Log 00287-N 『門出』 《→8》
【Live Log : いつか返却されるべき過去】
「はて」
BAR『ポストの墓場』バックヤードの一角。ログ保管庫の整理に駆り出したスタッフ、もとい――今日は男性の姿をした――ロマが、不可解なものを見ているかの如く小首を傾げた。
碧い眼が見るその先は、分厚いクリアファイルがぎっしりと詰まった抽斗。正確には、その抽斗に打ち付けられた『Log 000287』のナンバープレートだ。プレートの下のカードホルダーには『基準世界殺人事件 証拠原本』と素っ気なく記された紙が挿し入れられている。
「これ、
「ええ。第二八七ログは一連の殺人事件への関連文書です。保管された記録は多くが雑多なものですが、関連性がある以上雑文として第八ログ行きにする訳にはいきませんので、独立ログとして整理されています。刑事的に重要な証拠を含んでいる文書もありますから、捨てないで下さいね」
すらすらと語られたログの概要を聞いて尚、ロマの疑念の色は晴れない。どうかしたかと逆に首を傾げ返したマスターへ、苦い笑みと声が返される。
「証拠の原本を俺達が持って、捜査すべき警察には
「基準世界線の法規と事情に照らせば、このログは時効です。捜査中は確かに原本を彼方へお渡しし、此方ではコピーを保管していましたが、時効期間を過ぎた後に交換しています。許可は得ていますよ」
ロマはマスターがどうやって検察や警察当局と交渉しているのか知らない。しかし、このモノアイをぎょろつかせた
曖昧な笑みを口の端に浮かべ、男性らしいやや節くれ立った指が無造作にログを収めたクリアファイルを捲る。ページ半ばほどまで読み流した彼は、しかしそこでひたりと手を止めた。
「……Nさん?」
「はい」
長い長い沈黙の後、ロマの上げた声は微かに震えていた。その震えが何であるかマスターは知りながら、尚平素と変わらぬ声と態度で返す。そしてロマもまた、直接感情をマスターにぶつけるほど幼稚ではない。言い聞かせるように深呼吸を一つ、彼は苦虫を噛んだような表情で言葉を紡いだ。
「ギルさんには見せない方が良いんでしょうね、このログは」
「ええ」
二人の会話は、思いの部分ですれ違っている。しかし、それを言う必要もない。
言わなくても察せられる程度には長い時が、彼等の間には横たわっている。
「さ、て――何だか時間喰っちゃいましたね。俺はそろそろ
「私はまだ整理するものが残っているので、先に戻っていて下さい。三時に一度休憩としましょう」
「了解」
途中まで捲っていたファイルを閉じ、抽斗の中へ戻して、やや肩を竦め。臭いものを見たような顔で、ロマは保管庫の扉を開けて出ていく。その横顔とすれ違い、そして一人残されたマスターは、抽斗に打ち付けられた真鍮のナンバープレートをじっと見ていた。
「もう、七十年も経ちましたか」
独白は誰にも聞かれぬまま、静謐の中に溶けていく。
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