第6話 あなたには

 零機は今、学校から近いシェルターの前から走り出した。だが、避難者の数が多く、慣れない事態で統率が取れていないため、道はあふれていた。


「くっそ、仕方ないか」


 零機はそう言って道から外れ、建物の側面を一気に走る。こちらのほうが早く着くし、パニック状態になった人々には零機が建物の側面を走ろうとあまり気にしていないようだ。だが、そんなふうに走れるのも限界があるわけで、零機は自分の靴に刻まれた術式を展開し、足に魔力を溜める。正確には吸わせている。そうして一気に跳躍し、その辺りで一番大きなビルの上に立つ。そのとき、


「きゃあああああああ!」


 零機は悲鳴を上げた女性のほうを見る。その女性の上には蝿ノ天獣フリーゲと呼ばれる天獣の姿があった。蝿ノ天獣は大きさは二メートルくらいで、天獣の中では小さい部類に入る。名前のとおり、虫のような姿で集団で襲い掛かる傾向があるのだ。だが、今いるものは単体のようだった。

 それを確認した零機はそこから女性の居る付近まで、つまり蝿ノ天獣の上に落ちたのである。そして女性を襲う寸前で蹴り、少し離れたところで常備している魔銃を制服のズボンに仕込んだホルスターから抜き、術式を展開する。放たれた魔弾は蝿ノ天獣を粉砕する。この一連の動作をするのにかかったのは五秒未満だ。これが零機が歴戦の軍人だということを証明していた。そしてなにごともなかったようにまた壁を蹴り跳躍する。

 その光景を見ていた燐火や萩原たちは、ただ、呆気にとられることしかできなかった。

 さきほど蝿ノ天獣がこの市街地の現れたのは、天使が自分で戦うのでなく、天獣を呼び出して操る召喚者サモナーだからだろう。幸い、まだちらほらと見えるだけで済んでいる。近くに居る蝿ノ天獣を魔銃で撃ちぬきながら学校に進む。零機が使っている魔銃はただの魔銃じゃなかった。魔力を吸い取らせて撃つのではなく、自分の魔力に馴染ませ、放出口として使っているのだ。だから通常の魔銃より着弾から発射までがはやい。それに、魔銃に刻まれた術式は、内部破壊をさせる術式だった。自分の魔力を最小で最速で発射させ、被弾させて内部に入った瞬間に魔力を膨張させて爆発させるのだ。木っ端微塵に内部から吹き飛ばす。この技術を軍のなかで使えるのは零機だけだった。


「ようやく着いたか。ロッカーを早く開けないと」


 幸いロッカーは無事で軍服ともう一丁の魔銃、そして日本刀が置いてあった。軍服は対天使用に特殊に作られたものだ。任務のときにのみきることが許される。だが、今は緊急事態のため、そんなことに構っている暇はない。魔銃をもう片方のホルスターに装着し日本刀を腰に帯刀する。この日本刀はただの日本刀ではなく、桐谷家の生み出した技術、呪術の刻印がされた刀だ。だが、これは零機の正式武装じゃなく、天獣は倒せるだろうが、天使の心臓に当たる、天核を破壊できるかどうかは微妙なところだ。天核とは、この世界にある魔鉱石のなかでも一番硬いものにも勝る硬さを持つものだ。

 零機が軍服を着ようとしたその時、


「っち、まさかここまで来るかよ普通……!」


 学校の窓や扉をぶち破って蝿ノ天獣が入ってきた。零機はホルスターから二丁の魔銃を抜き、入ってきた五匹の天獣を打ち抜き破裂される。そのあとも、天獣を市街地のシェルターから遠いところに誘導しながら倒していく。無意味に動いているようで、零機には行くあてがもう決まっていた。そこは新宿の軍本部だ。おそらく天使や天獣を足止めしているのだろう。だが、ここの軍兵は戦闘に慣れていない。見知った顔の軍人もいるので、その軍人たちを主体に防衛戦をしているのだろう。

 やっとの思いで付きまとってきた天獣を駆逐する。知能の低い天獣は、ひたすらに一度決めた獲物を追い続ける。そのため、殲滅はすんなり終わった。もちろん、零機じゃなかったらとっくに天獣の腹に収まっていただろうが。この化け物の動力源は自分たち以外の生命体なのである。

 零機は軍本部を目指して走る。やっと見えてきたその先では、蝿ノ天獣が飛行型に対し、地上型の天獣、犬ノ天獣ハウンドと第一世代の軍人たちと防魔師による防衛戦線を守る死闘が繰り広げられていた。

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