第16話 第十三始祖と呪われた血

「燐火、捕まってろ!」


 零機は車道を魔法を使って走る。高速魔法だ。おそらく零機の妨害を見越した東雲協議審問会が上野につながっている交通機関をストップさせているのだ。そのため、走っていくしかない。零機は片手に黒のアタッシュケースを持ち、もう片方の腕の燐火を抱えた状態で走っている。時速六十キロといったところだろう。

 その前方から、自動戦闘機オートマタとよばれる魔導人形が遠距離射撃魔法、光矢シャイニングスピアを放つ。軍用魔法である。軍用魔法とは文字通り、軍で扱われる殺傷性の高いものだ。

 零機は燐火を高く空に放り投げる。


「え、えええええええ!」


 燐火が絶叫しているが、零機にはそれに構う余裕はない。時速六十キロの状態から右に身を転がし何とか回避、立ち上がるのと同時に銃を引き抜き三発撃つ。その銃弾はひとつは脚部に、もうひとつは心臓部、最後に頭部を真っ向から撃ち抜く。自動戦闘機はそれきり動かなくなる。零機はそれを確認して大きく飛躍、落下中の燐火を抱きなおす。


「なんでいきなり投げるの!」

「仕方ないだろう、ああしなきゃ君は死んでたし」

「そういうことじゃなくて……!」

「燐火、少し黙っていたほうがいい。敵の増援だ」


 前方からはたくさんの自動戦闘機が迫ってきていた。その数はざっと二十。魔力を込められた戦闘機は魔法を放てるのと同時に、なかなかのことがないと壊れない。その自動戦闘機が最前線で使われず、なぜ人間たちが多々か戦っているかというと、大きな弱点を持っているからだ。それは、


「あいつらは対象にしか攻撃できない。つまり、他のやつの攻撃に気づかない。燐火、あいつらの狙いは僕みたいだ。君も第三世代なら魔法を使えるだろ?大きなのを一発頼む。それまでは引き受ける」

「わかったわ!」


 零機はそれだけ言って燐火を下ろし、燐火に相手の攻撃が向かないような位置に立つ。


「少しいいものをみせてやるよこの戦闘機ごしに僕らを見ている奴等。後悔するなよ」


 零機が踏み出す。一気に距離は縮まり、一番前に居た自動戦闘機の首が吹っ飛ぶ。だが、これは魔法ではない。自動戦闘機には大概、魔力を無効化する装甲がある。普通の魔法では効かない。零機はフロストの居る刀を抜く。周囲一体に黒い瘴気が回る。


「これは悪魔を使う伝統的な古式魔法だ。さあ、行くぞ!」


 零期がそういい走り出すと、その瘴気は青っぽいものに変化する。翡翠色の刃が輝く。一閃、至近距離に居た自動戦闘機は音もなく切られ崩れ落ちる。その断面は凍っていた。


「零君、MMGがないからそこまですごいのはできないけど、準備オッケーだよ!」

「了解、撃て!」


 零機は横に飛び去る。それと同時に、大きな炎の矢が自動戦闘機に当たり、自動戦闘機はその超高温に耐えられずに解けていく。零機は敵が解けきるを見てからフロストを振るいアスファルトを凍らせ熱を冷ましていく。


「燐火、まさか今血を使ったのか?」

「うん、だってそうしなきゃいけなかったし……」

「今のは僕が言ったことだから仕方ないけど、勝手に血は使うな。絶対だぞ」

「うん」

「燐火、その、血を飲ませてもらえないか?」

「いいよ」


 零機は燐火の首筋に噛み付く。燃えるような熱さが体に入ってくる。


「ん、はぁはぁ……」

「ありがとう、もう終わった。はやく葵のところに行こう」


 燐火は零機がすぐに葵のことを考え始めてしまったので拗ねていたが、二人はまた走り出す。


「燐火、葵は上野公園に居るんだな?」

「そうだよ」

「どうした、なんで機嫌が悪い?」

「うるさいっ!」


 そんなような会話を繰広げながら二人は上野公園に着く。そこには人払いの呪符が貼られていた。


「間違いない、ここに葵はいるよ」

「でも、こんな寒い中は入れるの?」


 燐火がいったことは本当で、公園の奥から絶対零度を思わせる温度の冷気があふれていた。普通の人間なら入ることはできないだろう。だが、


「僕は不老不死の吸血鬼だ。このくらい大したことない。燐火、できれば君にはここから先はこないでもらいたいんだけど」

「それは無理な相談よ。だってあなたは私の契約者だし」

「わかったよ、ったく」


 零機は特殊戦闘用軍服の外套を脱ぎ燐火にかける。


「これは防寒仕様でもある。寒くもないし、なにかあったときにほとんどのことじゃ死なない。着ていてくれ」

「うん」

「それと、おそらくここからさきで戦かっているのは人体戦闘機化実験の成功者、人機ヒューマノイドだ。奴等の実験体は基本第一世代の死に際に居る人間だ。第一世代は魔法行使にあまり向いていない。硬化魔法や他の魔法で付加エンチャントされた魔銃と銃弾で葵に応戦してるはずだ。流れ弾に気おつけてくれ」

「わかったわ」


 零機は燐火が外套を羽織ったのをみて行動を始める。


「それと、このアタッシュケースを持っていてくれ。さすがに持ちながら人機と戦うのは不利だ。ベレッタM92式白銀シリーズのMMGで行く」

「え、でもそれだけでいいの?」

「ああ、これが二丁ある時点であいつらの負けは決まっている。離れたところに居てくれ」


 零機はそういって走り出す。そのまま少し進むと、やはり、葵が三人の人機と戦っていた。

 桐谷葵とはターコイズブルーの腰まで届く長い髪をポニーテールのように一本に束ね、160センチくらいの身長を持つ少女だ。美少女、それが彼女を見た一般人が思うことだ。そして、それと同時に、彼女を見たものは背筋が凍りつくような悪寒を感じるという。その悪寒を感じさせる原因の力を、彼女は目の前で使っていた。


「はああああああ!」


 葵は髪を振り乱しながら出血した両腕を振る。そこから飛び散った血液が絶対零度の氷になって敵に降りかかる。だが、さすがは人機、耐寒装備になっているようだ。その攻撃に当たりながらも平気で銃弾をぶっ放す。彼らは三人居て全員が黒服でいた。極道、という呼ばれ方があるような服装である。だが、その腕が手首辺りから落ち銃弾が連射される。それを滴り落ちた血液で氷の壁を作り防御する。そういった攻防が続いていた。だが、氷というものは高圧で出される銃弾の高温の嵐にいつかは壊れる。その瞬間、零機は銃弾の嵐に飛び込む。無系統魔法で魔力弾に反応する魔法の波紋を作り出し、撃たれる銃弾を全て落とす。


「兄さん?!」

「やあ久しぶり。すごい綺麗になったね葵」

「ひゃう……!」


 零機は振り返り葵の頭に手を置く。葵は嬉しそうな顔をして赤くなっている。さきほどとは大違いである。


「に、兄さん、どうしてここに?」

「君を守るためだ。少し下がっていろ」

「え、でも……」

「いいから!」


 零機は葵を突き飛ばす。その瞬間に銃弾の嵐が再び起きる。零機は葵をかばえる位置に立ち、それを先ほどと同じように払い落とす。


「葵、そこにいる赤い髪の女の子と一緒に逃げろ、多分後ろで僕の味方が来てる。桐谷零機の名前で通じるからささっと行け!」

「でも兄さんは?」

「僕はね、吸血鬼、第十三始祖になったんだよ。そう簡単には死ねないみたいだから心配しなくていい」

「え、それは一体どういう―」

「行け、燐火!」

「わかったわ!信じてるから!」

「任せろ!」


 零機と燐火が行動を起こす。燐火が零機の背後の斜線上から出ないように葵をつれて逃げる。葵が「兄さん!」と叫んでいるが今は気にしている暇はない。


「いいのかお前一人で我々相手に何ができる。だが、ただの魔法士ではなさそうだな。お前が上の報告にあった第十三始祖、伝説上に存在する吸血鬼か」

「もうそこまで回ってるのかよ。軍内にスパイが居るってわけか。まあ今はその話はどうでもいい。僕の顔を知られているなら情報操作もなしに帰すわけには行かないからさ。警告する、大人しく同行して頂きたい。そうでないなら実力行使でそちらに危害が及ぶ」

「やれるものならやってみろ!」


 極道姿の人機は零機に襲い掛かる。先ほどとは桁違いの銃弾を体の各場所から発砲する。だが、


「警告はした。ここからは実力行使だ」


 零機は瞳を真っ赤にして冷酷に言い放つ。襲いくる銃弾をかわし、三人の人機に蹴りをかまし拳で吹き飛ばす。


「いい加減屈服してくれ。あの二人を追いたい」

「確かに吸血鬼だな。だが、我々は一人戻ればいい。いけ」

「はっ!」


 命じられた男が加速魔法の仕込まれたミサイルもどきで一気に加速し消え去る。


「ったく、面倒は嫌いなんだ。勘弁してくれ。あはは。葵の力が乱れてるから人格調整に失敗してるのか。なら、のままでもいいか。逃がすかよ」


 零機は銃を精神操作系魔法に切り替え撃つ。


「ぐあああ!」


 男はそこに倒れる。その数秒後、機械的に起き上がる。


「へ~、遠隔操作まで仕込まれてるのか。不便だね君らも。来るなら来いよ」

「言われなくても!」


 三人が同時に攻撃を仕掛けるが零機は簡単にかわしていく。だが、


「いくらお前でも、全解放フルバーストは無理だろう!」

「ここで使うって言うのかよ?!」


 全開放とは、人機に付けられた捨て身の攻撃方法で、自分を動かす魔力を他の金属に寄生させて乗っ取り、体の一部に仕立て上げる。人道的にもとても凶悪な魔法だ。


「《『ははは、ぶっ放せ!』》」


 先ほどの指揮官のようなものが近くにいた二人を飲み込んだあと、他の金属にも寄生して攻撃を仕掛ける。だが、


「そんな大振りで当たると思ってるのか?」


 零機は吸血鬼の身体能力でかわしていく。ときおり魔法弾を撃っているが、効き目はあまりない。零機が片手の銃を収め、フロストを抜こうとしたとき、


「《『なら、そこにいるものどもを殺すか!』》」


 そして人機が鉄屑を投げた先には、


「っち!」


 この段階で追いついた響矢たちが居た。零機は冷酷な面差しで一気に地を蹴り加速、鉄屑を受け止める。腕から鳴ってはいけない音がしたが、気にしている暇もない。


「なぜ来た!軍はどうした?軍じゃなくても町の中に居る自衛隊でも構わない。早く呼び出せ!」

「それがよ、軍上層部が防衛省に言っても自衛隊が動いてくれねえんだよ!、軍の街中での行動は制限されているからって頼み込んでも動かないんだよ、あの防衛大臣、東雲とつながってやがる」

「ならもういい。ここはなんとかするから早くうせろ、でも君たちは庇いきれない」

「零君、私だって血を使えば応戦できる!」

「おい、やめろ―」


 そこで燐火が零機の背後から抜け出し、自分の唇を噛む。そこから火を吹くようにして火柱があがる。その高熱でも、人機の魔力を練られた体には効かず、敵がそのチャンスを見逃すはずもなく。燐火に魔弾が発砲される。だが、燐火の腹部に当たったはずの銃弾はその場に落ち、攻撃を受けたのは少し離れたところに居る零機だった。


「なんで零君に!」

「それは、僕が君の契約者だからだろう。君が己の意志以外で傷つけられた場合にのみ、僕がその攻撃を肩代わりするみたいだ。だけど、さすがにこの攻撃は痛い、な」

「兄さん!、っく、わたしの従者、桐谷零機の人格強請を解除します。本気の兄さんでお願いします」


 葵がそういった途端、零機の伴うオーラが変わる。


「わかった、に任せておけ。少しどこか離れた場所に居て欲しい。どうやら、あの意識がうすれるなかで契約したものは他にもあるみたいだ」


 零機の目がいっそう赤くなり、その回りに赤い炎のようなオーラが立ち込める。零機は無言で近くに居る燐火の肩をつかみ、首筋に歯を立てる。


「あ、はぁ、はぁ」

「すまない。後でなんとでも言ってくれ。今から見るのはある意味、君たちだけで都合がいい」


 零機がそういった瞬間、零機の右腕が真っ黒になり、そこに血のような赤い線が走る。


「我は第十三始祖、アリア・バンガレット・ブラッドの始祖の血の後継者、桐谷零機が汝に命ずる。汝にかかる封印という名の枷を解き放ち、神を抗うその姿を顕現させよ、『傲慢』の神獣、ルシファー!」


 そこには、かつて、神々がこの世に現れるためになりざるを得なかった神獣の姿があった。吸血鬼とは、もともと、神々が自分の拠り所を作るために生まれた不老不死の存在だ。覚醒吸血鬼に選べれるものにその神々の拠り所は選ばれる。だが、この神獣は神、というよりかはまさしくの獣だった。悪魔の名を冠せられしその巨大な翼と四肢を持ちしグリフォンが天から現れるのと同時に、音もなく零機の陰が切り開かれ、機械仕掛けの四、五メートルはある巨大なが現れる。それは真っ黒でなにも感じさせないものだ。だが、


「傲慢の神獣、ルシファーよ、その神格をこの身に宿し、神に抗い逆らう魔神となれ!」

『がうあああああああああ!』


 零機の声に呼応するようにその獣は人形に宿る。その神格が宿った人工的な何かが歯車の音を響かせながら動き出す。


「悪魔に創られしその身よ、我に忠誠を誓い、命に従え。傲慢の人造魔神オルティフィカルサタナス、ルシファー!」

『あああああああああ!』


 それに答えるかのように魔神は機械仕掛けの口を開き叫んだ。まるで地の底から出てきたような低いその声に、周りのものは震える。その魔神は、今は零機の影に一点(尻尾のような場所)を繋ぐような形で降り立っていた。背からは翼が生え、頭は鷹の頭部のような形をし、人工的にできた牙や爪などを輝かせている。


「俺の敵を消し去れルシファー!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 魔神が咆哮すると、そのまえに巨大な魔法陣が浮かぶ。その魔法陣は赤く輝き、そして全てを燃やし尽くす紅の業火を噴き出した。その圧倒的な力になにもできず敵は燃え去っていた。その残骸は塵も残らず。


「もういい。失せろ人造魔神」


 その声に呼応し、魔神は再び零機の影に沈む。それにあわせて鷹の頭と羽、獅子の下半身を持つ鷹獅子グリフォンはもともと薄い色素の透けたような姿で魔神から出てくる。そして空から降り、零機の前に首をたれた。

 この状況下で、葵が呟く。


「兄さん、それは一体なんなのですか?」


 零機は皮肉げに笑っていった。


「神に抗い消された七つの大罪を着せられた悪魔たち。そのうちのひとつ、傲慢。それが神格を宿し神獣化した姿。俺に仕える、俺と変わらないバケモノだよ」

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