第67話 夏休み最終日Ⅵ

 お姉ちゃんは先に部屋に戻ってていいよ。私は春樹さんともう少しだけお話ししたいから――美蓮のその言葉で、姉の秋月は妹の部屋を去り、今日初対面の俺が妹の部屋に残る。

 姉が出ていくのを見届けると、美蓮は部屋の窓に近づき窓の外へと視線を移す。しばらくそうしていたかと思うと、こちらをゆっくりと振り返り、ゆっくりと話し出す。

「お姉ちゃんは、もっと自分に素直になって思ったことを口に出した方がいいと思うんです。お姉ちゃん、中学の頃も友達を家に連れてきて遊んだりしてたんですけど、周りの人から見たら、お姉ちゃんは自分の気持ちに正直で、思ったことを口に出しているように見えるみたいです。でも、そうじゃないのが現実なんですよね。今回みたいに謝るまでに半年近くかかったりしますし」

 くすりと笑いながら話すその姿は、どこか寂しげで、夏の終わりが近づいていることをどうしてか思い出さずにはいられない。

「お姉ちゃん、最近家でよく相談部の話をするんですけど、そのときのお姉ちゃん、とても楽しそうに語るんです。今日はこういうことがあってね、とか、すごくいきいきしてる。確かに、春樹さんと一緒の部活になって、最初は不安も感じていたみたいだけど、次第に楽しくなってきたみたいで――今では春樹さんのことを信頼しているみたいですし」

 立っている俺の顔を彼女は下からのぞき込む。

「お姉ちゃんが心を許せる相手、気兼ねなく話せる相手、心の扉を開くことのできる相手――そういった相手が現れてほしいなと思ってました。春樹さんならそうなってくれるんじゃないかと思ってます」

 さらに顔をこちらに近づけてくる。

「そんな期待されても」

 顔を背けながら答える俺に、美蓮は一歩後ろに下がると、満面の笑みを浮かべてこう言った。

「いえいえ、期待というよりは希望です。私の個人的な希望です。なので春樹さんがそんな気負わなくてもいいんですよ」

 俺のことを気遣ってくれているのだろうか。美蓮、お前ってやつは――。

「それに、プレッシャーを感じて変な行動されたら台無しですから」

 アメと鞭、その使い方をよく心得ていらっしゃる。でも今回の場合はアメだけ与えておけばよかったのではないですか、美蓮さん。わざわざ鞭を行使しなくともよかったのではないですか。

 まあ、とにもかくにも、一つだけ確かなことがある。秋月が俺のことを実際にはどう思っているのか、俺が秋月の心許せる相手になれるのかどうか。秋月に直接聞いてみないと分からない、もしかしたら本人に聞いても分からないかもしれない――そういった不確かで大切なことよりも、確かで大切なことがある。

「美蓮、お姉ちゃん思いなんだな」

 その後、腹に連続ジャブを食らいながら俺は部屋を追い出された。

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