶやいた瞬間、背後に凶悪な殺気を感じた。


「な、なんで! いつの間に……」


(どうしてこうなった?)


 考えるいとまもなく、包囲網がどんどん狭まっていく。こうなっては、なりふり構わずに逃げようと決意した。

 全力で駆け出すために大きく足を伸ばした刹那。足元を払う何かが地を疾走はしり、バランスを失った。


「うわああああ!」 


 もんどりを打って大きく身体が転倒する。背中から地面に叩きつけられて息ができない。急いで立ち上がろうと腕に力を込める。その時、目の前に突きつけられた竿状の武器に気がついた。


「ごめんなさいね。ケガはなかったかしら?」


 優しそうな声が聞こえてくる。

 そう言って顔をのぞき込んできたのは、長いオレンジ色の髪を後ろでまとめたフレンズだった。とりあえず声にはならない息を吐き、コクコクと頭を縦に振った。


「そう、よかったわ」

「あ、あなたは一体……?」

「わたしはキンシコウ。事情があって、あちこちを旅しているのよ。あなたは、この辺りをナワバリにしている子なのかしら?」


 旅人……。言われてみれば、さばんなでは見たことのない奇抜な格好をしている。

 身体を覆う白いボディスーツに髪色と同系統のロンググローブ。脚には太ももまで隠すほどのニーソックスを履いている。


「わたしはリカオン……。さばんなちほーをナワバリにしている、『オオカミ連盟』のメンバーです」

「そうなの? だったら、ちょうどよかったわ」


 キンシコウがこちらの正体を確かめてから構えた武器を収める。

 すぐに差し出された細い手。それを手がかりにリカオンはようやく立ち上がることができた。吹き抜ける風にキンシコウの髪が揺れている。

 ここに至って理解した。先ほどの行動は、ひとりが風上に向かって動き、こちらの注意を引きつける。その間に、もう一方が大きく迂回をして風下から接近してきたのだ。

 ふたりの行動は絶妙なチームワークによって生み出されたものだ。自分ひとりでどうにか出来る手合いではなかった。


「キンシコウ! うまくいったかー?」


 遠くから、もうひとりのフレンズが駆け寄ってきた。

 濃い灰色の髪とアンダーウェア。上半身を飾る白いシャツ。

 だが、何よりも特徴的であるのは手にした凶器のまがまがしさ。

 それひとつで彼女が歴戦の猛者もさであると確信できた。


「おつかれさまです、ヒグマさん。こちらはリカオンさん。『オオカミ連盟』の方だそうですよ」


 キンシコウの紹介に小さく頭を下げてヒグマの方を向いた。


「お前がさっきの追跡者だったのか? わたしたちに気づかせもせず、あそこまで近づくとは、さすがに驚いたよ……」


 正体を探られていたことなど歯牙にもかけず、リカオンの手腕をほめちぎる。


「ど、どうも……」

 

 だが、声をかけられた方は、まるで正反対の印象を受けていた。

 あの距離で気づかれたということは、それより近づけば、いまのように為す術なくやられてしまう。

 リカオンにはわかっていた。自分には一撃で敵を粉砕する力も一息に相手の喉を食いやぶる牙もない。あるのはただ、どこまでも相手を追いかけていく走力と、暗闇にも目標を見失わない両目だけだ。ひとりでは決して戦えない。


「ちょうどよかった。お前たちのリーダーのところへ連れて行ってくれないか?  わたしたちは図書館から派遣されたパークの管理者なんだ」


 パークの管理者。

 そのような立場のフレンズが、なんの用事があるというのだろう。


「あの? あなたたちは一体……」


 さすがに、こうまで怪しいふたり連れをハイ、そうですかと素直にナワバリまで手引きするわけにもいかない。少なくとも、ここへ来た理由と目的が明確にならない限り……。


「おっと、こんな偉そうな言い方じゃ何も伝わらないよな。わたしたちはハンターだよ。皆からは対セルリアンの専門家と呼ばれてる。だから来たんだ。なぞのセルリアンを倒すために」


 ヒグマは得意げに語ってキンシコウの横に並んで見せる。

 ウワサには聴いていた。パークにはセリアンと戦うことを使命とする特別なチームがあると……。それが彼女たちだった。

 この日、リカオンは初めてセルリアン・ハンターに出会った。

 その存在はあまりにも大きく、自分には想像も及ばない世界の住民としか感じられなかった。




                               つづく

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