第5話 ナザリックの流行「私、誰《だ~れ》だ?」
ナザリック地下大墳墓がこの世界に転移後、その
明らかにまったく違った発音、発声にも関わらず、その意味が直接理解できてしまう。
それは、人と人、人と一定の知性ある魔物同士でも起こりうる。一定レベル以上の意思の共鳴によって起るとされるその原理は、未だ解明されることはない。この先も解明されるかどうかは、一切不明である。それは、その事態を認識しているものが極限られているため。そのことを、証明すること自体が非常に困難を極めるためである。
人はなぜ生きていて、アンデッドはなぜ生きているものを襲うのか、悪魔はなぜ人々を弄ぶのか、天使はなぜ善良とされているのか、それらをそれぞれが納得するように説明しろと問い詰めるような難問である。
赤ん坊は、周囲に影響され最も耳にする言葉を最初に口にすると言われる。
発声し、情報を
なので、極稀にトンデモナイことを平然と口にすることもよくある・・・と言われる。
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ナザリック地下大墳墓/第九層・ロイヤルスイート
その廊下を左右に別れ、
「ん?」
「アインズ様、如何なさいましたか」
今日の側仕えたるメイドが問掛ける。
「・・・イヤ、誰かに呼ばれた気がしたのだ」
「アインズ様を呼び止めるなど、一体誰がその様な」
「気の所為かもしれないな、構うな」
「はっ!」
再び足が止まったことに、メイドは再度問いかける。
「・・・アインズ様?」
「これは、気の所為ではないようだな」
「なるほどな」
アインズが足を止め、
「
「呼んでいたのは、リュートだったか」
願いが叶ったからか、無邪気に喜ぶ様を見て、その小さくも懸命に呼びかけに応えるため、肉のない骨身の指を差し出すと、思いの外しっかりと握り締めてくる。
「なるほど、ハッキリと発音は出来なくとも、言葉と意志が揃えば、その意味は相手に伝わるということか」
アインズは、おもちゃ代わりに好きにさせていた指をそっと引くも、思いの外強い力で掴まれていたせいか、リュートごと釣り上げそうになったのを見て、慌てて乳母車から抱き上げることとなった。如何に非力と思われる赤ん坊でも、健全であれば自分の体重くらいは釣り上げることもたやすいという。
「あうぅ~うさあ!」
「そうかそうか、リュートが呼んでいたのだな。ははは、ちぃっ! 空気を読め!」
呼ばれたことに喜びを感じて上機嫌でいたのもつかの間、
その不機嫌さは伝わるのが早く、原因が違ったとしても嫌悪の念は漏れ伝わる。
「う゛ぅ~」
「あ、ああ、よしよし。リュートを怒ったのではないぞ」
といいながら、ぽんぽんと背中に軽く手を当て、あやし始める。
「ア、アインズ様! そのようなことは我々が!」
「良い、私が泣かせてしまったのだから、私があやすべきだろう。ほぉら、怖くない、怖くない」
表情はまったく変わりようもないのだが、何がしかの気は引けたようで、すぐに泣き止んだ。
「フッ、どうにかなるもぉ~、ぉお?」
不自然に伸びた声を出し、何が起ったかといえば、リュートがアインズの口のなかに手を入れ、下顎を掴んでしまったために、口が閉じられなくなって、その事に驚いたアインズがリュートを抱く手を放してしまった。が、ぷら~んとしっかりと掴まれた手で、リュートはぶら下がっている。
日頃、誰しも大体は口は閉じている。そんななか、その口の中に興味をもつのは致し方ないだろう。
「「「ア、アインズ様!?」」」
「
それでも急いで片手抱きにリュートを抱え、慌てる周囲を制した。
通常であれば、ウェッとなってしまうが、幸か不幸かアインズには何の痛痒もない、強いて支障があるとすれば、上手くしゃべることが出来ない。だが、それでも言っている意味は伝わる。気にしていなければ、意味すら通じないだろうとも。
ただ、子供は飽きたら次から次へと興味が移るもの。触りまくって堪能したせいか、すぐに下顎から手を放した。
「やれやれ、興味津々なのはいいが、限度があるぞ」
メッ、といった具合に叱り、これから先の事に思いを馳せ瞑目し視界を閉ざす。すると眼窩に灯る赤い光が消えた。
思い悩んだ所でなるようになるかと思い至り、開眼したところ、眼前に迫るは小さな手が視界に文字通り飛び込んできた。
「ぬおっ!? 待て待て、それは流石に不味いぞ」
眼窩に灯る、赤い光が点いたり消えたりすることに興味をそそられてしまったようだ。瞬時に感情の波が
ただ、眼窩の中で手をニギニギしてくるその手の感触は、なんとも奇妙な感覚である。
「ア、アインズ様?」
「大丈夫だ、問題ない」
そう告げるのだが、眼窩に入れられた手は、なんとも締まらない。
眼窩からその小さな手を抜き、瞬きを繰り返すと、その明滅に惹かれるのか、再び手が伸ばされる。そんな他愛ないことなれど、幼子にとっては大事なことらしく、懸命になって掴もうとしてくる。なので、灯たり消したりを、つい繰り返した。
それはそれで楽しくあり、しばし時を忘れて遊んでいた。遊んでいたのか、遊ばれていたのかは分からぬままに。
「ア、アインズ様。その・・・」
その和やかな雰囲気を壊すのは忍びないが、慎み深く割って入る声がした。
「ぬおっ! お、おお、そうだった。リュート、私を呼んでくれたのだったな。よくぞ頑張った」
努力を認められたせいか、至極満足した笑顔で乳母車に戻された。
「では、行くとしよう」
外套を翻し、今度こそはとその場を後にした。
アインズが角を曲がり、姿が見えなくなると同時に、乳母車を取り囲む影があった。
「こ、この手が、アインズ様の御口に」
「こ、これは、アインズ様との間接キッスになるでありんす!」
「ちょ、ちょっと、二人共! 流石にそれは!」
残念なことを
ただ、何気に遊んでもらっているつもりのリュートは満足気である。
・・・ ・・・ ・・・
ロイヤル・スイートにある、
ある人物が乳母車を押して中に入ると、話しかけ始めた。
「私は誰?」
「あうえおさぁ!」
「よく出来ました。でも、正しくは『モモンガ様の
「
「そうそう、続けて」
「
「さぁ! 続きを!」
ガチャリと音がした方に気を取られたのか、注意が移った。
「・・・何が続きを、でありんすか?」
「
「シャ、シャルティア。貴女、なんて時に!」
「な、何かありんした?」
ふと、それを言ってしまっては企みがバレるとアルベドは自重した。
「た、正しい教育を施していただけよ!」
「そうでありんしたか、では、続きは
「そ、そう」
続きが気にはなるものの、このままでは何を吹き込んでいたのか、バレてしまうことを恐れ、引き下がることにしたアルベド。
「私は、
両方のほっぺたに人差し指を当て、ニコニコとした笑顔で尋ねるシャルティア。
「さぅえぁさぁ~!」
「よく出来ました~」
アインズと接している時とは違った意味で、でれでれと笑み崩れたシャルティア。
「では、続きでありんす。アインズ様」
「あぅう~さぁ!」
「妃」
「ぃあぃ?」
流石にそこまで行けば、何と言わせようとしているのかは実際直前まで目論んでいたアルベドには、手に取るように分からざるを得ない。なので間髪入れず、すっぱ~ん! と音を立て、シャルティアの首が千切れんばかりの勢いで
「ったぁ! 怪力で何をするんでありんすか!」
後頭部を押さえながら猛抗議するシャルティア。
「何をいけしゃあしゃあと、嘘を吹き込もうとしているの!」
「ちょ、ちょっと! 二人共何してるの!」
がるるるる! と睨み合い、掴み合って力比べを始めた二人の間に割って入るアウラ。なんだか不穏な空気を察したのか、凄まじい音を切っ掛けに飛び込んできた。と同時に、自力でシールドを上げて目に入った者の名を呼ぶリュート。
「あぅあさぁ!」
「「ああっ!?」」
「え!? なに? どうしたっての?」
ワケも分からずに非難され、困惑気味のアウラ。
「え、えっと、あっと。ボ、ボク、だ~れだ?」
「まぁえさぁ!」
「う、うん、正解」
どさくさに紛れてマーレが参加。
・・・ ・・・ ・・・
それとなく、気にしないようにしながら行き来を繰り返すこと数往復。
「おく~おうさぁ!」
「ム、ミツカッテシマッタカ」
ちゃんと呼べたご褒美とばかりに、たかいたか~い!
「ぇいう~おうさぁ!」
「はっはっは、よく言えたねぇ」
尻尾のトゲに掴まらせ、ゆらゆら。
「ういえもさぁ!」
「
くるくるとその場で回転して喜びを表すヴィクティム。
・・・ ・・・ ・・・
「と~たぁ?」
「なんですか、リュート」
「と~たぁ!」
「はい、ここにいますよ」
セバスは優しく手を伸ばし、その小さな手に指を絡めてやると、何か足らないのか今度は別の名を呼び始めた。
「かぁ~たぁ」
「はぁい、お母さんはここにいますよ」
「かぁ~たぁ!」
「はい」
何が楽しいのかはわからないがニコニコしている我が子と、その隣りにいる旦那さまと同じ様に、我が子の小さな手に指を絡ませる。
両方の手に両親の指があるのに安心したのか、至極上機嫌な笑顔を浮かべている。
そんな他愛ない出来事なのに、お互いに顔を見合わせるだけで幸せを感じられる。その幸せの対価は、金銭では決して得ることの出来ない、貴重な一時。
・・・ ・・・ ・・・
「ボクは、
「うぃさあ!」
「正解! ちゃんと言えたね」
ユリ・アルファはリュートを抱き上げると、くるくると踊るように喜んでいる。
「私は、
「あ~えあうさぁ!」
「正解、うぅ~ん、可愛い!」
ナーベラルは聞き耳を立てるようにウサ耳を立て、聞き逃すまいとしていたとか。
「ゎたしぃは、
「えうおぁさぁ!」
「おぉ当りぃ、よぉくでぇきまぁしたぁ~」
素顔を晒し、涎が溢れるのを我慢しつつ、くるくると乳母車の周りを踊るエントマ。
「・・・・・・・・・・・・私、誰?」
「・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・うん、正解。可愛い」
硬いはずの音声が、どことなく柔らかく感じられた。
「私は、だ~れだ?」
「・・・・・・う?
「せいか~い!」
乳母車を押していたルプスレギナは抗議する。
「それは反則っす!」
「そうかしら?」
ルプスレギナから見る顔は、眉も目も鼻も口もない、ノッペラボウなソリュシャン。
今度は自分の番と回り込んだルプスレギナ。
「私は、誰っす?」
「ぷふ~すと!」
「せいか~、い? え? ちょっと待つっす! なんて言ったっすか!?」
「ぷふ~すと!」
「・・・や、待つっす。違うっす~! る・ぷ・す・れ・ぎ・な! はい、りぴ~と!」
「ぷふ~すと!」
「う、うぅ、わ~ん!」
嘆くルプスレギナを他所に。
「私は、
「
「正解です、わん」
「じゃあ、私の職業はな~んだ? わん」
「ぷふ~すと!」
「正解です、わん」
「え?」
「だから、プリーストと言いたかったのです、わん」
「そ、そうっすか。私は?」
「ぷふ~すと!」
「・・・う゛~。なんか、納得出来ないっす」
「
「って、言えるんじゃないっすか! もぅ、プンプンっす!」
ほっぺたをプッと膨らませながら腕を組み、怒ってるぞ! とアピールするルプスレギナ。
「ぷ!」といいながら、その膨れたルプスレギナのほっぺたを両側から押しつぶすリュート。
「も~、大人をからかっちゃ、めっす!」
ぷにぷにしたリュートのほっぺたをツンツンしながら、笑顔を浮かべるルプスレギナであった。ふと、背後に気配を感じ、次の者に代わる。
「私わ、誰でしょう?」
「ぷ~ちゃ!」
「ワッワワワワッ! 正解デ~ス!」
「「「「「「「って、プルチネッラ!?」」」」」」」
「私わ、ナザリックに属する皆の笑顔を見たいのです! ですから、リュート様の泣き声も、笑い声も、両方大好きなのです!」
リュートが泣くと、偶にどこからともなく手隙のプルチネッラ達が集まり、ジャグリングを披露したり、玉乗りを披露したり、
ただ、ジャグリングの道具が直立不動のスケルトンだったり、玉乗りの玉が
だから、泣いていたらよく笑わせるし、たまに失敗して泣かせることも・・・よくある。
ジャグリングに失敗してスケルトン同士が空中で激突しばらばらになったり、玉乗りしていて
笑わせるより、泣かせる場合のほうが多いかも?
でも、好かれている。・・・頑張っているから?
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