第65話 夏休み最終日Ⅳ

「で、一体何のために集まったんだ」

 妹ではなく今度は正真正銘秋月の部屋に入った俺は、晴人が返ってきた後もしばらく彼ら彼女らのやり取りを見ていたが、今日集まった目的が一向に分からない。

「あー、合宿以降会ってなかったし、久しぶりにみんなの顔が見たいなーと思って」

「俺は帰る」

 秋月が慌てて扉の前に立ちふさがる。

「冗談だよ、冗談。明日から活動を再開するわけだし、今後の活動スケジュールでも確認しておこうかなと思って」

 スケジュールも何も、相談部は依頼が来たら動くという、基本的に受動的な部活じゃないか。今後の計画云々の話をしようといわれても。

 後ろを振り返り、二人の顔を交互に見る。

「十一月に文化祭があるじゃない。それに向けて話し合いをしましょう」

 そうか、文化祭か。部活動に所属している俺たちは何か出し物をする必要があるのか。

 冬川の言葉に頷きつつも、始めからそう言ってくれればと秋月の方を振り返る。

 秋月はどこか恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

「緑坂高校文化祭――通称、緑化祭は緑坂高校の行事の中でも最大規模と言っても過言ではないね。何せ、月曜日から金曜日の五日間行われる、長期のイベントだ。最初の二日間は各部活の出し物が行われ、売り上げを競い合う。その後の二日間は劇のクラス対抗が実施される。ここでそれぞれ選ばれた上位三つの部活とクラスが、最終日の一般公開日に出店もしくは上演することが許される。おーー、これを聞いただけでやる気という僕の内なる炎がメラメラと燃え尽きてくるぜ!」

 何かキャラ変わってませんか、晴人氏。それに燃え尽きちゃダメでしょ。

 まあ、それは置いておいて、出し物か。

「去年の出し物は何だったんだ」

 元部長の桜井先輩から聞いている可能性のある現部長の冬川へと問いかける。

「文集を出したって言ってました。相談部のこれまでの活動内容をまとめた文集を」

 文集か。先輩たちの時は一年分の活動内容があったからそれなりの文集に仕上げられたのだと思う。対して俺たちはメンバー全員が新入生だから四、五、六、七、八月で、半分の半年分も活動していない。ぶっちゃけて言えばネタが少ないってことか。

 他の二人も俺と同じ意見なのか、あまり気乗りしなさそうな表情を浮かべている。

「書く内容があんまりないよね」

「文章書くの、苦手なんだよね」

 秋月に関しては、賛成か反対かという点に関しては確かに意見は同じなのだが、その内実は文章力という何とも個人的な理由だった。いや、もちろん自分の気持ちに素直なのはいいことなんだけれども、もう少し、こう、他の人が聞いても、共感まではいかなくともある程度理解できる程度の理由を言った方がいいんじゃないかなと思う。まあ、そういう建前を言わなくてもいいほどに、俺たち四人の仲が深まったと言えなくもないのだが――こんなことを思ってしまったが、最初から秋月は率直に意見を言うタイプだった気がしてきた。

「確かに書く内容が少ないですよね。活動も半年ほどしかしていませんし……。何か妙案はありますか」

 ……やはり相談部に関係するような出店内容でなければならないのだろうか。例えば、たこ焼きを販売するとか、相談部に縁もゆかりもないような出し物ではダメなのだろうか。最悪、縁やゆかりを作ってしまってもいいのかもしれないが。『相談部の〇〇さん一押しのたこ焼きをどうぞ!』とか何とか。

 各々悩んでいるところで、ノックの音がした。

 部屋の扉が開き、そこから女性が顔を覗かせた。手にはお盆が乗せられており、お菓子や四人分の飲み物が見える。

「いらっしゃい――あなたが春樹くん?」

 その女性はお盆をテーブルに置くや否や、晴人の方に向かって話しかけた。

「ちょっと、ママ、いきなり何言ってるの! しかも春樹はこっち」

 あら、ごめんなさい、そう言って笑いかける顔はとても秋月に似ていた。

 お母さんは続けて何かを話そうとしていたが、秋月が扉のところまで押し返してしまう。

「じゃあ、ごゆっくり」

 最後に最初と同じように顔だけ覗かせて、今後は満面の笑みを浮かべながら、彼女は部屋を後にした。

「……なんか元気いっぱいのお母さんだね。……歌のお姉さんみたいな感じで」

 普段はあまり言葉に言いよどむことが少ない晴人が、珍しくも言うべき言葉を上手く見つけられないようだった。それくらい元気いっぱいで、一瞬だったがお腹いっぱいになるくらいの出来事だったということだ――出されたお菓子はまだ食べていないのだが。

「どうして俺のことを知っていたんだ? 秋月のお母さん」

 何か俺のことをよく知っているみたいな感じで話しかけられたのだが。実際に話しかけられたのは晴人ではあるが。

 そう質問すると、秋月はパタパタと手を体の横で上下させた。

「えっと、部活のこと、家で話したりするし」

 ああ、親が家にいないから考えたこともなかった。確かに俺も親がいたら……話さなさそうだ。それに親からも聞いてくれなさそう。妹の夏希の話ならよく食卓に上りそうではあるが。今日から夏希に部活の話でもしようか。すごく嫌がられそうだけど。

 そうだ、妹の話で思い出したのだが――

「秋月の妹、いつもあんな感じなのか?」

 秋月は首をきょとんとかしげた。

「ん? あんな感じって?」

 んー、どんな感じかと聞かれると何と言ったらよいのやら。早とちりで、人の話を最後まで聞かなくて、妄想癖があって――それでいて暴力的、とかかな。

 そんな感じのことをぼんやりと言うと、秋月は首をぶんぶんと横に振った。

「いやいや、それの逆だと思うよ。むしろ思慮深くて、いつも私の話を最後まで聞いてくれるし、とても現実主義的な考えを持ってるね。何より暴力をふるうところなんてめったに見たことがない」

 え、え! ちょっと待て、誰のことを話しているのかな、この子は。現実主義者で非暴力的だって。

「だから、さっき美蓮が春樹に連続ジャブをかましているところを見たときはびっくりしちゃった。劇の練習だったみたいだけど。あの子、努力を惜しまない性格だから。私もその性格を幾らか分けてほしいくらいだよ」

 ……演劇の練習だったと考えていいのだろうか。俺が勝手に部屋に上がってきたから、これは好機と練習台として使われたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。何せ、一瞬だけ交錯した俺と、長年妹と暮らしてきた秋月じゃ、彼女と過ごした時間が違いすぎる。後者を正しいとするのが妥当だろう。

 この話は終わりだということで、俺は席を立つ。

「悪い、トイレってどこだ」

 部屋を出て左の突き当たり。俺はその言葉を聞き届け、部屋を出た。

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