第11話 第十三始祖の後継者

 「僕が、第十三始祖、だって。始祖は十二体しかいないんじゃないのか。それに、僕が呪われた血のブラッド・オブ・プリンセスの封印術式だと、軍の階級も大分下がったし、どうなってんだよ……」


 零機には最後のその文章が信じられなかった。それは他の回りの人間も同じだった。

 今世界に、吸血鬼の始祖といわれるものは十二体いる。

 第一始祖はアメリカ全土を治め、挙闘王と呼ばれている。第二始祖はイギリスを治め幻魔王、第三始祖はロシアを治める法王、第四始祖、第五始祖は法王に仕える吸血鬼だ。第六始祖は中国、第七始祖はインド諸島全体、第八始祖はカナダ、第九始祖はアルゼンチン、第十始祖や第十一始祖、第十二始祖の三体は領地を持たず、国境を越えての従者を持っている。

 この吸血鬼の力は絶対的で、特に第一始祖と第二始祖、第三始祖は別格といわれている。始祖の血は常に後継者を求める。今の始祖は第一、第二、第三を除いて後継者に引き継がれている。始祖の血は、もともとの始祖から次の器へと移っていく。だが、血を受け継ぐ者はいても、新たな始祖が生まれることはなかった。そのなかで、伝説上の存在とまで言われ、居るか居ないかすら、生きていたか生きていなかったかすらわからない存在、第十三始祖。今になってその存在が明らかになったといえば世界は混乱の渦に取り込まれる。


「でも、僕が生まれたのは世界の初めなんかじゃないぞ。僕はまだ十六歳だ。なら、僕は始祖の後継者なのか?」


 おそらく、誰が考えてもその結論が出るだろう。だが、それがいつにあったかが問題だ。


「僕はいつ吸血鬼に、始祖の血の後継者になった?なにが、僕の体にあったんだ?」


 零機は必死に過去を振り返る。そもそも自分がこの体になったのはいつからか、なぜそうなったのか、だが、


「なんで、だよ、なにも覚えてない、ぞ……」


 零機が考えても、頭の中にはなにも出てこなかった。本当に何も出てこなかった。頭の中も真っ白で、そのときの記憶がない。それどころか、記憶が喰われているような感覚になる。頭が軋む。頭痛が脳の隅々にまで走り渡り、精神が壊れそうになる。


「ぐっ、ああああああ!」


 零機の頭上に魔術発動時に出る術式結界が発動する。それはもちろん、零機が意識したものではない。つまり、自動発動オートだ。零機の脳に刻まれたものである。


魔術解除ディスペル!」


 魔術解除は強制的に魔術を解除する魔法だ。今まではそんなことはできなかったが、魔法が生まれたことによって、その術式を書き換えることによって使えるようになった技術の一つである。


「っち……、頭が痛い」

「零機、大丈夫なのか?!」

「零機君?!」


 響矢と麻衣が急いで近寄ってくる。


「まあね。多分大丈夫。でも、なにも思い出せない。記憶が喰われたみたいだ。魔術か何かだと思うんだけど」


 そこで、零機が起きたと知り、軍の人間がやってきた。


「桐谷少佐、お起きになったのですね!」

「ホントによかったす!」

「ああ、牧野軍曹長に氷室一等攻魔官か。おかげさまでね。それでどうしたいんだい?今の僕は病人扱いだろうし、それを差し置いてまで飛んできたって事はプライベートを差し置いても多分なにかあるんだろうう?」

「はい。我々から伝えられることはないのですが、軍上層部から命令で、今すぐ王宮の応接間に来い、とのことです」


 零機は立ち上がり、着替えの軍服が隣においてある机に向かう。


「わかった。今行く。もう少し病人には優しくするべきだよね。まあ、多分僕はあそこに行ったら君たちとこういう話し方はできなくなる。牧野軍曹長は僕の上官だし、氷室君も上官クラスの権限は持ってる。軍内での攻魔官や防魔官っていう呼び方は隊の名前で第一世代軍人と階級は変わらない。君も軍曹長だしね。資料にも書いてあった通り、僕は上等兵ってことになってる。確かに軍に要請しないで勝手に少佐特権で作戦を開始したし、僕の権限はたかが知れてる。軍への損害を見ても当たり前の結果だ」

「しかし、あの戦場で少佐が指揮をお取りにならなかったらもっとひどい被害が出ています!」


 軍服のズボンを履き、上を脱いで少佐証のついた軍服を羽織る。途中麻衣や愛理がなにかリアクションを取ったようだが零機は気づかない。


「いいんだよ。それに、僕はこの国のトップの娘の血を命令とはいえ吸った。彼女の首元にそれははっきり残ってる。もう治ったかもしれないけどね。軍の様な大規模な組織ほど決壊の火種さえあればすぐに壊れる。僕が部下にそれなりにいい評価を貰ってるからってそれは変わらない。規律は創ったものためにあるし、そのもの下についた者も例外じゃない。ケジメってやつさ」


 零機の行ったことを聞き二人は黙る。軍人である彼らにもそれは痛いほどわかっている。軍服を着替え終わった零機がドアに向かう。


「心配してくれてありがとう。多分、僕の状況は僕の寝てる間に大分露見してるだろうし、上層部には君たちも訴えてくれたみたいだしね。同じことをしてくれた奴等にもそう言っておいてくれ。じゃあ行ってくる。皆もあんま変なことはするなよ。君たちは皇女の秘密をしった。それに第二世代だ。第一世代だった僕とは違って、魔法士になることが期待される。普通の高校生ではいられないと思ってくれ」


 零機はそういってドアから出て行った。


「くそ、なんで桐谷少佐、いや、桐谷さんが責任を取らなくちゃいけないんだ。この事態を招いたのが誰かなんてわかりきってるじゃないか!」

「東雲協議審問会は確か、桐谷しょ、桐谷くんの妹さんの葵ちゃんの実験をしてたっす。もう最近はしなくなったみたいっすけど、それと同じ理由で燐火皇女が狙われたのかもしれないっすね。そのために新宿ごと落とそうとするなんて、狂ってるっすよ……」


 今の二人の会話を聞いて回りの者も思うことは同じだった。


「でも、今の零機君あんまり気にしてなさそうだったね」

「あれはしてないだけさ。そのうちボロが出ちまうよ」


 麻衣と響矢が言う。それに加えて愛理や錬太郎も同じことを思うようだった。


「それに、俺は零機があの場所でしていた、なんというか冷たい表情や雰囲気も気になった。というよりかは恐怖を覚えた」

「それは桐谷さんが軍人にして、殺し屋だからだ。俺や氷室が軍人になったのは天獣ビースト天使エンジェルが出た後、転生の天撃リンカーネーション・タッグハマーの後の軍人だが、あの人はそのまえから何年も前から軍人だ。俺たちが相手にしているのは化け物だが、当時は違う。人間と同じような種族だ。あの人は吸血鬼にはいろいろな感情を持っていたが、それ以外の者も殺してきた。それこそ魔族殺しの桐谷の名を軍でまた響かせるほどにな。俺が同行した作戦でも、あの人はああやって戦況を切り抜けた。その作戦の死者数はゼロだった。俺が死に掛けたときにも、あの人は体張って俺も小隊も守りぬいた。死ぬって思ってた俺には何で助けたんだ、って聞くことしかできなかったけど、あの人は俺に仲間だからって答えたんだぜ。あの人の背負ったものは大き過ぎたんだ、十六歳の少年が十五歳、中学三年生で少佐になって大勢の命を背負うにはな」


 錬太郎に答えたのは牧野だった。彼も軍曹長として部下を持っているので、共感することがあったんだろう。


「あまり、手荒な真似はされないで欲しいわね。それに燐火を巻き込んだ話しは長引くわ。その間に私たちへの対処も決まる。それまでに私たちもなんとか自分のことを考えないといけわね。それで提案がひとつあるんだけど―」


 愛理は自分の提案を口にした。


「私たちは高校生。だから、国立魔法士育成学院にあの二人も一緒に入るって言うのはどうかしら?」

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