戦闘員と中央休憩室

和平 心受

第1話 中央休憩室

 悪の組織の基地は地下にある。


 特に決まりがある訳ではない。だが地上に構えるには、この組織には乗り越えねばならないハードルがあるのだ。

 人員である。


 兎角そのような理由もあり、彼らの基地は地下に建造された。


 日の届かぬ基地で、職員は日夜悪事に従事するのだ。


 しかし人間は生き物である。

 太陽の光を浴びる事は、生命として、生体反応として、欠かせぬもの。

 夜勤従事者は非常に体調を崩しやすいのも、まったく関係が無い話でもないのだ。

 それは人間にとって、ストレスとなり得るのである。


 そんな研究員たちのストレスを少しでも緩和すべく、基地には中央休憩室が設けられていた。


 其処は広さにして20㎡程のドーム状の空間となっており、基本は無機質な壁がのっぺり広がるだけの空間である。

 しかし此処は映像を360度3次元的に映写する機能が備えられ、休憩時間ともなれば緑豊かな公園であったり、強い日差しの照りつける海辺と姿を変える、憩いの空間なのだ。


 頻繁に出入りする危険を常に抱える為、昼に外出を自粛する職員たちは、そうして今日も其処に集まっている。


 軽快なトランペットが音を奏で、バイクの排気音のSE、急アクセルで画面のバイクは発進し駆ける。

 画面が切り替わり、正面。大きな複眼を模した仮面のバイカーがウィリーから車体を大きくジャンプさせ――背後で爆発が起きた。

 デデンと画面一杯にタイトルが表示されると、室内に小さな歓声が上がる。


「何で覆面バイカー仮面ライダー……」


「いいじゃないか、好きなんだ」


 本日は鑑賞会という事で休憩室の奥にドデンと巨大なディスプレイを表示させている。悪の組織の持てる技術を用い、映像補正も完璧である。

 行く行くは4DX化を図りたいとは技術研究員の言であった。


 迷々にパイプ椅子に座り、白衣を纏った研究員たちは画面に見入る。


「しかも何でビクトリー3V3

 離れた壁で鑑賞会に巻き込まれた組織の数少ない戦闘員かつ日本人、A10はボヤいた。平成バイカーの時代になって既に相当の月日が流れ、最早仮面バイカーライダーは虫モチーフでもなければバイカーですらなくなっている。


「好きなんだ」

 同じく離れた位置、悪の組織大幹部、という名目の実質の首領フレイは目を輝かせ、ているかどうかは薄目の彼女からは伺い知れないが、A10が感じる雰囲気はそこはかとなく満ち足りているようだった。


 ややあって怪人が街で暴れだす。人々を蹴散らし、建物を破壊する。

 『待てっ』

 OPでもあるテーマソングと共にバイカーが颯爽とバイクで乗り付ける。走行中のバイクからジャンプすると、そのまま怪人に蹴りをお見舞いし、1ダウン。


 そこかしこでバイカーを応援する声が上がる。

 無論、そこで細かい野暮を入れるフレイではない。


「というか、毎度思うんですけど、この映像はどこから?」


「ん? TUBEYAツタヤ


「レンタルですか」


「うん。昨日借りてきた」


 むしろ本人が楽しんでいる。


 パンチ、キック、怪人も黙っては居ない。背負う亀の甲羅より突き出す砲門を、前かがみになる事でバイカーに向け、放つ。


 爆炎と砂埃と共にバイカーの身体は大きく吹き飛ばされ、地に付した。

 oh, とか Jesus!とか声が上がる。


「いいよね、タートルロケットカメバズーカ……あれ作れないかなぁ」

 恍惚と言った甘い声でブツブツと呟く。


 いつだったかA10は、作戦に置ける戦闘員の配置が半分程の趣味であると本人の口から明言されていた。

 その趣味が特撮にあるのは紛れもない事実だとして、怪人も趣味ではなかろうか、とたまに危機感を覚えるのであった。


 『バイカー……ッ、キィック!』

 力と技の必殺キックが炸裂し、画面に映る怪人が爆発四散する。室内が歓声に包まれた。勧善懲悪とは、最早娯楽の一形態だと言える。


「うん。良い作品だった。早速続きを借りてこよう」


 映像が切れ、室内の証明が再び灯る。

 職員たちがバラバラと立ち上がり、座っていたパイプ椅子を畳み始めてゆく。


「フレイ様ぁ! 明日は私の番だかんねぇ!」

 研究員の一人がフレイの独り言に反応し、釘を刺した。


「おっと、すまない、そうだったね」


「もう、明日は 僧侶とマグワウピーーー の録画を持って来るって決めてるんだから!」

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