第15話 戦闘準備③
零機が戦場の勘が鈍った、といったのは事実だった。『叛逆の翼』の軍人は全員、零機が吸血鬼だということは理解していた。そのため、零機は吸血鬼の治癒能力が活性化することを恐れてあまり戦場には出ず、指揮官をしていた。そのせいで、戦闘をしばらくしていない。この前の作戦でも、緊急のことで魔力を使ってしまったが、魔力の消費は吸血鬼への覚醒を大幅に進める。そのための処置だった。もちろん、軍上層部には伝わらないように隊全体で隠蔽したが。
「グリンガル、始めようか」
「おう!」
零機は軍舎の地下にある訓練場に居た。ここには軍人たちしかいない。響矢は情報部に知り合いがいるらしく、戦う三人の情報を集めに行った。響矢の両親は軍の情報系魔法の使い手で、情報部の魔法士らしい。麻衣は零機の使う魔導弾を取りに行った。愛理は特に何もせずに軍舎内をうろついているらしい。だが、それは零機の特訓を隠蔽するためだった。錬太郎は、なんと、
「おいおい、黒鋼は使わないのかよ。
「黒鋼は燃費が悪い。こっちのほうが最初はいいんだよ」
零機の握っているMMGは二丁の白い銀のような素材でできたイタリアでできた
「設定魔法は?」
グリンガルがそっけなく聞く。グリンガルは肉弾戦と魔法を掛け合わせた戦法、拳法術の使い手のため、あまり魔法自体を使うことがない。主に、身体強化系魔法の硬化魔法と加速・減速魔法しか使えない。そのため、普通の魔法士のように多くの魔法が使えない。なので、拳にはまるグローブのような特注型のMMGを使っている。
「魔法弾強化のための加速・減速魔法、相手の魔力を乱すための振動系魔法、炸裂魔法と爆発魔法、冷却魔法を数種類、暗黒魔法をいくつか入れた。後は大体無系統魔法だな。今、全部の白銀シリーズに同じ調整をした。散弾銃はちょっと別だけど、さあ、始めようか」
「俺はいつも通りだ。行くぞっ!」
グリンガルが訓練場の床を割らんとばかりに踏み込む。零機の目が赤く染まる。グリンガルが懐に入り蹴りを繰り出す。もちろんただの蹴りではなく加速魔法と硬化魔法を瞬時展開した威力を底上げした蹴りだ。零機はそれを同じ硬化魔法で手を使い防ぐ。
「おいおい、俺の蹴りをそれだけで受け止めるのかよ……。吸血鬼ってのはとんでもねえな」
「褒めてるならありがとう」
零機はグリンガルを蹴り飛ばす。これは正真正銘の蹴りだが、グリンガルはそれなりに飛ぶ。魔銃の銃口に魔法を打ち出す公式が浮かびあがる。魔法士は魔法発動のたび魔力が乱れる。その魔力の乱れが少ないもののほうが優秀な魔法士といえる。だが、零機の魔力の乱れは異常だった。白銀の魔銃から出た無系統魔法弾がグリンガルに放たれる。それは圧倒的な物量を持ってグリンガルに襲い掛かる。それを間一髪でかわすグリンガル。その後ろにちょっとしたクレータができた。
「おい、殺すつもりかよ!今のだって加速魔法を思いっきりつかったんだぞ!」
グリンガルは魔法発動までの時間が極端に短い。魔法士の評価項目は一般的には魔法発動のスピードと魔法の精度、魔法の事象干渉能力で総合評価される。零機はあまり魔法発動のスピードが速くない。魔法の膨大な情報量を正常に制御し、高速発動をするだけの力が吸血鬼になってから失われた。そのため、あまり調整が効かない。
「その、すまない。もう少しいろいろ試したいがいいか?」
「構わないぜ、ったく!」
零機は次は加速魔法ではなく、自分の加速力だけでグリンガルに近づく。右腕で強力なブローを腹に入れる。グリンガルは左腕でエルボをかます。零機は一度跳躍して魔弾を撃つ。今回の魔弾は二丁の魔銃からそれぞれ冷却魔法の魔弾と暗黒魔法の魔弾がはたれる。グリンガルは冷却弾を拳で無効化するが、暗黒弾が被弾する。暗黒弾がグリンガルに纏わり付く。
「ちっ、冷却弾のスピードだけ速くして暗黒弾を拘束魔法に変換して捕縛かよ!」
零機はそのまま着地し一気に距離を詰める。そのスピードは対峙してるグリンガルも他の軍人もその姿は見えなかった。零機はグリンガルの額に銃口を突きつける。
「一本だな。グリンガル鈍ったか?」
「ちっ!、なにが鈍ったか、だよ。手前もっと強くなってんじゃねーか!」
回りの軍人たちも皆同じことを思う。確かに、零機は桐谷の家系で軍人一家のため昔から格闘術などの総合的な体術を仕込まれていたが、吸血鬼になったことで、不老不死の特性を活かし人間のリミッター限界を超えた。人間は常に力をセーブしている。全開の力を出すとそれに体が付いていけないからだ。実際に使っている力は微々たる物だ。その力を底上げするような魔法や薬もあるが、吸血鬼になったことで体の常識が覆された。吸血鬼の壊れない肉体だからこそ100パーセント、それ以上を引き出すことの可能な芸当だ。
「白銀の銃たちをもうちょっと試したい。今軍舎に居るだけの軍人を全員特別軍服で来させてくれ。少し俺の相手をしてくれと伝えて欲しい」
それから数分して二十人弱の軍人が集まる。全員が軍に手配される刀のMMGとアサルトライフルのMMGを持参している。
「牧野軍曹長、氷室軍曹長。統率のできた動きで攻撃してきてください」
それを聞いて二人はうなずき行動を始める。五、六人の軍人が刀を振り上げ切り上げてくるのを零機は無系統の精神操作魔法に替えて撃ち対応する。結局零機に攻撃はあたらない。今使っている零機のMMGはさきほどのバレッタM92式ではなく、アサルトライフル式だ。そのあとも回りからの銃弾での追撃をバックステップでかわしながら散弾銃式で対応、これに刻まれた魔法は振動系魔法で、当てた相手のバランスを無理やり崩す。切りかかってくる軍人たちを
「
零機は絶句する。それは軍内でも指揮官の指示で放つことが許される大型天獣を落とす用の魔法だ。それを一人にやるというのはまさに殺しに来ている。零機が絶句したのはほんの少しの間で、先まで持っていたアタッシュケースから対戦車ライフル《アンチマテリアルライフル》を抜き出し、自分の上に放り投げる。魔力を瞬時に縮小させて発砲、そのタイミングにあわせて白熱大火球が飛んでくるが相殺される。こんどこそ声を失ったのは魔法士たちだ。
「今のは、
魔法分解とは無系統魔法のなかでも、魔法に使われる心素粒子と魔素粒子を同時分解する危険な魔法だ。魔法士にとって、心素粒子が破壊されるということは自分の体の核が壊れることを意味する。こちらも軍内でも規則が何重にも重なる魔法だ。
零機は自分で放った対戦車ライフルの反動で一瞬宙を舞う。その体勢のアタッシュケースをつかみ、
「全員倒すとかマジかよ……」
上段のほうで見ていたグリンガルはうめき声を出す。ここにいるのは軍本部に配属されるほどの者たちだ。それが全員そろって倒れてしまっている。零機は魔法の発動が遅いが、それまでの工程が他者より緻密なせいでもある。魔法の精度とは魔法発動の粒子移動の流れ、座標設定、高速演算の三つの観点から見られることが多い。零機は粒子移動の流れは悪くはないのだが丁寧ではない。座標設定に狂いは全くないし、高速演算での最適魔法発動もスムーズだ。それに、事象干渉能力は魔法を使った当事者の精神力も関わってくる。その点で、今の零機は誰にも負けなかった。普段は気の弱かったり、やさしい部分があるその顔は、今はただの殺戮兵器の顔になっていた。だが、そんな表情も戦いが終われば元に戻る。同時に目が赤くなくなる。
「終わったか。ん~、法式の展開もコツがつかめたしいいほうか。この魔力の使い方もわかってきたかな。グリンガル、全員医務室に運んでくれ。僕は最後に黒鋼の調子を確かめる」
そういって零機は入り口でメンテナンスを終えたフロストの刀を持って唖然としている錬太郎の前に向かう。今の戦いぶりは普通の人間が見ても異常さがわかるものだった。
「零機、お前……」
錬太郎の声を聞いた零機は苦笑いをしながら話し始める。
「僕はもともと不器量で、いろいろなことが苦手だった。今みたいに銃を撃つなんて最初はできなかったよ。銃口の焦点は定まらないし、よく銃を落っことしてた。でも、吸血鬼にみんなが殺されたときからちょっと状況が変わった。僕はすぐにそういうことを必死にやるようになったんだ。復讐したくてさ。それ以外の理由ももちろんあるけど。軍人になった間も上官の言うことを聞かずにひたすら魔族、吸血鬼を狩っていた。僕は君たちが普通に生活を過ごした時間を戦地で過ごした。だからこんなことしか僕にはできない。僕は人間兵器だったんだよ。それだけのことだ。ここにいる軍人は転生の天撃以降に軍人になった者たちばかりだ。軍の上層にいるその前からの生き残りは僕と同じような奴等だよ。だからあまり驚かなくてもいい。多分、学生もでこのくらいできるやつはいる。君もある意味ではそうだしね。謎の天才魔工技師ヘパイストス」
零機は少し諦観した顔で言った。錬太郎はそれに驚きながらもうなずき刀を手渡す。錬太郎がヘパイストスと呼ばれる魔工技師であることはこの黒鋼を調整できることからわかる。黒鋼シリーズのMMGは天才魔工技師Xと同等の知識と技術が必要になる。そんな人物は零機の知っている中ではこれの開発に携わった宗太郎率いる開発チームとヘパイストスだけだ。零機は開発チームの面々の顔は全員覚えているので、これを調整した錬太郎がヘパイストスということになるわけだ。
「わかってくれてありがとう。じゃあ少し離れててくれ。悪魔を呼び出す」
零機はそれだけいってまた訓練室に戻る。そこで静かに抜刀し、正面に構える。
「フロスト、来い」
その声にあわせて刀から黒い瘴気と青い瘴気が一斉に刀からあふれ出す。部屋の外から見ている錬太郎も乗っ取られるような感覚に陥る。
「フロスト、行くぞ」
零機は刀を一振りした。そこには悪魔の化身のようなものが現れ通り過ぎていく。その跡は黒く削り取られ凍らされた状態に変化した。
「よし、多分大丈夫だ。フロスト、擬人化しても構わない」
そういったとたん、刀から出てきた瘴気が一点に集まり、落ち着きをもった黒と青のワンピースを着た少女が出てきた。
『久しぶりだね~、この姿は。ちょっと回りを見てくるね~』
「ああ、一応見えないように細工してからにしろよ」
フロストは美少女といえる容姿だ。この部屋を出て行く。しきりに『ん~、風呂でも覗こうかな~』とか繰り返している。そのさまは犯罪者のようにみえるが零機は疲れているのかあまり突っ込まない。刀を鞘にもどし同じように部屋を出て行く。
「準備はだいたいできた。もう眠いから寝てくる」
零機はそれだけいって自分の宿舎の私室に入り、MMGを調整してからベットに入る。そのまま眠りについた。
その数時間後、彼は強制的に目を覚まされることになる。理由は、
「起きて、零君」
「ん、はあ、燐火?!」
燐火が部屋から逃げてきたのである。いきさつを零機が聞くと、
「愛理ちゃんと麻衣ちゃんが出してくれたの。出してくれたのは麻衣ちゃんだけど、門番は愛理ちゃんがナンパしたら鼻の下伸ばしてからまた気絶させてきたけどね」
零機は、昨日自分が閉じ込め開放した門番に、お気の毒、と一度手をあわせてから事情を聞く。その理由は、
「葵が家を抜け出して失踪中だって?!」
「そうなの。それで宮殿内で問題になってね。皇居の地下に移された封印術式が共鳴しているらしいから、葵ちゃん、が力を使っているんだって。それもかなりの量みたいでどこかで戦ってるかもしれないって」
「それは本当か?」
「うん」
零機はベットから飛び起き、先ほどまで使っていたアタッシュケースを持ち刀を帯刀し、軍所属の魔法士がきるローブを着る。さっきの訓練でも使ったものだ。
「葵はどこで力を使ってるんだ?」
「行くつもりなの?」
「ああ、そうだ。多分、葵を襲ってるのは東雲協議審問会の刺客だよ。この時間に家を抜け出すって事は外でコンタクトをとってそのまま戦いの流れに変わったんだろうな」
零機は全ての準備を終えて自分の部屋の窓に向かう。
「零君が行くなら私も行く」
「だめだよ。君は僕が守る。だから、ここにいてくれればいい」
「いやだ、行くよ。零君は気づいてないかもしれないけど、あなたは吸血鬼なんだから血を吸わないと動けなくなっちゃうよ。それに、呪われた血の
「わかったよ。勝手にしてくれ」
零機に言われたことはそのままだった。零機は魔力の消費で少しからだがだるい。なので、零機は燐火の従うことにした。
「窓から出るよ。他の軍人に気づかれるわけにはいかないからね。君が皇居から上野に来たって事は近くに麻衣たちもいるだろう。一緒に行くか。単独で動いて死なれたりたりしたら感情がどうなるか自信がない」
「うん!」
零機はお姫様だっこの形で燐火を抱え窓から出る。燐火は顔を赤くしているが零機は気にする余裕がない。今はただ、妹のことが心配だった。
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